第三楽章4節
騎士団精鋭隊。
それは、人族の国に於いて、最も優れた武功に彩られた者が集う、剣の花園。
その中から、更に篩をかけた騎士たちが、ヴィオラの元へと集められた。
「ヴィオラ、花の砦を頼む。」
アコニの穏やかな音色は、孕む旋律を微笑みに隠す。
「だめだ。私が行く。」
ヴィオラが、それが通じるような者ではない事など、わかっていながら。
「偵察に行くだけだ。すぐに戻る。」
「なら、私でも問題ないだろう。」
「もし、偵察に出ている間に襲撃に遭ったら、どうする。我が身だけを護るより、多くの命を護る方が、困難だ。」
「自ら飛び込むのと、座して待つのとでは、訳が違う。」
あの日と反転した、想いの重なり。
その攻防に、私は口を挟むことなどできるはずもない。
魔力の無いはずの彼らから、全てを喰らい尽くすような炎を感じ、近づくことさえ叶わない。
「けんかは、だめだよ…。」
その炎は、どうやら、メルでさえ近づけないようだ。
「すまない。テラ、メルさん。だが、わかってほしい。人族の敗走兵が、ここを目指している。それを座して待てるほど、この国は強固ではない。」
憤怒の化身へと成り果てたヴィオラが、剛腕の舞を彩る。
だが、アコニだけは、動じない。
「まずは、動向を観察し、然るべき時に討つ。」
それは、つまり、偵察であっても、剣を交える可能性があるということ。
ならば、行かせるわけにはいかない。
「だめだと、言いたそうだね。理由を教えてくれ。」
決まっている。
私は、アコニも、騎士団のみんなも、失いたくない。
だが、だからこそ、決断しなければならないことも、わかっている。
「一つだけ、約束してくれ。」
私は、アコニを瞳に彩り、それを見失わないように刻む。
「花の村は、その形跡すら残さずに潰えるかもしれない。故に、再び育まなければならない。アコニ、その時は、必ず手伝ってくれ。」
「約束しなくても、そのつもりだよ。」
アコニの微笑みが、風に溶け落ちた。
ヴィオラと共に残る精鋭隊は、護るべき者への最大の祝福。
アコニの指揮があれば、砦を落とす事など、宮廷騎士団全勢力を以てしても、容易いことではない。
だが、その最たる剣を持つ者を失う事だけは、避けなければならない。
ヴィオラは、花の国にとっての、最後の要。
そして、アコニにとって、揺るがぬ意志なのだ。
故に、偵察を掲げ、花の国への侵攻を防ぐ為に、自らの足で、数多の灯火が潰える地へと、向かう事を選んだ。
アコニと共に旅路を彩る者たちは、賭すものを抱き、小さな宿舎に集う。
彼らは、すでに理解している。
この先に彩られた旋律を、咲き誇る気高き赤花を。
これが正義でなくとも、果てに得るものがなくとも、そこに求めるものなどなくとも、共に彩る事を詠う。
全ては、王と王妃への忠誠のために。
そして、護るべき者への誓いのために。
アコニは、全てを包むように、奏でる。
「集う友よ。兄弟たちよ。今、思い出す時なのだ。
我々が、新たなる王に跪いたとき、何を手にしたのか。
その胸に掲げた一輪の花が、何を成すのか。
それは、刻む為では、断じて無い。
それは、殺める為では、断じて無い。
それは、切り開く為では、断じて無い。
それは、領土を広げる為では、断じて無い。
我々が手にしたのは、貫く盾。
牙を受け、爪を断ち、愛する子らを護る為。
いつか、その刃が枯れる日が来るかもしれない。
いつか、その灯火が旅路に沈む日が来るかもしれない。
いつか、護るべき者が永遠の夢へと昇る日が来るかもしれない。
いつか、花の国が潰え、その営みが散り、息遣いが途絶える日が来るかもしれない。
いつか、全てが忘却に揺らぎ、我々の足跡さえ風に消える日が来るかもしれない。
だが、それは…。
今日ではない。
我が親愛なる友よ。
共に捧げよう、アルストロメリアの咲く大地に。
共に紡ごう、穏やかなる花の国を彩る営みに。
共に詠おう、愛する我々の子らに。
今こそ、その時なのだ。
盾を、その手に。」
咆哮が、魂を奏で、大地を揺るがす。
凛と佇むアルストロメリアは、呼応するかのように、金色を彩る。
風が踊り、陽光を包む雲が、青天の果てへと消えていく。
ただ、その旋律を聞くだけの者は、静寂の雫に溺れた。




