表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
25/122

第二楽章9節

メルは、そこにしか実らないものを、魔法では生まない。

帰る家を得てから、様々な場所への旅路を彩ってきた。

故に、旅の矜持、それ以上に、お土産の矜持を心得たのだ。

「たくさんあるから、慌てなくてもいいのよ。」

色とりどりの木の実と甘美な蜜の芳しい音色が、村を包む。

以前なら、アリウムが真っ先に飛びついていたのに、今は小さな子たちが黄色い音色を奏でているのを、優しく見守っている。

私は、彼の背中を撫で、その大きさに思いを馳せた。


ヴィオラが、私に駆け寄り、小さく囁く。

「今夜から、いけそうだよ。」

メルには言えない音色を、静かに紡ぐ。

彼女は、それを両手に抱え、花の要塞へと駆けていった。


メルが、木皿に盛られた黄金の宝珠を手に、微笑む。

「テラも、クッキー食べてね。」

思わず抱きしめたくなる旋律を、芳しい彩りに沈め、私は一つ頬張った。

口に広がる至福の音色は、世界がどうなろうとも構わないとさえ、語りかけてくる。

故に、今夜から始まる秘密が、私を強く抱きしめる。



朧月が彩る頃、私は、小屋を抜け出した。

可憐な二つの寝顔が、私の瞳を彩る。

私は、小さな笑みを拭い、これから始まることを噛み締めた。


月に揺らめくアルストロメリアは、私に様々なことを思い出させてくれる。

この畦道は、何度も歩いた。

そこには、いつも二つの影が寄り添っていた。

それが、三つの影となり、穏やかに彩っていた。

今は、一つの影が駆けている。

「レーヌ、今だけは、メルのそばを離れることを、許してくれ…。」

煌めく星々を瞳に彩り、私は祈った。


花の砦。

その門の前に揺らめく、一つの影。

ヴィオラが、微笑みを彩り、私を待っていた。

「お待ちしておりました。」

私は、ヴィオラに微笑みを返し、今宵から始まる一間の彩りへと向かう。


星々が雲に隠れ始める頃、月影さえ届かぬ部屋で、二つの音が重なり合う。

その打ち付ける音色は、鋭く、そして鈍く、妖艶を模る。

燻る静寂が、胸の高鳴りを反響させ、ようやく手にしたのは、歪つな旋律。

「初めては、こんなものですよ。」

ヴィオラが、優しく微笑む。

私は、沈黙を呑み込み、それを胸へと仕舞った。


雲が空を彩り、その向こうに煌めく世界を隠している。

「ありがとう、ヴィオラ。明日も頼むね。」

私は、花の砦を背に、歩き出した。



連日の寝不足が、私の思考を鈍らせた。

それは、家族で彩る晩餐のひと時。

メルの言葉を、私は聞き逃したのだ。

「テラ…、大丈夫なの。」

溢れそうな雫に溺れる瞳が、心配そうに私を彩る。

それが、私の心を貫く。

「…平気だよ。」

私は、精一杯の笑顔を奏でた。


花の砦に揺れる花々は、メルが少しずつ育んだ彩り。

それを背に、二つの影が伸びる。

月は、今宵も朧げに囁いている。

「メル様に、そろそろ気付かれてしまうのでは…。」

少し目を伏せ、囁き紡ぐヴィオラ。

私は、微笑みを彩り、音色をのせた。

「メルは、鋭い子だからね。でも、やめられないよ。」

今宵もまた、あの部屋で、変わらぬ旋律が反響する。


深く、妖艶に沈み込む刻印に、可憐な花を紡ぐ様に。



「何だか、心配…。」

私が、花の丘の周りに潜む爪を摘みに出かけたころ、メルは、村の中を行き来し始めた。

「メル様、今日も落ち着かないね…。」

漏れる家族の声たちが、メルの耳に届くことはない。

それに触れられるほど、心が手を伸ばせずにいる。

それは、駆け寄る小さな足音たちにさえ、気づかぬほどであった。

メルの足を抱く小さな温もりに、メルは転んでしまった。

雫を舞わせながら駆け寄る子供達に、メルは優しく微笑む。

「ごめんね、考え事しちゃってたの。心配しないでね。みんなは、怪我はないかしら。」

震える旋律が、メルの口を震わせる。

「…。」

黄色い音色に包まれ、言葉を紡ごうと開く口からは、吐息すら漏れることはない。

ただ、その頬を伝う幾つもの雫が、メルの想いを奏でていた。


陽光が、眠りに就こうと地平に触れるころ、私は村の門を潜った。

それを囲む様に立ち憚る鋭い視線は、いつも見る家族の彩りの面影すらない。

中には、魔法を構える者も居る。

そこには、メルは居ない。

私は、この村で、初めて、命の危険を感じた。


ライラックとコスモスフレの棲まう場所。

この村で一番大きな小屋に連れられ、突き刺さる視線に、私は影を抱いた。

小屋の周りには、いくつもの響めきが彩られている。

小さな足音は、それぞれの小屋に息を顰め、その静寂が、私の耳に反響する。


魔獣と対峙している方が、まだ、安息を奏でられる。

私の肢体に滴る冷たさは、吐息すら許してくれない。


「すまない…。」

私は、彼らの足元に額を擦った。

「気づかれたのなら、仕方ない。」

床を見つめ、想いを紡ぐ。

「隠していた事は、謝る。…だが、助けてほしい。」

今宵から、影を彩る事なく花の砦へ向かうことは、もう無い。

幾重にも積もる、日々の旋律が、一つの形を齎したのだから。



この日の晩餐は、火の奏でる音色が大きく感じた。

子供達の無垢な彩りが、眩しく揺らめく。

私たちは、何一つ触れることなく、ただ、それを見つめている。

メルは、目を伏せ、裾を握りしめた。

家族たちの視線が、私に刺さる。


今やらなければ、二度と機会は訪れない。

私は、そう言い聞かせ、立ち上がった。


全ての音が、消える。

家族たちの声すら、途絶えた。


メルは、肩を弾ませ、私を見つめる。

私は、メルの足元に跪き、その華奢な手を包んだ。

触れるのは、繊細な指。

私の手が、零れ落ちそうな程に、震える。

頬を噛み、吐息を整わせ、私はメルを見つめる。

メルの瞳は、変わらず私を包んでいる。


重なる冷たい温もり。

メルの美しい指先に触れる指輪が、撫でる様に根元へと流れた。

メルの瞳が、その指先へと移る。

震える二つの吐息が、重なる。

私たちを包んでいた数々の視線が、遠くに感じる。

二つの鼓動が、耳を貫く様に、大きく弾んでいる。

月を映す指輪が、小さく光った。


燻んだ銀色は、無骨な彩りを隠せずにいる。

だが、これでも、私の精一杯なのだ。


妖艶な紋様は、拙さに揺れる。

可憐な花を描こうとした刻印が、歪つな音色を奏でる。

それでも、これが、私の精一杯なのだ。


花の砦に佇む、あの小屋に取り残された、ここに至るまでの山は、誰の目にも触れることなく、いつか、剣の糧へと変わるだろう。

だが、この一つの指輪だけは、私の想いをのせて、私の全てをのせて、メルを守り抜く誓いとして、その指を永遠に彩るのだ。


息を忘れたかの様に、メルは肩を振るわせ、咽ぶ。

その姿は、私の瞳の全てとなり、雫が頬を伝う。

指輪を包む様に握られた、メルの華奢な手が、その胸に抱かれる。

強く、柔らかく、私の想いを包む様に。


「テラ…。」

それ以上、メルが音色を奏でることはなかった。

だが、彼女の想いが、溢れ出る雫に大きな旋律を彩る。

それにカノンする様に、安堵した家族たちの奏でる詩が、広大な空を包み込む。

この日の晩餐は、祝賀の様に、賑やかな村を彩った。


私は、メルの手を包む。

メルが、私を見つめた。

指が絡み合い、消えぬ熱が、鼓動を奏でる。



私は月を見据え、誓った。

この大切な宝物が壊れぬ様に、大切な家族を失わぬ様に。

愛する人と共に、この道を歩み続ける事を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ