間奏1節
広大な海が、その村の世界を切り取る。
見下ろせる丘に立つのは、白妙を捨てた富豪、クリビア。
旅路を共にしたのは、路地裏に明日を手放しかけていた者たち。
彼らはみんな、白妙に捨てられた。
故に、クリビアもまた、白妙を捨てた。
彼は、リュパンと双璧を成すほどの力を持っていた。
ブランノワール戦争によって、二人を失った白妙は、力を取り戻すべく、その手を伸ばす。
だからこそ、共に旅路を彩ってくれた仲間たちの帰着点を、ここに選んだ。
「これから、花の国と同盟の交渉をしにいく。ナファル、お前も来るか?」
築かれたのは小さな村。
しかし、クリビアの影響力は、漆黒にさえ届く。
その狭間に生まれた小国である花の国も、その例外ではない。
ただ、クリビアは、その名声を用いる気はない。
秘めていたのは、民を想い、種族を超えた世界を紡ぐこと。
花の国が掲げる祈りが、クリビアの願いと重なっていた。
それは、クリビアにとっても、村の民にとっても、大きな交渉。
知恵も知識も、体躯さえも著しく育ったナファルとはいえ、まだ少年。
それでも、連れていきたいと願ったのは、いつか、我が子に村を任せたいという想い故だった。
「僕に学ぶべきことがあるのなら、行くよ。父さん。」
顔を上げ、弾む笑みを紡ぐナファル。
その色彩を瞳に受け止め、クリビアは頷いた。
潮風が、艶やかな髪を撫でる。
「いつか、この村を小さな国にしたい。」
クリビアは、奏で始めた。
「どの国の政治にも脅かされず、私たちの自由の下に世界を見る。」
「白妙や、漆黒の行く末を見届けるということ?」
父の言葉に、ナファルは首を傾げる。
「いや、見るのは、海の向こうだ。」
遠く地平線に彩られた、海と空の境目。
その果てに、誰も知らない大地がある。
それは、楽園なのか、地獄なのか、誰にもわからない。
それでも、クリビアは見てみたかった。
そこに紡がれる旋律の一つ一つを拾い集めて、この地に奏でたかった。
かつて、冒険者として凡ゆる旅路に足跡を彩ってきたからこそ、その夢を抱いた。
「つまり、私は、今も子供なんだよ。」
ナファルの背に合わせてしゃがみ込み、その肩を叩く。
「いつか、お前が継いでくれ。」
ナファルは、まだ知らない。
この大地の全てに触れたわけではない。
だからこそ、ナファルは父の夢を抱いた。
「なら、旅をしなきゃね。会いたい人もいるから。」
手に握りしめているのは、二つの宝珠。
壮麗な色彩には、力の欠片も感じない。
だが、ステラとルナから贈られた想いだけは、何よりも煌めいていた。
「そうだな。だが、まずは学ぶんだ。触れたものを自らの糧として得られる様に。何より、その旅路から無事に帰って来られる様に。」
揺るがぬ瞳を、ナファルへと紡ぐ。
「うん。だから、交渉も、畑を耕すのも、怪我人の手当ても、ごはんを作るのも、掃除も洗濯も、全部やるよ。」
「それは…、父さんも頑張らないとな…。」
威風堂々たるナファルの笑顔に、クリビアも引き締めた。
「それで…、できたばかりの小さな村なのに、国を相手に同盟を組めるの?」
さざなみの音色を纏いながら、海を見つめ、ナファルが紡ぐ。
「花の国ならば、保護という形を取ってくれるだろう。だが、施しを受けたいわけではない。」
クリビアは振り返り、小さく笑う。
「大人は、必要とあらば嘘をつくものだ。」
「嘘?」
「交渉の場では、ここが国となったことを宣言する。」
手に持つのは、小さな御旗。
広げられたのは海と錨の色彩。
「名は、水の国だ。」
この大地に芽生えた幾つもの国の中で、初めて海を渡った民。
その一歩が、ここに紡がれた。
そして、それは、最初の壁へと続く。
対等に交渉するのならば、水の国も何かを差し出さなければならない。
花の国の営みは、村とそう変わらない。
騎士団は存在しているものの、その殆どは、建設や救護、復興などに力を注いでいる。
自給自足で全てが足りてる上に、資源は、旅人が集う名所、花の丘もある。
何より、花の国は、民が幸せならば、何も求めたりはしない。
「一見すれば、付け入る隙もない国だ。だが、何も求めていないからこそ、見落としているところがある。」
「笑顔が怖いよ、父さん…。」
「すまない、だが、ここに、水の国の活路がある。」
白妙と漆黒を繋ぐ街道、そこから紡がれた道なき道。
国を捨てた者たちが歩み続けた、足跡の残響。
その残響は、この道が、どれだけ寂れようとも、朽ちることのない様に守られてきた。
道なき道が辿り着く場所。
それこそが、花の丘。
「花の丘の花は枯れることはない。だが、より美しく咲き乱れる時期がある。そして、それは数年も待たない。」
「花の国にとっては、嬉しいことだね。」
「そうとも限らない。道なき道は、歴戦の旅人だからこそ歩み切ることができる。それでも、旅路に潜む爪や牙は、いつだって空腹に彷徨っている。」
「花の丘を訪れる人たちが、獣たちに襲われるということ?」
「そうだ。そして、それを保護し、治療し、その戦いで荒れた地を復興するのが、花の国だ。」
「水の国として、そのお手伝いをするんだね。」
「ナファルは、賢いな。私たちにできること、それは、街道の整備だ。関所を設けて、旅路を守る。そこに小さな集落を点在させて、活気をつくる。それほど多くは必要ない。だが、それが在るというだけで旅人も花の国も安心できる。そして、その安心が人も集め、繁栄につながるという目論見だ。」
クリビアは、腰に手を当て、微笑む。
「もちろん、関所には、水の国の者たちも働ける場を設けてもらう。」
守り、守られ、共に繁栄を手にする。
クリビアの描く絵図が、海の如く広がる。
「私が白妙で培ってきた、凡ゆるものの総力戦。腕の見せ所ということだ。」
二人が見つめる先、その一歩のために必ず通らなければならない地、花の国。
そこを治める執政官アリウムは、国王と呼ぶには、あまりに幼い。
「だって、相手は白妙どころか漆黒でも有名な富豪だよ…。僕なんて、子供扱いされて一蹴されるよ。」
頭を抱えるアリウム。
それを宥めるライラックとセロぺギア。
「そうならない様に、俺たちが居る。アリウムの能力も、努力も、俺たちには敵わない素晴らしいものだ。もっと堂々と…。」
アリウムは、充分にやっている。
民と共に生きる国だからこそ、民の想いも届く。
それに応えるために、その身を捧げている。
だからこそ、この国へ移り住む者も増えている。
そこには、魔族も人族もない。
その混血が、混血と呼ばれることさえ、もう無くなった。
道具を使わずして火を起こすことができるか、重い農具で畑を耕すことができるか。
花の国に在る民の違いは、そのくらいしかない。
誰しもが出来ることを手にしており、それに助けられ合っている。
かつて、魔族と人族が袂を分つ前の色彩。
誰も知らない、神話より古い旋律が、ここに残響を蘇らせていた。
それを紡いだのは、テラとメル。
そして、それを守理続けているのが、アリウム。
「交渉の場では、俺が矢面に立とう。」
アリウムの方を撫でるライラック。
「こう見えても、交渉は何度もやってきた。………商談だけだが…。」
その音色に、執務室の全ての視線がライラックに集まる。
「任せたよ。」
それは、集う者の揺るがぬ想い。
交渉など、誰もしたことがない。
だからこそ、縋る様に、ライラックを持ち上げた。
「し、失敗して、国が滅びても、責任は取れないよ…。」
その熱い視線に後退るライラック。
「その時は、もう一度やり直せばいいよ。」
詰め寄るアリウムと、続くセロぺギア。
そして、行く末を聞いていたコスモスフレとストレリチアもまた、ライラックを囲む。
「アリウムの苦悩の片鱗に、今触れた気がしたよ…。」
辺りを見回しながら、ライラックはため息を奏でた。
絡み合う想いは、激しくぶつかり合う。
互いが孕んでいる思惑が、鋭利な言葉を煌めかせる。
それは、話し合いという戦場の中に研ぎ澄まされ、翳される。
国を賭けた聖戦。
滅ばずとも、呑み込まれかねない。
その攻防戦が、小さな部屋で繰り広げられる。
そんな夢に魘されるのは、ライラック。
だが、交渉当日に案内されたのは、静寂の聖域。
メルの手に引かれ、その扉は開かれる。
「一応、まだ、彼が国王ですから…。」
メルは、微笑む。
「本当は、アリウムが王様になるはずだったのだけれども…。」
小さく奏でるメルの囁きに、アリウムの肩が跳ねる。
「でも、誰よりも民を想ってくれて、尽くしてくれているの。私たちの自慢の執政官よ。」
淡い光が、弔いの庭に集う花の国と水の国の高官を包み込む。
「いらっしゃいませ、私たちの聖域へ。」
魔王城の最奥の庭園。
テラとメルの聖域。
そこに彩られたテーブルと、配されたティーウェア。
カップに香るのは、オレンジピールとバラの誘い。
メルが集めた木の実と蜂蜜のクッキーが、カップに合わせたプレートに芳醇な音色を奏でている。
「まずは、お茶会を楽しみましょう。」
煌めくメルの声が、聖域に響き渡った。




