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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第二楽章10節

静かに、だが、確実に、水面は揺れている。

海底の蒼に蠢く二つの正義が、邂逅を紡ぎ始めた。


人族が紡ぎ続けた王都の喧騒は、陽光の元でさえ、時折、静寂を奏でている。

その外れに聳える白妙の塔が、孕む想いを蓄えていく。

ひび割れた像は、勇者の加護を与える神。

人族が崇め続けた、原初の父ロア。

それを揺らすように、鉄が地を踏みつける音が響く。


彼らを前に、剣を掲げるのは、剣聖シャルドン。

その咆哮は、王都を貫き、人族の抱く正義が旋律を奏でる。


けたたましく重なる鉄が、角笛に反響し、それが赤く染まる事を宣言した。


それは、正しく、威風堂々。


ただ風だけが、歪な彩りの中を、すり抜けていった。



王都の中心に聳える絢爛の石造りは、宵闇に於いても陽光を思わせる金を纏う。

それが誇示するのは、揺るぎなき力。

白妙の塔と繋ぐ広大な道に、整然と靡く御旗は、忠誠と献上を響かせる。

遥か遠い石畳みを見上げ、シャルドンは高らかに告げる。


「我らが父よ。我らが王よ。我らが神子よ。この授かりし神聖なる御剣に……、」

それは、咆哮の讃美歌となり、街の外れで寄り添う骨さえも崩す。

風が踊り、泥に塗れた布が舞い、枯れゆく肢体を露わにする。

砂塵の如く蔓延る多くの彩りが、等しく奏でる旋律。

それを捻るように、シャルドンの詩は、王都に金箔に煌めく栄光を響かせた。



響く音色を眺める窓に立つのは、その豪邸の持ち主。

「私の事業を、蔑むような名で呼ぶのは、やめろ。」

彼は、静かに言葉を紡ぐ。

「戦争が始まれば、孤児が生まれる。それは、糧を探して都を彷徨う。やがて、その子らが親の知らぬ子を孕み、穢れが、止めどなく蔓延るのだぞ。」

その手に持つのは、陽光を返す鎖。

「それを、価値あるものに変えるのが、私の仕事だ。」

先に繋がれたのは、鉄の首輪。

「呼ぶのなら、錬金術師とでも呼ぶがいい。」

その首輪を召す少女を引き寄せ、彼の顔が歪む。

「だが、良い。今日は素晴らしい人形を手に入れたのだ。のう、ステラ、今宵の夢が、楽しみだ。」

少女を呼ぶ声は、滴る白を濁らせる。

彼女の艶やかな漆黒の髪が、緩やかに靡いた。


絢爛の都、人族の王都は、変わらぬ彩りの中で、刃を抜いた。

それは、国境へと連なる大地を、隠す事なく揺るがす。



その旋律が生まれるのは、一つではない。


漆黒の塔が、呪詛を奏でる。

祭り上げられた、選ばれざる王は、その加護を持たずとも、強大な火を彩る。

塔の麓に広がる森林は、平穏の楽章を終え、新たな旋律を滾らせた。

魔族の心に宿るのは、魔王城の崩落と、魔王の離別。

それを齎したのは、人族の行進。

その道なりで、穢された命は、悲哀を塗り潰し、憤怒へと昇華する。

声を上げたのは、神王ロベリア。

祭り上げられた先に、自ら神を名乗ったのだ。

それは、禁忌を破る呪詛の行使の決意。

あらゆる事象が須く抱えるべき重さを、我が物とする魔法。

故に、彼女を神王と呼ぶに相応しいと、誰もが盲信する。

真の王を、忘れ去ろうとするかの様に。


ロベリアの呪詛は、静かに、だが、強かに地を張り、木々を縫い、空を覆い尽くす。


森を駆ける無垢なる命、それを狙う爪、そこに触れる事なく漂う翼。

道を失った果ての木々に潜む、小さな営み。

息を潜めるのは、魔力無き魔族の母娘。

元より嘲りの糧となった彼らは、戦争の役に立たぬ枷となった。

それは、根拠なき真実を孕む。

彼らが、忍び込んだ人族であると。

故に、密やかに生を紡ぐことさえも、赦されない。

「ルナ…、どうか、生きて…。」

ルナは、そこに至るまでの荊の旅路で、凡ゆるものを落としてきた。

最後まで握りしめようとしていた温もりでさえ、ここで無くしてしまう。

もう、彼女には、声すら残されていない。

躙られる最後の温もりを、その瞳に焼き付けて、言われるがままに駆けていく。

彼女の煌めく白妙の髪が、緩やかに靡いた。


その全てを喰らう帳が、神王によって彩られた。

土を踏む音色は、静寂なる轟音を奏で、その色彩が鮮明に揺らいだ。

それは、国境へと連なる大地を、隠す事なく侵していく。



二つの塔から伸びる影が、その境へと及び、ぶつかり合う波が、静かに広がっていく。



聖剣の谷。

そう呼ばれ始めたのは、私が、それを墓標に立ててから、随分と経った頃だ。

幾人もの腕に覚えるあるものが、それを抜こうとし、その旅路を徒労に彩ってきた。

それは、主を待つかの様に、大地と溶け合い、二度と覚めぬ夢を謳歌しているのだ。


戦争の漣を知ったヴィオラが、私に警告を紡いでくれた。

国境に近いここも、その波に呑まれる日が来るだろう。

故に、そこに棲まうマオに、退避を促しにきたのだ。


「退避もせん、関わりもせん。小さき者の行く末など、知ったことではない。そんなことより、いつになったらフルールを抱かせてくれるのだ。」

マオの吐息が、私たちの髪を逆立てる。

「いや…、体が頑丈になるまでは…。」

私は、フルールを強く抱き寄せた。

「抱かせてくれぬ、子守唄も奏でさせてくれぬ、私は友ではなかったのか。そもそも、マオという名も、メルよ、思い付きで決めたのであろう。かと思えば、フルールの名を決めるのに、何ヶ月も考えたそうではないか。」

「マオちゃんの名前を決めるのも、悩んだのよ。マオちゃんは、空を自由に彩るから、ソラちゃんにしようかとも思ったの。」

メルは、誇らしげに音色を奏でる。

だが、フルールの名を決めるときは、もっと深くまで熟考した。

「そうか、悩んだのか。まあ、よい。そうだな、もし私が魂の輪廻に触れることがあれば、次の命では、ソラとでも名乗ることにするか。」

マオが、長い首を空へ彩り、優しく微笑む。

「もしかして、マオちゃんって、思ってたより、おばあちゃんなの。」

メルの瞳が、驚愕へと彩られる。

「メル、お前は、叙情を知らんのか…。私には、生も死もない。あるとすれば、命を営む者に加担した時、私という存在が消えるだけだ。」

ゆっくりと降りてくるマオの瞳に、小さな揺らぎが奏でられる。

「加担することなど、起こり得ないがな。」

そう囁くと、マオは、その柔らかなまつ毛で、フルールを優しく撫でた。

私とメルは、その温もりに、微笑みを隠すことはできない。

穏やかな旋律は、淡い彩りの中で、私たちを優しく包む。



青天を、緩やかに覆う雲。

小さく靡いた風が、陽光を揺らし、静寂を破る様に、砂塵を踊らせた。

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