間奏2節
花の国は、静かに、穏やかに、その営みを紡いでいくことを至福としていた。
故に、水の国の提案は、理解し難いものであった。
自由に人が訪れ、そして去っていく。
拒まず、追わず、受け入れる。
民を脅かさない限り、それを崩すことはない。
だからこそ、触れることをしない。
だが、現場を駆け回る騎士団は、知っていた。
「整備も、関所も助かる。猛獣や魔獣の猛威を防ぐ盾は、引き続き我々が行う。だが、関所やら宿場やらの運営は、私たちは、どうも苦手でな…。」
総騎士団長ヴィオラは、背もたれに寄りかかり、ため息を紡ぐ。
思い出すのは、花が咲き乱れる頃に溢れかえる怪我人と道の崩壊。
特に、少人数での野営は、その危険に晒され続けていた。
国を持たず放浪する彼らを守るために、花の国は奔走してきた。
魔獣や猛獣との戦いで、長期間の療養を余儀なくされた騎士団員も少なくない。
「そこは、お任せください。今後の計画も、維持も、全て共有します。ただ、水の国の民の働く場も与えてほしい。それが、条件です。」
クリビアは、視線を外すことなく、花の国の描く道を見つめ、応える。
「そして、有事の際は、水の国をお守りいただきたいのです。もちろん、我々も兵力を捧げますが、何せ力不足を否めません。」
「それが、今回の目的ですね。」
クリビアの声に、アブリコが応える。
「貴方は、白妙の富豪でした。私もまた、白妙に忠誠を誓った、剣を盾に彩る騎士。」
その巨躯と、泣く子を絶叫させる強面からは想像もできない、穏やかな音色。
「頼まれずとも守るのが、私の剣の誇りです。同郷で、隣人ならば、尚更です。」
空を彩る眩い光が眠り、月の見守る色彩に包まれる頃、その話し合いは終焉を迎えた。
「ところで、ディナーはどうしますか?お茶会の準備は、すぐにできますよ。」
待ち続けた瞬間に飛びつく様に、メルが立ち上がり、席に着く全ての者へと奏でる。
否応なく動き出すメルに、誰も手を上げることさえできず、瞬く間にティーウェアが配された。
そして、運び込まれるのは、質素ながらも彩りに溢れた美味の香り。
「レーヌの手作りなので、世界一美味しいですよ。」
メルが微笑む。
「初めからわかっていたみたいに、準備が良いね。」
テラが、メルを見上げ、小さく微笑む。
「だって、水の国と花の国の初めての会なのよ。楽しみだったの。」
そこに紡がれるのは、民を想う願い。
境なき祈りは、穏やかな音色と、唆る香りに溶け込んでいく。
世界の大樹が手に届きそうに彩られる廃れた道は、この刹那に街道と生まれ変わる種が植えられた。
それは、瞬く間に育っていき、往来の要として固められていく。
それを見つめる数え切れない瞳は、様々な想いを孕む。
平穏と不穏が入り混じる世界。
壮麗たる不協和音の中で、この道は、花の国と水の国が確かに存在していることを証明した。
その旋律は、白妙の新都へも響く。
玉座に座し、賑わう城下町に馳せる。
握られた報告書は、破れるほどに握りしめられている。
そこに込められた想い。
震える声は、怒りに満ちている。
「あそこは、放置していたとはいえ、白妙の領地だった。」
国王ケーニヒの音色。
それは、重く響く。
「ですが、ケーニヒ様、一度は捨てた地。領土と主張するのは、難しいかと…。」
恐れに消えかける音色。
それを必死に紡ぐのは、信頼された側近。
だが、一つでも誤れば、彼の灯火は瞬く間に途絶える。
「あの地を言っているのではない。放置すれば、何れは侵略につながると言っている。そんな事もわからぬのか?」
ケーニヒの笑顔が、重くのしかかる。
その旋律に、側近は顔を伏せた。
「休暇をやろう。お前は、少し疲れが溜まっている様だ…。」
酷使され続けた末路。
抱え切れないほどの富と引き換えに失ったもの。
それを突きつける様に、ケーニヒは静かに奏でる。
「心配するな。代わりは幾らでも居る。」
扉の奥へと消えていく側近を見る者は、一人としていない。
「私は、今を守る事を望んでいるのではない。」
穏やかな音色が、純白の広間に響く。
散りばめられた黄金が、その力を誇示する様に煌めく。
「白妙の、繁栄だよ。」
幼い子に言い聞かせる様に紡がれた言葉は、二つの想いへと分かれていく。
王の前に立つニゲラは、既にケーニヒの奥にある白妙の行く末を見つめていた。
かつて、グロリオサが立ち上がり、グランディオーソを率いて白妙を出た様に。
グランディオーソは、自由の御旗を手にした。
もうこの国に関わることはないだろう。
ならば、ニゲラが掲げるものは…。
「この国の、変わる時が来た。」
グランシンフォニー先遣隊の宿舎に戻り、ニゲラは小さく奏でる。
「変わる時…。リュパンとの戦い以来、ずっと言っていますね。」
「すまないな。独り言だ…。」
ニゲラは、疲れた様に微笑む。
「いえ、わかっています。私も、同じ想いですから。」
「カリステモン、今の白妙が歩む道。それの行き着く先は何かわかるか。」
「侵略…。」
「…それが触れるのは……、この道の先にあるのは、ブランノワール戦争の再来だ。」
再び、数え切れない灯火が散る。
長い歴史の中で、漸く見えてきた争いの終焉。
それが、瞬く間に散りゆく。
「それだけは、阻止したい。」
「何をするつもりですか。」
「わかっているだろう、カリステモン。」
「……はい。」
「我が騎士団は、付いてきてくれると思うか?」
「私たちは、ニゲラ殿を疑ったことがありません。ならば、ニゲラ殿も、私たちを信じてください。」
未だ、誰も声を挙げてはいない。
だが、その想いは、一つへと紡がれていた。
引き金は、リュパンとの戦い。
共に支え合った漆黒と花の国。
偽りない色彩に、真実の詩が響く。
「革命だ。」
二人きりの小さな部屋で、その旋律が芽吹いた。




