第二楽章7節
産声は、咲き乱れる花へと反響する。
それは、花に包まれた石造りにまで届いた。
「フルール、二人で決めた名前なの。」
ヴィオラは、怖かって抱こうとしなかったが、アコニは、その手に優しく包み、穏やかに揺れる。
「素敵な名前ですね。お二人に相応しい。」
小さく漏れるフルールの音色が、夜明けを彩る朝露のように、私たちを、淡く照らした。
小屋の周りでは、家族たちが彩りを奏で、今日という音色を謳歌している。
メルに抱かれて、穏やかな陽光に目を閉じるフルールに、最初に駆け寄ってきたのは、アリウムだった。
彼が、フルールの頬を優しくつつきながら、華やかな詩を奏でる。
その旋律に家族が集まり、休息のひと時が彩られた。
まるで精鋭隊らしからぬ佇まいに、剣をどこに隠しているのかと、子供たちが、彼らの体を探る。
私は、ヴィオラが、くすぐりに弱いことを知った。
そして、アコニが、嫉妬深いことも、それだけは、顔に彩ることを許してしまうことも、私は知ることになった。
「フルールを見せに、マオちゃんのところに行かなきゃね。」
宵闇に揺らめく灯りを、家族で囲み、穏やかな晩餐が疲れを癒す。
甘く香るミルクをフルールの口に運びながら、メルは微笑んだ。
「そうだね。明日、行ってみようか。」
私の手の中で手足を懸命に動かすフルールが、私たちを見つめる。
誰よりも、この子を見せたい人。
そこへ行きたいとは、メルが奏でることはなかった。
故に、私も、それを紡ぐことができずにいた。
想いのままに詩うことができぬほど、私たちにとって、それは大きいのだ。
私の胸に揺らめく首飾りが、小さく煌めいた。
「もう生まれたのか。小さき命とは、忙しないものだな。受胎してから10年はかかるものだと思っていたが…。」
マオは、フルールに顔を寄せながら、小さく吐息を漏らす。
「そこまでお腹で育てたら、メルの体がはち切れちゃうよ…。」
「それもそうか。小さい体とは、不便なものだな。」
マオが小さなため息と共に、私を誘う。
「テラよ、私は、お前たちが子を成したと聞いてから、私なりに勉強した。心して聞け。」
鋭く突き刺さる眼差しが、私を優しく包む。
「テラよ、母というのは、腹で子を守り、命を賭して産み落とし、産声を聞いた、その日から、乳を与え続ける。わかるか。父が思うより、母は過酷を彩り、子は育まれるのだ。お前は、それ以外の全てをやれ。外で何をしてきたかなど、子には知らぬ事。湯浴みを施し、排泄を拭い、微睡みに誘い、泣く声を強くなる為と思い揺らし、そうして得られた子の笑みを母に捧げるのだ。断じて、母に冷えた糧を与えるな。先ず食すべきは、子と母。お前も騎士の端くれなら、食えずとも笑うくらいの器を見せよ。いいな。守らなければ、私が直々に噛みつきに行くぞ。」
私を包んでいた眼差しが、メルへと移る。
「メルよ、母は腹に子を宿したときに親になるが、父は、子が産み落とされたときに、ようやく親の魂を芽生えさせる。母より幾分、親として幼いものなのだ。為さぬことを嘆くのも良いが、それだけでは成らぬ。親としての道を先ゆく者として、為すように導くのも、母の勤めなのだ。それに、テラは一人で抱え込もうとする愚か者だ。私の言葉が無くとも、彼は、無理をしてでも、やるだろう。その大きな手で、助けてやってくれ。」
青天に、彩る雲が、優しく流れていく。
「だが、もし、どうしようもなくなった時は、私の元へ来るがいい。子守唄なら、もう覚えたのでな。」
「マオちゃんって、子育てしたことあるのね。」
メルの音色が、そよ風に舞う。
「いや、無い。私は、精霊みたいなものだからな。生も死もない。」
「そうなんだ…。すごく詳しそうに話すから、経験者かと思ったよ…。」
あまりの衝撃に、私は、思わず心を零してしまった。
「文献で学んだのだ。貸してやろうか。母友必見!わくわく子育てマニュアルという本だ。」
更なる衝撃が、私たちを襲う。
「マオちゃんって、こんなに大きいのに、文字も見えるんだね。」
「メル、そこじゃないよ…。」
花の丘に戻る道。
私は、もう一人、伝えておくべき人を紡いだ。
「オルムの所にも、行かないとね。」
だが、そこは、魔族の国の中心に近い。
ヴィオラが集めた伝聞では、もう既に、人族と魔族の戦争は、序奏を奏で始めている。
国境は、それが犇めき合う最前線。
あの森へ向かうには、そこを通らざるを得ない。
しかし、それを避けるために、どこにでも行ける魔法を使えば、その痕跡が、私たちを証明する。
「やはり、やめておくべきか。」
私は、諦めの音色を紡いだ。
「平気よ。どこでも好きなところへ行ける魔法も、たくさん練習したから、魔力を零さずに使えるもの。」
メルは、いつも努力を隠す。
私の知らぬ間に、成し得ぬことでさえ、手繰り寄せている。
「ありがとう。」
私は、メルを肩に抱き、陽光に煌めく黒髪を、優しく撫でた。
「随分と、遅かったな。」
私たちを見るなり、オルムはため息を彩った。
「すまない。花の丘に辿り着いてからも、ここへ来る時間を作れなかった。」
理由は、それだけではない。
しかし、それは、事実だ。
「そうではない。別に会いたいとも思わん。テラよ、お前の器を満たす妾の呪いが、常に見ているからな。」
オルムの金色の瞳が、フルールを抱く。
「お前たちは、もっと早く子を成すと思っていた。」
「どうして、私たちの子供って、わかったのかしら。」
メルが、驚いたように表情を彩る。
「妾を、愚弄しているのか…。理由は二つある。一つは、他者の子を、こんな所に連れてくる愚か者など居らぬ。」
それは、全く同意見だ。
オルムが、ゆっくりと瞳を下ろす。
金色の色彩に、私たちの影が反響した。
「メルに残る魔王の呪い、そして、テラに与えた私の呪い。その二つが、この子に継がれている。」
フルールが泣き出し、私とメルは、腕をゆりかごに、優しく揺れて、笑顔を描くようにあやした。
オルムは、フルールの笑顔を見届け、言葉を紡ぎ始める。
「何も、悪いことばかりではない。これから開花するかも知れんが、この子が継いだのは、命を司る魔法と、不老だ。」
「花を咲かせる魔法だよ。」
「え…、私、不老なのか…。」
二人の旋律が、不協和音となって、重なり合う。
「何を言う。メルも不老ではないか。」
「え…、私、不老だったの…。」
オルムは、首を振り、空を眺めた。
「お前たちが、本当に魔王と勇者なのか、疑いたくなることがある…。」
「今は、愛する人の伴侶で、愛する子の親だよ。」
重なる和音が、旋律となり、私たちを包んだ。




