表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
22/117

第二楽章6節

ヴィオラの拠点は、ここから近い。

息遣いの形跡を感じさせぬ佇まいは、私ですら気付かぬほどだった。

「ここは、メルと通った道…。全く気づかなかったよ。」

木々に溶け込む気配が、僅かに揺れる。

「今は、日毎に場所を変えているので、尚更でしょう。私たちも、追われる身でもあります。」

ヴィオラの紡ぐ吐息が、その詩を覆すような旋律を、高々と奏でる。

「それもそうだね。アコニは、何処にいるのかな。」

彼は、特別に気配を消すのが上手い。

故に、偵察や潜入を主に担っていた。

そして、精鋭部隊を、特殊な組織に育て上げたのも、彼だ。

「夫なら、もう目の前に。」

木陰に揺れる旋律。

小動物の息遣いに思えたそれは、私の幼馴染の面影だった。

「久しぶりだね。」

私は、荷を下ろすような微笑みを、静かに奏でた。

「テラ、会いたかったよ。」

懐かしい音色が、私の耳を撫でた。

私は、腕を広げ、彼との抱擁に身を預ける。

いや、預けようとした。

「この、裏切り者め。」

彼の背を包む私の腕と、私の首を絞める彼の手。

「何故、僕たちを置いて行った。僕が騎士団に入った理由を忘れたのか。」

彼は、本気だ。

いつだって、何をする時だって、常に、本気だ。

「ご、…ごめん…ね。」

葉を回せて駆け寄ったメルが、アコニを引き離そうと押している。

だが、揺らぎすら与えることなどできない。

「よし、許そう。そもそも、僕は反対だったんだ。テラが勇者だなんて、向いているはずもない。君は、川のせせらぎに身を委ねながら、拾った果実でも齧っている方が似合っている。」

彼の手が、ようやく私の背を包んだ。

その手が、私の背を離れようとも、その温もりは、私を包む。

「あれは、拾ったのではないよ。果実園で、こっそり貰ってきたんだ。」

私は、メルを撫でながら、アコニを見つめる。

「わかっているよ。だから、たんこぶが二つもできたんだ。」

遥か遠い記憶が、淡い灯火となって、私たちに咲いた。


私たちは、魔王城の最後を聞いた。

それは、レーヌが紡いでくれた、私たちへの想い。

崩れゆく瓦礫、そこに至る刹那を知ることはない。

だが、最後の玉座の前に立つレーヌを知るのは、もう彼らだけなのだ。

「あなたたちは、留まってくれるのですね。そう囁くレーヌさんの言葉は、温かい氷の様でした。」

その声を、…レーヌの声を、もう一度、聞きたい。

それは、私以上に、メルが抱く願い。

「私たちには、戦意などありませんでしたが、それでも、彼女の前に立つのは、大勢の敵意の行進。」

ヴィオラの瞳に映るのは、あの日の彩り。

揺るがぬ意志を思い出した、あの瞬間の温もり。

「レーヌさんは、静かに、そして、穏やかに、私たちの帰り道を示してくれました。」

崩れゆく石造りを背に、ヴィオラは、誓ったのだ。

その想いと、レーヌの示した道が、私たちの元へと繋いでくれた。


メルの奏でる雫が、その旋律を空へ染めていく。

心の奥で反響し続けていた慟哭が、その殻を塗って溢れ出す。

私は、その繊細な温もりを、ただ抱きしめることしかできなかった。

何よりも深く、何よりも蒼い、波の届かぬ底で。



「花の丘には、来ないのか。」

理由も、アコニたちの気持ちも、分かる。

今は、まだ、その時ではない。

剣を持ち込めば、それは支配になりかねない。

そうでなくても、私の家族は、剣によって奪われた子たちなのだ。

彼らが近くに居ることで、平穏は崩れるだろう。


だけど、この様な生活を続けさせるわけにはいかない。

「花の丘を挟んで、集落を作らないか。」

そこが、私の家族に入り込まず、かつ交流を保てる臨界。

「わかりました。テラ様の家族を守れる防壁となるべく、強固な石造りを築きましょう。」

ヴィオラの瞳が、森林を焼き尽くす勢いを奏でている。

「いや…、花の丘が、どちらの国からも触れられずにいたのは、何も無い地だったからだ。そこに城砦が建てば、侵攻の対象になる。」

私は、せせらぎを紡ぐように、ヴィオラを見つめた。

「そういえば、テラは知らなかったね。今、どちらの国も互いを落とそうと犇めき合っている。その波が、ここに至らないとは限らない。」

アコニは、いつも静かに彩りを観察する。

私よりずっと、勇者の素質がある男だ。

だが…

「波が至るかもしれないのと、波を呼ぶのとでは、あまりに違う。」

私は、争いたいのではない。

守りたいのだ。

「テラ様、心配は無用です。貴方も貴方の大切なものも、壊そうというものは、私が蹴散らしますよ。」

その言葉は、必ず果たされるだろう。

「そうではないんだ…。私は、花の丘に鉄の味を彩りたくない。」

私は、目を伏せてしまった。

「テラ、僕は君の夢見る横顔が好きだった。それは、ずっと変わらない。でも、今は、突き付けられているものに、触れなければならない。」

アコニが、私の手を握る。

「波が到達してからでは、遅いんだ。僕たちは、防波堤を作ろうとしているだけだよ。」

いつだって、そうだ。

果樹園で、果実をもらいに行くと、いつも、最後まで僕を止めようとしてくれた。

私の大切な、思い出。

勇者としての謁見に向かう朝、喝采の中で、君だけが、僕を引き留めようとしてくれた。

私の大切な、友。

「そうだね。アコニ、君は、いつも正しい。」

私は、アコニとヴィオラの手を握る。

「あの…、もし、お城を作るなら、そこにお花を咲かせに行ってもいいですか…。花園を作りたくて…。」

メルの小さな音色が、張りつめた旋律に、波紋を彩る。

「もちろんだよ。」

初めて、3人の意見が一致した。



精鋭隊は、剣だけでなく、建築にも長けている。

彼らは、その身だけを頼りに戦場に赴き、いくつもの拠点を築いてきた。

アコニの言う防波堤は、鉄の波を止める強固な城塞。

私が思うよりずっと強固に、しかし、慎ましく彩られていく。

花の丘を彩るアルストロメリアが、その影を優しく包んだ。

それにより、私の家族は、平穏のままに、今日を彩ることができる。

メルと私は、その二つの家を、毎日、行き来した。


好きなところへ行く魔法を使わなかったのは、その道が、二人の時間だったから。

少しずつ大きくなるメルのお腹を撫で、黄色の色彩に身を委ねる。

「花園も、もう完成間近だね。」

私は、メルの横顔を見つめながら囁いた。

「うん。私たちの家族みんなで、あそこでお茶をするのが、私の夢なの。」

メルの微笑みが、そよぐ花に優しく揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ