第三楽章3節
岩山に潜む、幾つもの影。
魔力を巧みに隠し、その気配は、風に溶け込む。
彼らの見つめる先は、咲き乱れる赤い花。
「ねえ、ラシレ…。」
ラシレと背丈の変わらない少年が、不安の色を奏でる。
「戦場では、お頭と呼べと言っただろう、ミモザ。」
振り返ることもなく、瞳さえ移ろうことなく、静かに囁く。
「初耳だよ…。」
「うるさいな。それで、何か用か。」
「あの人たちが、こっちに向かってきたら、僕たち…。」
ラシレは、ミモザの肩を掴み、揺るがぬ瞳を奏でる。
「あいつらは、一度、私たちに助けを乞いに来たんだ。」
ミモザの吐息は、静かに震えている。
だが、ラシレは、それさえも包み込もうと、奏でる。
「それに、私の父ちゃんも、お前の父ちゃんも居る。統領もいる。忘れたのか、この三人が力を合わせて、あの神獣リリブランシェを追っ払った武勇伝を。」
ミモザの吐息が、少しずつ静寂に委ねられていく。
だが、それを破ったのも、ラシレだった。
「私たちに、恐れるものは、何もないんだ。」
風に舞う、無垢なる咆哮。
「お前ら、静かにしろ。」
それを抑えつけるように、拳骨が舞った。
その喧騒でさえ、届くことのない旋律。
その行く末を、彼らは静かに見届けた。
矢が旋律を奏で、氷が舞う。
炎が踊り、剣が煌めく。
溶ける鉄と、裂かれる布。
全てを染めゆく、柘榴の果実。
咆哮は、常闇の叫びへと惑い、勇ましい足は、泥に溺れる。
最後に立っていたのは、魔族だった。
だが、それは、序奏の終演。
偵察を背負った人族が朽ちようとも、小さな痛手を抱いたに過ぎない。
逃れた灯火が、全てを語り、その真実を刃に彩る。
立ち上がったのは、剣聖シャルドン。
彼の咆哮は、次の鉄を静かに踊らせる。
森に近ければ、魔族にとって調達は容易い。
拠点が森の中にあれば、尚更だ。
だが、人族は、そうはいかない。
人の息遣いが点在しても、そこに咲き続ける花は無い。
あるとすれば、小さな村。
国と謳われし、旅人の終末地は、肥沃の大地。
咲き乱れるアルストロメリアの傍で、静かに育まれた命の連なり。
それは、逃げ惑う鉄の糧となる。
そこまでの旅路は、決して遠くはない。
拠点に戻るより、遥かに、灯火を繋ぐことができる。
その為に消えゆく営みなど、彼らの正義の元では砂塵に等しい。
それを、振り払うかの様に、歪つな音色を奏でた顔が、亡者の如く行進を始めた。
花の砦。
来るかもしれないと備えた防波堤。
それは、来ないかもしれないという夢を紡いだ。
だが、戦場を知る者の瞳には、これから起こることは、既に彩られていた。
「テラ、次は、行かせないとは言えない。」
アコニが、砦に招かれた私を見つけるなり、駆け寄ってきた。
「だが、ヴィオラには行かせられない。」
それが意味するもの、それは。
「僕が指揮を取る。」
偵察という名目の、先陣。
それは、花の丘に住まう、私たち家族が、自ら戦争に足を踏み入れるということ。
だが、座して待てば、いつ始まるかも分からない旋律に怯え、微睡みの中に奏でられれば、抗う意志さえ描けずに、全てを奪われる。
それは、私に咲く灯火より重い。
「メルと、話すよ。」
私は目を伏せ、私の周りを彩ってくれる数えきれない灯火を見つめた。
「軍事のことは、私は疎い。アコニ、そして、ヴィオラに任せたい。」
その灯火を抱き寄せ、零れ落ちぬ様に握りしめる。
「私は、この拠点に、みんなを避難させる。」
命さえあれば、それでいい。
失ったものなど、また育めばいい。
私は、その尊さを教わったのだ。
この長い旅路で、メルに、フルールに、そして、大切な家族に。
「テラ、この村に飽きちゃったの。」
みんなで拠点に引っ越そうとメルに告げた刹那、メルは止まらぬ雫を気にも留めずに聞いてきた。
「違うよ。戦争の波が、ここまで届くかもしれないから、その前に手を打ちたいんだ。」
理由を伝えても、その雫が止まることなど、あるはずはなかった。
私は、これから、家族みんなに、それを伝えなくてはならない。
奪われた者たちが、再び同じ悪夢に落とされようとしている。
だが、生きねばならない。
いや、生きていてほしいのだ。
私は、広場に家族を集めた。
「テラ、この村に飽きちゃったの。」
しがみつく子供たちに、既視感を覚える。
だが、今は、そんな事を気にしている場合ではない。
「違うよ。もうすぐ嵐が来そうだから、強い建物に隠れるだけ。でも、しばらく帰れないかもしれないんだ。」
私は、彼らの瞳へと膝を突き、微笑んだ。
「さあ、みんなの宝物を集めておいで。」
散らばる黄色の音色に、私は誓う。
家族だけは、奪わせないと。
それだけは、必ず護ると。
一度は手放そうとした、この灯火に賭けて。
陽光は、ただ等しく、移ろうことさえなく、そこにある全てへと、旋律を奏でている。
ただ、そよぐ風だけが、私たちの髪を靡かせた。




