第三楽章6節
アコニが、緩やかに剣を抜く。
その刀身に彩られたアルストロメリアの刻印。
それは、沈みゆく陽光を奏で、艶やかに揺らめく。
「確か…、君の名は……、ハナニラ…だったね。」
麗しき刃を見つめ、それを優しく撫でながら、アコニは囁く。
「ジニアだ。知らぬなら、名を紡ぐな、無礼者。」
ジニアの震える音色が、熱に爆ぜる。
「知っているよ。でも、名前なんて、何でもいいじゃないか。人族の騎士は、戦場を墓標に還るのが、矜持だろう。それとも、君たちは、違うのかい。」
アコニは、刃を見つめたまま、その刃を彩る瞳に、背後を守る騎士へと、一つの促しを奏でる。
「愚弄しているのか。」
ジニアの荒ぶる旋律に、彼に追従する音色が反響する。
「まさか。君のことは、僕の隊にも囁かれたからね。ヴィオラは、少しでも強いという言葉を聞くと、後先を考えずに剣を交えたがるんだ。君にも、迷惑をかけたね。でも、剣聖の稽古に立つ者の中で、ヴィオラの決闘の申し出を受けた者は、一人も居なかったね。だから、君たちは慈愛に溢れた騎士だと思っていたよ。」
その促しは、静寂の元で、穏やかに果たされていく。
「ハナニラ、君に抱いていた印象は、どうやら少し違っていた様だ。君は、怖かったのだろう。わかるよ。僕も痛い思いするのは怖い。わかるだろう。痛みに怯える君なら。痛みに苛まれる無垢なる叫びの意味を。」
その全てを終えた事を、刃に纏い、ゆっくりと、それを下ろす。
「ハナニラ、お前はやはり、この名が相応しい…。お前は、強き者との決闘を避け、弱き者を嬲った。お前は、痛みに怯えながら、痛みへと弄んだ。…この地に立てる墓標に、恥を刻め。」
陽光が刃に煌めき、柘榴が咲き乱れた。
岩山に囲まれた、小さな広場。
そこに収まるまでに彩りを失ったラシレの家族。
もう、大きな背が、彼らに奏でてくれることはない。
故に、アコニは、選択を紡ぐ。
「みんなを奪ったやつらは、正義の鉄槌に消えた。助けてくれて、ありがとう。」
最初に音色を奏でたのは、ラシレだった。
「正義じゃないよ。」
アコニは、ラシレの頭を優しく撫でた。
「僕たちが今日したことは、ラシレの大切な人を奪った彼らと、同じことなんだ。」
静かに腰を下ろし、ラシレの瞳を見据える。
そこには、ただ一人の人間、アコニが彩られている。
「まだ少女の君に、言うことではないかもしれない。でも、これからは、君たちが、自分で歩んでいかなくてはならない。」
一度、伏せた目を、アコニは強く見据える。
「君たちの愛する人を奪った彼らにも、愛する人がいる。そして、彼らを愛する人もいる。私は、それを奪った。統領も、君たちのお父さん、お母さんも、その痛みを噛み締めて、命を紡いできた。」
ラシレの瞳が雫を描く。
だが、この先を伝えなければならない。
「君たちは、選ぶことができる。ここを忘れろとは言わない。だが、その痛みから解放される事を選ぶことも、正しい道なんだ。」
「私は、お頭だ。全部、噛み砕いてやる。」
だが、その瞳には、揺らぎはなかった。
「そうか。でも、休みたくなったら、いつでもおいで。花の国は、君たちのお家も用意してあるからね。美味しいご飯も。」
静かに舞う風が、青天を彩った。
「私は、残るもん。」
同じ空に潰える叫びが響くころ、私の前では、メルが子供の様に喚いている。
「メル…、君の大声を聞くのは、初めてだよ。」
メルは、顔を薄紅に咲かせ、動きを止め、穏やかな旋律を奏でる。
「…私は、みんなが育んでくれた、ここも守りたいの。」
花の村には、もう私たちしか居ない。
最後の列を砦へと繋ぎ、残る者が居ないか、ここへ戻ってきた。
そこにメルは、隠れていたのだ。
「え…いや、フルールは…。」
その最後の列に、メルは居た。
間違いなく居たのだ。
フルールを抱き、子守唄を奏でる可憐な姿を、私は瞬きを惜しんで見つめていた。
「コスモスフレに、預けてきたよ。あの子を巻き込みたくないもの。」
それは、メル、君も同じだ。
だけど、君は、言い出したら、必ず遂げる子だとも知っている。
ならば、引き摺って行くしか…。
いやいやいや、こんな可憐な花に、そんな残酷な事など、できるわけがない。
ああ、愛しの麗しき姫よ…、ほんの刹那でも、この様な醜い思いが過ってしまった私を、断罪してください…。
「そういえば、メル、君はどうやってここへ来たの。」
確かに、私が砦を出る寸前まで、メルは砦に居た。
そして、メルは、歩くのが遅い。
私より早く着くなど、考えられない。
「好きなところへ行く魔法で…。」
そうだった。
なぜ、思いつかなかったのか。
私は、震える手を、自らの腿へ打ち付けた。
「そ、そうか…。では、なぜ、隠れていたの。」
メルの瞳が雫に震え、私を見上げる。
「怒られると思って…。」
「私がメルを怒ったことなんて、一度もないよ…。」
「じゃあ、今日が初めてなのね。」
「怒ってないよ。心配しただけ。」
私は、メルの背を、優しく包む。
「ここは、また育てればいい。でも、メル、君が傷付いたら、取り戻すことができない。だから、共に行こう。」
「テラ、ここは、私の愛する子達が育んできた場所なの。そうでしょう。それを壊されてしまうのなんて、私は耐えられないの。ごめんなさい。」
今なら、レーヌの想いが、痛いほどに響く。
魔王城に独り残り、最後まで見届けた、誇り高き、その心が。
「そうだね。私が悪かった。共に残ろう。」
絡み合う指が、喧騒を失った楽園で、静かに彩られる。




