第三楽章1節
「子供が、できました。」
二つの場所で紡がれる、同じ言葉。
私の元へセロぺギアが来たのは、畑の世話がひと段落ついたころ。
共に食事を取ろうと、誘ってくれたのだ。
そして、メルの元へコスモスフレが来たのは、同刻、牧場で、動物たちの世話をしているころ。
それは、瞬く間に、村に広がった。
まるで、双子のように、人族から、そして、魔族から、新しい命が芽吹いたのだ。
だが、この村には、それがどちらなのかという言葉が咲くことはない。
ただ、その祝福だけが、しばらくの晩餐を、宴に変えていた。
思えば、共存という言葉を口にすることは、無くなった。
ここに居ると、その言葉が、隔たりを生んでいる様に感じる。
何より、その言葉が、浮かぶことさえ無くなっていた。
「私たちも、負けていられないわね。」
絡み合う指が、強く握られる。
「先越しちゃったのは、私たちだけどね。」
私は、フルールの頭を撫でながら、微笑んだ。
その隣で、私たちと同じ様に振る舞う影。
アリウムの隣には、リナリアが寄り添っている。
彼らが交際を始めたときは、村が騒めき立った。
人族と魔族が恋慕を奏でるなど、歴史を紐解いたとて、一組だけ。
私とメルが生まれなければ、彼らが手を取り合う世界の初めの一歩となっていただろう。
あの日に彩りを馳せながら、私は、二人の紡ぎ合う言葉に微笑みを奏でる。
「何を言っているの、アリウム。一人目が居ないと、二人目はできないわよ…。」
リナリアのため息が、小さく響く。
最近、少しずつメルの毒が蔓延してきている気がする。
それ程に、メルという存在が、この村に希望を与えてくれているのだ。
故に、私は、それを守る責務を果たさなければならない。
それが、私の願いであり、その先に彩られる、この色彩が、私の幸せなのだ。
それに、私には、心強い友が居る。
隣には、唯一の宝物が寄り添ってくれている。
彼らを守ることは、私の幸せを守ることなのだ。
陽光が、大地に隠れるころ、一人の少女が村に駆け込んできた。
私の知らない子。
どうやら、メルも知らないようだ。
「追われてるんだ。匿ってくれるよね。」
彼女は、答えを聞かず、村の彩りに溶け込む様に、旋律を消した。
「メル、今の子を見ておいてほしい。少しでも不審な動きがあったら、花を咲かせる魔法で、すぐに拘束してね。」
「うん。テラは、夜ご飯の準備をするのかしら。」
「違うよ…。少し、村の周りを見てくるだけだよ。」
魔力さえも上手く隠しているが、あの子の佇まいは、戦う者のそれだ。
だが、敵意を全く感じない。
メルが何も反応しなかったということは、悪意すら無いのだろう。
だが、あの子から滲み出る焦燥感は、恐らく、小さな理由ではない。
すでに、人族と魔族の鉄の重なりは、奏で始めている。
その波が、もう、ここへと辿り着いていたとしても、不思議ではない。
私は、全てを観ながら、木の指輪を撫でる。
空には、マオの影が、ゆっくりと漂っていた。
「おかえりなさい。」
村に戻ると、メルが私の背を包んだ。
足元では、フルールが私の足を掴んでいる。
「ただいま。何も無かったよ。あの子は、どうしてるかな。」
私は、メルの口に温もりを重ね、囁いた。
「いっぱい、ご飯を食べてるわ。辛い物が好きみたい。」
「まだ、食べているのかな。」
「まだまだ食べそうよ。」
メルは、柔らかな微笑みを彩り、私を広場へと、手を引いた。
そこに広がる光景に、私は田畑と牧場の拡大を考えた。
「こんにちは。自己紹介が、まだだったね。私は、テラ。君の名前を教えてほしいな。」
私は、彼女の横に座り、メルの作った焼き菓子を一つ頬張った。
「ラシレ。お前、人族だろ。何で魔族と一緒にいる。」
ラシレは、私の目を見ずに、音色を奏でた。
「ありがとう。変かな。でも、ここには、人族も魔族もないよ。」
ラシレと視線が交差する。
「お前、本気で言っているのか。面白い場所だな、ここは。」
ようやく見れた、ラシレの笑顔。
「気に入ってもらえたなら、嬉しいよ。ところで、君は何から逃げてきたのかな。」
その笑顔につられ、私も笑顔を紡いだ。
「お前らなら、知られたところで、問題ないか。この中で、私が一番強いだろうしな。」
立ち上がって奏でる、誇らしげな吐息が、広場を彩る。
「私たちは、森の外れで暮らしてた。傭兵を生業に、集落を繋いできたんだ。誰からの依頼だって受ける。戦いも好きだ。だから、神王を名乗るやつからの使者も、受け入れたんだ。」
ラシレは、再び腰を下ろし、淡く揺らめく火を見つめた。
「だけど、神王の元へ行き、あいつの使う魔法を見た時、私たちは、触れてはいけないものを知ったんだ。あれは、戦うためのものじゃない。」
ラシレの瞳には、火は彩られていない。
そこにあるのは、響めく影。
「ただ、嬲るだけの魔法だ。」
小さな囁きには、抱えきれない震えが彩られている。
「私たちは、戦いに矜持を抱いている。灯火を掻き消すことが目的じゃない。だから、断ったよ。」
一度、伏せたれたラシレの目は、私を捕える。
その瞳に映る私の姿は、淡く揺らいでいた。
「私たちは、その瞬間に、裏切り者になったんだ。」
ラシレが、私の肩を握り締め、声を噛み締める。
「頼む、ここに私の仲間も連れてきたい。何でもする。報酬は要らない。村の隅でも外れでも、どこでもいい。悪くない話だろ。」
「うん。とても良い話だ。連れておいで。そうだね、何でもするなら…。」
言葉の先を紡ぐより早く、ラシレの手が私の口を押さえた。
「待て。純潔は、あげないからな。」
「要らないよ…。田畑や牧場の手伝いをしてほしいんだ。それと、悪さをする獣が来たら、追い払ってほしい。でも、怪我させちゃだめだからね。」
ラシレは、陽光を思わせる笑顔を彩り、立ち上がった。
「交渉成立だな。早速、連れてくる。」
私の言葉を待たずに、ラシレは土を舞わせて駆けていった。
宵に朧ぐ光が、一つの影を揺らす。
意気揚々と駆けた足取りは、弱々しく帰ってきた。
「ラシレ、どうしたの。」
遠くに聞こえた足跡の音色に、私は小屋を出て、彼女を迎えた。
その顔に、先ほどまでの彩りはない。
「みんな、来ないって。」
小さく囁き、村の門に崩れ込む。
「あいつらは、知らないだけなんだ。テラやメル、他のやつを見れば、わかってくれるはずなんだけどな。」
小石を拾っては投げ、それをメトロノームの様に彩りながら、ラシレは紡いでいる。
「そういえば、メルって名前、魔王もそうだったな。見たことないけど、大変だったらしいよ。元気にしてるのかな。」
「彼女なら、元気にしてるよ。今は、娘を寝かしつけてくれている。」
「私は、魔王の話をしてるんだ。」
「知ってるよ。私も、魔王の話をしてる。」
ラシレが勢いよく立ち上がり、静寂を奏でる村に、旋律が反響した。




