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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
207/219

間奏2節

花の国は、静かに、穏やかに、その営みを紡いでいくことを至福としていた。

故に、水の国の提案は、理解し難いものであった。

自由に人が訪れ、そして去っていく。

拒まず、追わず、受け入れる。

民を脅かさない限り、それを崩すことはない。

だからこそ、触れることをしない。


だが、現場を駆け回る騎士団は、知っていた。

「整備も、関所も助かる。猛獣や魔獣の猛威を防ぐ盾は、引き続き我々が行う。だが、関所やら宿場やらの運営は、私たちは、どうも苦手でな…。」

総騎士団長ヴィオラは、背もたれに寄りかかり、ため息を紡ぐ。

思い出すのは、花が咲き乱れる頃に溢れかえる怪我人と道の崩壊。

特に、少人数での野営は、その危険に晒され続けていた。

国を持たず放浪する彼らを守るために、花の国は奔走してきた。

魔獣や猛獣との戦いで、長期間の療養を余儀なくされた騎士団員も少なくない。


「そこは、お任せください。今後の計画も、維持も、全て共有します。ただ、水の国の民の働く場も与えてほしい。それが、条件です。」

クリビアは、視線を外すことなく、花の国の描く道を見つめ、応える。

「そして、有事の際は、水の国をお守りいただきたいのです。もちろん、我々も兵力を捧げますが、何せ力不足を否めません。」

「それが、今回の目的ですね。」

クリビアの声に、アブリコが応える。

「貴方は、白妙の富豪でした。私もまた、白妙に忠誠を誓った、剣を盾に彩る騎士。」

その巨躯と、泣く子を絶叫させる強面からは想像もできない、穏やかな音色。

「頼まれずとも守るのが、私の剣の誇りです。同郷で、隣人ならば、尚更です。」



空を彩る眩い光が眠り、月の見守る色彩に包まれる頃、その話し合いは終焉を迎えた。

「ところで、ディナーはどうしますか?お茶会の準備は、すぐにできますよ。」

待ち続けた瞬間に飛びつく様に、メルが立ち上がり、席に着く全ての者へと奏でる。

否応なく動き出すメルに、誰も手を上げることさえできず、瞬く間にティーウェアが配された。

そして、運び込まれるのは、質素ながらも彩りに溢れた美味の香り。

「レーヌの手作りなので、世界一美味しいですよ。」

メルが微笑む。

「初めからわかっていたみたいに、準備が良いね。」

テラが、メルを見上げ、小さく微笑む。

「だって、水の国と花の国の初めての会なのよ。楽しみだったの。」

そこに紡がれるのは、民を想う願い。

境なき祈りは、穏やかな音色と、唆る香りに溶け込んでいく。



世界の大樹が手に届きそうに彩られる廃れた道は、この刹那に街道と生まれ変わる種が植えられた。

それは、瞬く間に育っていき、往来の要として固められていく。


それを見つめる数え切れない瞳は、様々な想いを孕む。

平穏と不穏が入り混じる世界。

壮麗たる不協和音の中で、この道は、花の国と水の国が確かに存在していることを証明した。



その旋律は、白妙の新都へも響く。

玉座に座し、賑わう城下町に馳せる。

握られた報告書は、破れるほどに握りしめられている。

そこに込められた想い。

震える声は、怒りに満ちている。

「あそこは、放置していたとはいえ、白妙の領地だった。」

国王ケーニヒの音色。

それは、重く響く。

「ですが、ケーニヒ様、一度は捨てた地。領土と主張するのは、難しいかと…。」

恐れに消えかける音色。

それを必死に紡ぐのは、信頼された側近。

だが、一つでも誤れば、彼の灯火は瞬く間に途絶える。

「あの地を言っているのではない。放置すれば、何れは侵略につながると言っている。そんな事もわからぬのか?」

ケーニヒの笑顔が、重くのしかかる。

その旋律に、側近は顔を伏せた。

「休暇をやろう。お前は、少し疲れが溜まっている様だ…。」

酷使され続けた末路。

抱え切れないほどの富と引き換えに失ったもの。

それを突きつける様に、ケーニヒは静かに奏でる。

「心配するな。代わりは幾らでも居る。」

扉の奥へと消えていく側近を見る者は、一人としていない。

「私は、今を守る事を望んでいるのではない。」

穏やかな音色が、純白の広間に響く。

散りばめられた黄金が、その力を誇示する様に煌めく。

「白妙の、繁栄だよ。」

幼い子に言い聞かせる様に紡がれた言葉は、二つの想いへと分かれていく。


王の前に立つニゲラは、既にケーニヒの奥にある白妙の行く末を見つめていた。

かつて、グロリオサが立ち上がり、グランディオーソを率いて白妙を出た様に。


グランディオーソは、自由の御旗を手にした。

もうこの国に関わることはないだろう。

ならば、ニゲラが掲げるものは…。



「この国の、変わる時が来た。」

グランシンフォニー先遣隊の宿舎に戻り、ニゲラは小さく奏でる。

「変わる時…。リュパンとの戦い以来、ずっと言っていますね。」

「すまないな。独り言だ…。」

ニゲラは、疲れた様に微笑む。

「いえ、わかっています。私も、同じ想いですから。」

「カリステモン、今の白妙が歩む道。それの行き着く先は何かわかるか。」

「侵略…。」

「…それが触れるのは……、この道の先にあるのは、ブランノワール戦争の再来だ。」

再び、数え切れない灯火が散る。

長い歴史の中で、漸く見えてきた争いの終焉。

それが、瞬く間に散りゆく。

「それだけは、阻止したい。」

「何をするつもりですか。」

「わかっているだろう、カリステモン。」

「……はい。」

「我が騎士団は、付いてきてくれると思うか?」

「私たちは、ニゲラ殿を疑ったことがありません。ならば、ニゲラ殿も、私たちを信じてください。」

未だ、誰も声を挙げてはいない。

だが、その想いは、一つへと紡がれていた。


引き金は、リュパンとの戦い。

共に支え合った漆黒と花の国。

偽りない色彩に、真実の詩が響く。


「革命だ。」

二人きりの小さな部屋で、その旋律が芽吹いた。

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