間奏4節
「何故、そうなるのですか。」
怒号にも似た悲痛な叫びが、漆黒の塔を貫く。
その旋律に、長い螺旋階段を駆け上がる音が響く。
耳を塞ぐのは、ロベリア。
顔を赤く染め、肩を揺らすのは、プラタヌ。
「いや、だから、私の魔力が戻るのは、かなり先だ。これでは、漆黒を守れないと言っているんだ。だから…。」
凄まじい圧力に押されながらも、ロベリアは必死に紡ぐ。
「だから、プラタヌ、お前に王位を継いでほしいと…。」
伺う様に見つめるロベリア。
「そこではありません。王位を継ぐかどうかは、簡単に決められませんが、そんな事はどうでもいいのです。」
プラタヌが、怒涛の勢いで奏でる。
「王位継承を、そんな事って…。」
「それは、申し訳ございません。それはそうと、先ほど自ら奏でられた言葉を、もうお忘れですか?」
「………パシフロールのことかな?」
顔を赤くし、固まるプラタヌ。
「いや、だから、今は執務に注力してほしいということであって、恋仲を裂こうという訳では…。………プラタヌ、聞いているの…?」
火の魔法の中に閉じ込められたかの様に、熱く揺らめくプラタヌ。
「ま、まだ…。」
ゆっくりと紡ぎ始めるプラタヌ。
「まだ…?そうだよ、まだ王位継承も決まった訳ではない。だから、落ち着いて…。」
「まだ恋仲ではありません。」
ロベリアの声を遮る様に、プラタヌは叫んだ。
「そうか、これからだったのか…。ごめん。」
「何てことを言うのですか、ロベリア様。私は、国に身を捧げることを誓った身。男に二言はありません。」
「二言がないのなら、今、言ったばかりの、まだ恋人ではないという言葉も、果たさないとね。」
ロベリアは、不敵に笑う。
「………、可憐な少女の見た目になっても尚、中身は魔族の王…。恐ろしい……。」
どこに届かぬ様に、足元へと紡ぐプラタヌ。
「聞こえているよ…。」
ロベリアの声に、プラタヌの肩が跳ね上がる。
「兎に角、今は愛や恋などに腑抜けている場合ではございません。王が力を失うという一大事です。王位継承でも何でも、こなしていかなければなりません。愛する者との時間がほしいなどと言ってはおりません。そもそも、私のすべきことは、民を愛すること。それを無くして、私は私の意義を詩うことなどできるはずもない。そうです。パシフロールへの愛もまた、民への想いと同じ。特別な感情という訳ではありません。」
止まらぬプラタヌの音色が、駆け上がってくる足音さえもかき消す。
「別に夫婦で執政すれば良いではないか…。」
「めお………、何てはしたないことを……。私とパシフロールが結ばれるだなんて…。あの柔らかな毛並みを見つめるだけで、心が弾けそうになるというのに、それを、それを触れ合えと、彼女と、つ、繋がれと仰るのですか。」
「何もはしたなくはないでしょう…。手を繋ぎ、寄り添うだけのこと。歴代の魔王も、そうしてきた。メルちゃんだって、今は夫婦になっているではないか…。口惜しいけど……。」
「とにかく、私は、今は、国だけを見ていたいのです。恋に腑抜けることなど、決してありません。」
強く拳を握り、プラタヌは宣言した。
「そうか。わかった。ちょうど、漆黒の森にパシフロール、ユズリハ、プラムが入ったと聞いた。」
ロベリアは、ため息と共に、窓の外に広がる漆黒の森を眺める。
「パシフロールには、私から伝えておこう。プラタヌは、国のために、今は恋に腑抜けてはいられないと…。」
ゆっくりと振り向くロベリア。
その瞳に映るのは、階段を登り切り、息を切らせるモーヴの姿。
「プラタヌは、何処に行ったの…。」
「えっと、ロベリア様が誰かが森に入ったと言ったあたりで、階段を駆け降りて行きました。」
「………………、モーヴ、王に興味ないかな?」
長く深いため息の末に、ロベリアは、モーヴへと微笑みかけた。
静寂の森が、揺れる。
遠くから響く音。
「パシフロール、警戒した方がいいかもしれない。」
ユズリハが囁く。
ここは、魔族の領地。
その中でも、中心地に当たる。
白妙とは停戦状態にあり、平穏は彩られている。
それでも、人族が迂闊に入っていい場所ではない。
ユズリハたちの侵入を、良く思わない者も居るかもしれない。
「隠れよう…。」
プラムが囁く。
「いや、もう意味がないと思うよ。壮絶な足音が、一直線に、こちらに向かってきている。」
ユズリハは、ゆっくりと首を振る。
「逃げる…?」
パシフロールは、ユズリハたちへ顔を向けた。
「その方が、いいかもしれない…。」
ユズリハの音色と共に、パシフロールは、踵を返し、駆け抜けた。
だが、それを追う足音は、さらに速度を高め、轟音を響かせる様に近づいてくる。
その悍ましささえ感じる旋律に、三人は震え上がった。
「だめだ…追いつかれちゃう…。」
息を切らせながら、パシフロールは呟く。
「こんなに早く走っているのに、どうして…。人の出せる速度ではないよ…。」
ユズリハは、近づく足音に、声を震わせる。
「わからないわ…。きっと何か特別な力で走っているのよ…。」
プラムは、ユズリハにしがみつきながら、声を上げた。
「やっぱり隠れましょう。」
パシフロールは、木陰へと飛び込んだ。
「パシフロールの魔力って、魔族から見ても強いんだよね…。」
ユズリハが小さく奏でる。
「そうみたいね…。プラタヌさんが言っていたわ。彼の方が強くて麗しくて逞しくて素敵なのに…。」
パシフロールが、熱くなる頬を抑えながら囁いた。
「い、今は惚気ている場合ではないわ…。」
宥める様に、パシフロールを撫でるプラム。
「パシフロール、魔力を抑えてほしいんだ。」
ユズリハが振り返りながら呟いた。
「そうね、私はあまり魔力を探知するのが得意ではないけれども、魔族は得意だものね。」
その音色と共に、消えゆく魔力。
人族であるユズリハやプラムにさえ、その色彩を掴むことができる。
「近すぎてわからなかったけど、こうして変化を見ると、パシフロールって強いんだね…。」
ユズリハは、唖然とした声を漏らした。
「嫌だわ、私は強くなんてないわよ。強いのは、プラタヌさんよ。あの方が居られなかったら、私は今、ここに居ないもの…。本当に素敵な方だわ。」
「パシフロール、魔力が漏れ出してるよ…。」
「ご、ごめんなさい…。」
揺れる草木に潜む声が、小さく靡く。
「そのプラタヌさんに再会する前に、捕まってしまうかもしれないけれども…。」
プラムのため息が、深く沈んだ。
それをかき消す様に、大きくなっていく足音。
身を潜め、木陰から覗くことさえできない。
その恐ろしい旋律に紛れ、小さな叫び声が聞こえる。
誰が、何を言っているのか。
何もわからない。
ただ、その声が、潜む三人に向けられていることだけは、伝わってくる。
固唾を飲み、耳を傾ける。
「パシフロール…。」
微かに聞こえる声。
その刹那、巨躯が草木から飛び出る。
その突然の影に、腰を抜かすユズリハとプラム。
見上げる先に彩られるのは、パシフロールの背中。
「プラタヌさん。」
そのパシフロールの叫びと共に、桃色の魔力が爆発した。




