間奏5節
深い森は、いつ生まれたのか誰も知らない。
レーヌが、ここに辿り着いた時、それは既にあった。
遠い昔から続く、営みの旋律。
それが今も尚、静かに続いている。
故に、魔族は静寂を好む。
それは、殆ど例外はない。
殆ど。
「プラタヌは、もっと冷徹というか、冷静沈着というか、いや、熱い男ではあったけど…、私が眠っている間に、何かあったの…?」
言葉にし難い色彩を見つめながら、ロベリアは囁いた。
「わ、わかりません。こんなプラタヌさんは、初めて見ました。」
抱きしめ合い、額を寄せ合って、想いを紡ぎ合う二人。
そこから漏れ出す魔力は、騒音を奏でている。
それを遥かに超える音色が、互いに奏でられていた。
「この辺りの鳥たちが、みんな逃げていってしまったよ…。」
ロベリアは、空を見上げ、いつ話し合いを始められるのか、ぼんやりと考えていた。
「まあ、いいではありませんか。この様な色も、これからは大切になってきます。」
モーヴが優しく微笑む。
「そうだな…。魔王城の崩落から、ずっと張り詰めていたから、少し、どうしていいかわからなくなっていたよ。」
その微笑みに、ロベリアは柔らかなため息を奏でた。
「でも、少し長すぎないかな…。」
終わらぬ二人だけの愛の演舞を、見る者たちは少し飽き始めていた。
「あの…。」
愛の演舞が終わらぬ横で、ユズリハが申し訳なさそうに声をかける。
「確か、ユズリハ君だったね。よく来てくれたね。漆黒の精鋭たちの義具を作ってくれたこと、みんな喜んでいたよ。私からも、ちゃんと感謝を伝えたかったんだ。」
ロベリアの微笑みが、ユズリハへと応える。
「彼らは、そっとしておこう。塔まで案内するよ。」
今も尚続く桃色の旋律を背に、四人は塔へと歩き出した。
木漏れ日から漏れる囀りは、逃げてきた小鳥たちだろうか。
差し込む小さな光に、ユズリハは微笑みを返した。
「ロベリアさん、歩きながらで申し訳ないのですが、お伝えしなければならないことがあります。」
「どうしたのかな。」
小さく響き合う音色が、固く結ばれる。
「ここに来る前に、白妙に寄りました。そこで、不穏な動きがあると聞きました。」
ユズリハの音色が、重く響く。
「ニゲラさんが、事が済むまで静観してほしいと…。」
「そうか…、ありがとう。予兆は、確かにあったよ。恐らく、白妙で内戦が起こる。」
ロベリアは、振り向き微笑んだ。
「私たちは、何もしないよ。する力も、今は無い。それに、その争いに、魔族が立ち入るべきではないし、白妙をほしいとも思っていない。攻めてこられない限り、静観することを約束するよ。」
「ありがとうございます。やはり、革命を起こすつもりなのでしょうか。」
ユズリハは、顔を上げ、ロベリアを見つめた。
「ケーニヒ王は、決して漆黒を諦めたりはしない。でも、騎士団はどうだろうね。ケーニヒ王に賛同する者も多い。でも、ニゲラやグロリオサの様に、別の道を見つけた者も居る。」
見つめる空は、それでも尚、澄み渡っている。
「どちらが正しいかなんて、私たち魔族には答えられない。でも、平穏を脅かすことのない選択を、彼らが掴み取ってくれることを、魔族の王として、願っているよ。」
その色彩を奏でる様に、ロベリアはユズリハを見つめる。
「僕も、そう願っています。花の国の様に、世界から隔たりが無くなればいいと、ただの旅人の願望にすぎませんが…。」
ユズリハは、少し俯き笑った。
「ただの旅人だからこそ、何にも属さない瞳で見ることができる。その無垢な瞳が、その答えを導き出したのなら、私は、それに賛同するよ。」
ユズリハの背に触れるロベリアの幼き手は、とても大きく感じる。
まるで悠久の時を生きてきたかの様な、その安心感に、ユズリハは、ゆっくりと頷いた。
「ちょっと、距離が近すぎないかしら…。」
その二人の旋律を眺めながら、プラムは少しご機嫌斜めになっていた。
漆黒の塔に設けられた工房。
そこに揃えられた工具や素材は、ユズリハの瞳を輝かせるには充分であった。
「こんな素晴らしいものを、僕は見たことがないよ…。」
そのどれもが、人族である以上、聞くことさえなかった物。
「一応、軍事秘密だからね。これを使いこなせるのは魔族だけだから、秘密にする必要もないけれども…。」
ロベリアが、小さく微笑む。
「でも、ユズリハくんなら、自分のものにできるかもしれない。魔族の精鋭たちが驚くほどの義具を、君は紡いだのだから。」
「僕は、ただの鍛冶屋です。でも、鍛冶屋だからこそ、腕がなります。」
「それは、心強いよ。もし、使いやすいと感じたのなら、好きな工具を持って行っていい。素材も、必要なものを使っていい。君が使い、それを世界へ届けることで、この工具たちも喜びを得るだろうから。」
「どの工具も、軽くて手に馴染みます。少し癖がある様ですが、幾つか試作すれば慣れそうです。でも、こんな高価そうなものを受け取るわけには…。」
「高価そうなものを、戦いのためにしか使えない方が勿体無いと、私は思っているんだ。それに、工具もまた作ればいい。素材だって、また集めることができる。こうして仕事が生まれることも、漆黒への還元にも繋がる。何も気にすることはないよ。」
穏やかな音色に委ね、ユズリハの奏でる音色が、幾つもの義具を紡いでいく。
「この素材も、本当に素晴らしいです。軽くて丈夫なのに、加工しやすい。それにこんなに薄く、小さくても機能させることができる。使う人が、本物の腕の様に、違和感を覚えなくて済みそうです。」
「君が素晴らしいと感じた素材を、これ程までに活かして義具へと変えていけるのは、君だけだよ、ユズリハくん。やはり、君に使ってもらうべきだと思うよ。」
次々と出来上がる義具は、リュパン戦で負傷した兵たちへ贈られる、生活を取り戻す為の道。
それを煌めく瞳で紡ぎ続けるユズリハに、ロベリアは、どこまでも力を添えたいと願った。
「この袋は、特殊な物なんだ。だから、人には話さないでほしい。宝物庫の奥から引っ張り出した骨董品だけど、価値は高い。私も、これ以外で目にしたことがない代物なんだ。」
微笑みながら捧げたのは、少し大きな袋。
黒く煌めく絹は、影に溶け込む様に柔らかく流れる。
「触れるだけで癒されますね…。」
その感覚に、ユズリハの心が空に舞う。
「手触りだけではないよ。ここに工具や素材を入れてごらん。」
「いくつか入れると、破れてしまいませんか…?」
恐る恐る工具を中に入れながら、ユズリハは顔を上げる。
「何も、感じないかな?」
ロベリアが小さく首を傾げた。
「何も…、感じない……。工具を入れたのに、重ささえ無くなっている…。」
「うん。この袋が特別なのは、そこなんだ。空間を紡ぐ禁呪を持った魔王が、遠い昔に居てね。彼が幾つかの袋を作ったんだ。この小さな袋の中には、広い亜空間が広がっている。だから、どれだけ物を入れても、大きくはならないし、重くもならない。破れることなんて、絶対にないよ。」
「……受け取れません…。こんな特別なもの…。」
「君に受け取ってほしいわけではないよ。そう言ったなら、認めてくれるかな。これは、君がこれから出会う、助けを求める人たちのために、君に持ってもらう贈り物だ。彼らに、君の技術と届けるための、ただの道具だよ。」
ユズリハの手を強く握り、ロベリアは微笑んだ。
「やっぱり、距離が近いわよ…。」
工房の片隅で、口に手を当てたまま、プラムは囁いた。
月が、幾つもの物語を見つめている。
その道の先にあるのは、世界の大樹。
紡がれる夢は、現を彩る鏡。
そこに煌めく星々が、静寂の森へと降り注ぐ。
柔らかなベッドに腰をかけ、その色彩を見つめるのは、ユズリハとプラム。
「今日は、いつもよりくっつくね…。」
ユズリハが、プラムを見つめる。
「何よ、いつもと変わらないわよ。」
「もしかして、怒ってる…?」
プラムの音色の違和感に、ユズリハは恐る恐る尋ねた。
「どうして、そう思うの?」
俯きながら答えるプラム。
「……いつもと違うから…。」
その声を妨げる様に、プラムは、ユズリハを抱きしめる。
「ちょっと嫌なことがあっただけよ。」
肩に顔を埋め、小さく囁く。
「二人に想いが無いことはわかっているわ。」
濡れる肩に、ユズリハは耳を傾ける。
「でも、やっぱり、他の子と近過ぎるのは、………嫌なのよ…。」
震える声。
それが、ユズリハの心に深く突き刺さる。
「それだけ…。」
プラムの音色が、深く揺れる。
「ごめんね、補助具を作ることに夢中になり過ぎてた…。気をつけるよ。」
俯き、小さく囁きながら、プラムを抱きしめる。
「……誰かのために、夢中になっちゃうところ、好きよ。」
プラムの柔らかな微笑みが、穏やかな星空に、ゆっくりと舞い上がった。
見守る月の子守唄が、静寂の森を包み込む。
それは、揺籠の如く安らぎを奏でる。
間も無く彩られる暁に、夢は小さく揺らめいていた。




