表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
35/116

第三楽章6節

アコニが、緩やかに剣を抜く。

その刀身に彩られたアルストロメリアの刻印。

それは、沈みゆく陽光を奏で、艶やかに揺らめく。

「確か…、君の名は……、ハナニラ…だったね。」

麗しき刃を見つめ、それを優しく撫でながら、アコニは囁く。

「ジニアだ。知らぬなら、名を紡ぐな、無礼者。」

ジニアの震える音色が、熱に爆ぜる。

「知っているよ。でも、名前なんて、何でもいいじゃないか。人族の騎士は、戦場を墓標に還るのが、矜持だろう。それとも、君たちは、違うのかい。」

アコニは、刃を見つめたまま、その刃を彩る瞳に、背後を守る騎士へと、一つの促しを奏でる。

「愚弄しているのか。」

ジニアの荒ぶる旋律に、彼に追従する音色が反響する。

「まさか。君のことは、僕の隊にも囁かれたからね。ヴィオラは、少しでも強いという言葉を聞くと、後先を考えずに剣を交えたがるんだ。君にも、迷惑をかけたね。でも、剣聖の稽古に立つ者の中で、ヴィオラの決闘の申し出を受けた者は、一人も居なかったね。だから、君たちは慈愛に溢れた騎士だと思っていたよ。」

その促しは、静寂の元で、穏やかに果たされていく。

「ハナニラ、君に抱いていた印象は、どうやら少し違っていた様だ。君は、怖かったのだろう。わかるよ。僕も痛い思いするのは怖い。わかるだろう。痛みに怯える君なら。痛みに苛まれる無垢なる叫びの意味を。」

その全てを終えた事を、刃に纏い、ゆっくりと、それを下ろす。

「ハナニラ、お前はやはり、この名が相応しい…。お前は、強き者との決闘を避け、弱き者を嬲った。お前は、痛みに怯えながら、痛みへと弄んだ。…この地に立てる墓標に、恥を刻め。」


陽光が刃に煌めき、柘榴が咲き乱れた。



岩山に囲まれた、小さな広場。

そこに収まるまでに彩りを失ったラシレの家族。

もう、大きな背が、彼らに奏でてくれることはない。

故に、アコニは、選択を紡ぐ。

「みんなを奪ったやつらは、正義の鉄槌に消えた。助けてくれて、ありがとう。」

最初に音色を奏でたのは、ラシレだった。

「正義じゃないよ。」

アコニは、ラシレの頭を優しく撫でた。

「僕たちが今日したことは、ラシレの大切な人を奪った彼らと、同じことなんだ。」

静かに腰を下ろし、ラシレの瞳を見据える。

そこには、ただ一人の人間、アコニが彩られている。

「まだ少女の君に、言うことではないかもしれない。でも、これからは、君たちが、自分で歩んでいかなくてはならない。」

一度、伏せた目を、アコニは強く見据える。

「君たちの愛する人を奪った彼らにも、愛する人がいる。そして、彼らを愛する人もいる。私は、それを奪った。統領も、君たちのお父さん、お母さんも、その痛みを噛み締めて、命を紡いできた。」

ラシレの瞳が雫を描く。

だが、この先を伝えなければならない。

「君たちは、選ぶことができる。ここを忘れろとは言わない。だが、その痛みから解放される事を選ぶことも、正しい道なんだ。」

「私は、お頭だ。全部、噛み砕いてやる。」

だが、その瞳には、揺らぎはなかった。

「そうか。でも、休みたくなったら、いつでもおいで。花の国は、君たちのお家も用意してあるからね。美味しいご飯も。」

静かに舞う風が、青天を彩った。



「私は、残るもん。」

同じ空に潰える叫びが響くころ、私の前では、メルが子供の様に喚いている。

「メル…、君の大声を聞くのは、初めてだよ。」

メルは、顔を薄紅に咲かせ、動きを止め、穏やかな旋律を奏でる。

「…私は、みんなが育んでくれた、ここも守りたいの。」

花の村には、もう私たちしか居ない。

最後の列を砦へと繋ぎ、残る者が居ないか、ここへ戻ってきた。

そこにメルは、隠れていたのだ。

「え…いや、フルールは…。」

その最後の列に、メルは居た。

間違いなく居たのだ。

フルールを抱き、子守唄を奏でる可憐な姿を、私は瞬きを惜しんで見つめていた。

「コスモスフレに、預けてきたよ。あの子を巻き込みたくないもの。」

それは、メル、君も同じだ。

だけど、君は、言い出したら、必ず遂げる子だとも知っている。

ならば、引き摺って行くしか…。

いやいやいや、こんな可憐な花に、そんな残酷な事など、できるわけがない。

ああ、愛しの麗しき姫よ…、ほんの刹那でも、この様な醜い思いが過ってしまった私を、断罪してください…。

「そういえば、メル、君はどうやってここへ来たの。」

確かに、私が砦を出る寸前まで、メルは砦に居た。

そして、メルは、歩くのが遅い。

私より早く着くなど、考えられない。

「好きなところへ行く魔法で…。」

そうだった。

なぜ、思いつかなかったのか。

私は、震える手を、自らの腿へ打ち付けた。

「そ、そうか…。では、なぜ、隠れていたの。」

メルの瞳が雫に震え、私を見上げる。

「怒られると思って…。」

「私がメルを怒ったことなんて、一度もないよ…。」

「じゃあ、今日が初めてなのね。」

「怒ってないよ。心配しただけ。」

私は、メルの背を、優しく包む。

「ここは、また育てればいい。でも、メル、君が傷付いたら、取り戻すことができない。だから、共に行こう。」

「テラ、ここは、私の愛する子達が育んできた場所なの。そうでしょう。それを壊されてしまうのなんて、私は耐えられないの。ごめんなさい。」

今なら、レーヌの想いが、痛いほどに響く。

魔王城に独り残り、最後まで見届けた、誇り高き、その心が。

「そうだね。私が悪かった。共に残ろう。」

絡み合う指が、喧騒を失った楽園で、静かに彩られる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ