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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
212/218

第九楽章序節

月が見つめる足跡。

廃教会へと紡がれた、静寂の道。

奏でられたのは、一つの詩。


それは、大樹に迷う夢。

誰も知らない、閉じた世界。

その小さな聖域に、灯火が芽生えた。


見上げる小さな魔獣。

大樹の麓に集まりゆく無垢なる旋律は、愛する人を願う。


穴を掘り、柔らかく囁き合うのは、決して起こさないようにと頷いたから。

転がる木の実を分かち合うように寄り添う影が、穴を横切る。


眠る大きな魔獣は、その山のような毛並みを、数えきれない小さき者へと捧げる。

潜り込んだ彼らは、微笑み合いながら、小さく見上げた。



月が詩っている。

星が奏でている。


その煌めく色彩に、空が産み落とされた。

一つ、また一つと、幾つもの影が、産声の響く果てを見上げる。

その影を織り成す淡い光は、大樹へと沈んでいった。



小さな波紋。

大樹から紡がれる、優しいそよ風。

全てを慈しむように、全てを愛するように、遠くへと旅立つ。


辿り着いたのは、荒野の岩山。

風に触れた髪が、柔らかく流れる。


ゆっくりと瞼を開く少女。

遠くに大樹が揺れている。



月と共に紡がれた旅路。

そこに奏でられた長い夢。

暁が、現を注ぎ始める。

曖昧な臨界に触れ、そっと手を伸ばす。


崩れゆく残響。

雪が溶けるように、透き通る影が消えていく。

「……お姉ちゃん…。」

幼い子が迷子になった様に、声が震える。

「待って…。」

頬を伝う雫が、岩肌に爆ぜる。

「行かないで…。」

その破片が、唇を濡らす。


陽光に煌めく少女が、夢の終わりを知った。

傍で燻る火に、瞳を向ける。

小さな煙が、まだ夢を奏でている様に揺らめく。

「寂しいな…。」

ふわりと手を伸ばす先には、温もりはない。

それでも、柔らかな風が包み込んでくれる。

思い出すのは、家族にも等しい仲間達。

荒野を彷徨う少女に、光を思い出させてくれた。


白妙に奪われた、大切な灯火。


「ラシレ、見守っていてね。」

手のひらを閉じる。

それは硬く、そして強く閉ざされる。

肌に刺さる爪が、小さな痛みを紡いだ。


これまで、たくさんのものを失ってきた。

漆黒に家族を奪われ、白妙に仲間を奪われた。

でも、得られたものも、確かにある。

閉じた瞼に彩られるのは、広大な丘に咲き乱れるアルストロメリア。


そこに、一つの影が揺れている。

諦めていたはずの、残された家族。

探し求めていた、たった一人の大切な影が、確かに立っている様に感じた。


ルナは、まだ生きている。

自らが生きていることこそが、その証。

この道の先に、取り返せるものがある。

何より欲しかったものがある。


ゆっくりと見上げる青に、白い面影が流れた。


遠い星の旋律が、手を伸ばした先へと響く。

その残響が、チユに一歩の勇気を与える。

月の見た夢が、その足跡に繋がっていく。

悠か道の先に、その帰着点は確かに存在している。

それを確かめる様に、チユは頷いた。



燻る火を包み、降り注ぐ日差しへと還す。

それを見届けることもなく、鞄を開いた。

フライパンやカップ、幾つかの調味料と、塩味になってしまったクッキー、それから、身を休める寝具。

綺麗に詰め込んでも、いつだって溢れ出そうになる。

そこにぶら下がるのは、メルから贈られた宝剣ジプソフィル。

その刃に刻まれるのは、火の魔法陣。

メルと共に描いた、大切な思い出。

「必ず、帰るよ。大切な探しものを、この手に紡いで…。」

胸に手を添える。

煌めく宝珠は、遥か昔の残響。

もう力を失ったとて、チユにとっては、何よりのお守り。

テラから贈られた、その祈りを包み込み、ゆっくりと立ち上がる。

「そろそろ、行こうかな。」

まるで、その時を待っていた様に、砂塵が晴れていく。



変わりゆく世界の果てへと連なる道。

悠久の旋律が、遺響へと触れる臨界への旅路。

この世界を織り成す奏者の一つに過ぎない一歩。

月の詩う夢の果てに、チユの足跡が刻まれる。


ただ静かに。

そして、力強く。

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