間奏序節
柔らかな風が、アルストロメリアを揺らす。
それは、黄色の大地が詩う様に、煌めいている。
歩くのは、二つの影。
手を取り合う姿は、安らぎに満ちている。
この畦道の行き着く先。
それは、民の住まう色彩、花の砦。
その奥にある、弔いの庭。
「ママ、楽しみだね。」
少女は、煌めく微笑みを振り撒いた。
「うん。ずっと忙しかったから…。行けなくて、ごめんね。」
穏やかに頷く温もりは、少女の様な彩りを放つ。
砦の門に立つのは、花の国の盾の騎士団長、アブリコ。
「メル様、フルールちゃん、お久しぶりです。」
「お久しぶりです。花の街が落ち着いてきたので、顔を見にきました。」
彼の微笑みに応える様に、メルが奏でる。
ゆっくりと彩られる三つの足跡。
その色彩が立ち止まるのは、弔いの庭に植えられた、聖域への扉。
「テラ様も、きっと待ち侘びておられますよ。」
「私たちも、待ち侘びていました。」
メルの微笑みと共に、一つの木から淡い光が溢れ出す。
それは、メルとフルールを包み込み、柔らかく消えていく。
開かれた扉。
それは、遠く離れた魔王城の片隅。
入口もなく、出口もない。
静寂の聖域に、レーヌは立っている。
「メル様、お茶会をしなくなったかと思えば、全く来なくなりましたね。」
穏やかな音色の奥に揺らぐ、小さな寂しさの詩。
それを包み込む様に、レーヌは手を差し伸べる。
「こちらへ。ご案内するほどでもございませんが…。」
玉座の影に紡がれた、小さな扉。
メルとフルールは、踊る心を抑え、ドアノブへと手をかける。
「待っていたよ。」
形のない影。
それでも、音色は鮮明に響き渡る。
「テラ。」
愛する者を紡いでいく影に、メルとフルールは抱きついた。
宝珠との戦いの後、テラの灯火は瞬く間に消えていった。
勇者の加護を捨て、残火さえも失われた体で、何度も奏でた禁呪。
その代償に捧げた灯火は、平穏なひと時を削り取っていた。
それでも、幸せは、そこにある。
静寂の儀に聞こえてくる嗚咽は、教会を埋め尽くす。
その中に溺れ、嘆きたい想いが溢れる。
それを呑み込みながら、メルは凛と紡いだ。
王位の継承。
アリウムに冠された未来への希望が、花の国を照らす。
ただ、彼は、一つの条件を掲げた。
あくまで、代理。
執政官の立場を崩すつもりはない。
いつか、フルールが花の国を統べる者として立ち上がるまで。
彼女と共に、この国と、大切な民を守り抜くと誓った。
その祈りを捧げたのは、失われた英雄への讃美歌。
勇者テラの墓標が、花の丘の広場に、静かに彩られた。
その魂は、今、此処に悠久を奏でる。
幼きメルが過ごした庭園。
テラとメルの想いが育まれた聖域。
レーヌが守り抜いた、この小さな部屋で、三人は抱き合った。
テラ、メル、そして、フルール。
紡ぎ合う穏やかな音色だけが、窓から差し込む光に共鳴する。
その柔らかな水面に触れる決意。
それは、小さな波紋を描く。
紡いだのは、メル。
「私も、テラと共に、ここに残るわ。」
レーヌの静止を拒み、微笑みに詩う。
「私たちが居なくとも、花の国は…、魔族と人族が手を取り合う夢は、守られるもの。」
「私も、ここに残るの?」
メルの言葉に、フルールは小さく見上げる。
「ここが、私たちのお家になるのよ。でも、花の国へは、いつでも行けるの。色んなことを見て、たくさん遊んで、少しずつ学んでいこうね。」
微笑み合う瞳に、柔らかい風が吹いた。
それは、幾つもの灯火を詩う様に、空を彩る。
見上げるのは、チユ。
淡く光る聖域へと扉の傍で、彼女はメルの帰りを待っている。
触れる温もりは、幾つもの墓石が奏でる音色。
チユの大切な仲間たちの寝室を、優しく磨いていく。
「私ね、治癒魔法が自由に使える様になってきたんだ。」
その一つに、微笑みかける。
「今の私なら、君を助けることができたのかな。」
拭えない後悔。
きっと、これは、永遠に消えることはない。
「もう、君の様には、誰にもさせないから…。」
誓いという名の贖罪。
それを奏でる様に、チユは囁いた。
「私、もうすぐ、花の国を出るよ。」
みんなと離れたくない。
でも、チユの魔法は、誰にもできないこと。
だから、ここを出る。
「どこかで、君が助けを求めているかもしれないから。」
まだ見ぬ、どこかの君のために。
「まだ、もう少し先の話だけど…。」
チユは、立ち上がる。
「また、会いにくるよ。ラシレ。」
光の中から、柔らかな影が紡がれる。
そのメルの色彩に、チユは微笑んだ。
「メルさん、今日も治癒魔法の練習に付き合ってください。」
「チユちゃん、来ていたのね。もちろんよ。」
頷き合う音色が、弔いの庭に静かに反響した。
揺れる草が、陽光に煌めく。
隔てるものは、何も無い。
遠くに見える黄色の色彩が、アルストロメリアの香りを運ぶ。
「うんうん、もう反動も殆どないね。後は、身を守る魔法も、覚えてみる?」
メルの微笑みが煌めく香りに詩った。
チユは、もうすぐ花の国を旅立つことは話していない。
それでも、メルの瞳には、チユが世界を見つめていることが彩られていた。
「きっと、これから、たくさんのことがチユちゃんを待っているの。その時に、役に立つはずよ。」
メルは、攻撃魔法を使えない。
ただ、その知識は、誰よりも多く持っている。
魔王として、幼い頃から数え切れない本を読んできた。
その一文字一文字が、メルの心には鮮明に刻まれている。
指先で、空に絵を描く。
その軌跡が煌めき、二つの人形が紡がれる。
それを包み込む様に、小さな舞台が彩られた。
「人形劇の魔法。」
メルの囁きと共に、人形に吐息が吹き込まれる。
浮かび上がるのは森の奥の世界。
そのを駆け回る少女。
近づいてきたのは、大きな怪物。
「不思議な魔法…。メルさんは、多才ですね…。」
幕の上がった人形劇を見つめながら、チユは吐息を漏らす。
「褒めてもらえて、嬉しいわ。魔王だった頃に、民の子たちに喜んでもらいたくて、作った魔法なの。」
メルは微笑みを奏で、ページを捲る様に指を舞わせた。
「見ていてね。私は、攻撃魔法を使えないけれども、人形劇の中でなら描けるから…。」
舞台では、怪物が襲いかかっている。
その地響きに怯える少女。
振り翳された爪を前に、描かれたのは小さく簡素な魔法陣。
流れ込む魔力を詩うように、小さな火が煌めき始める。
「どれだけ魔力を注ぐかで、火の強さも変わるの。この魔法陣は少し細工をしてあるので、チユちゃんの魔力にも耐えられると思うわ。」
舞台の中で吹き飛ばされる怪物。
そして、嬉しそうに跳ね回る少女。
大きく映し出されたのは、魔法陣。
「さあ、やってみて。」
メルが、チユの手を包み込む。
その指先を誘う様に、舞台に描かれた魔法陣を彩っていく。
「もう少し、指先に魔力を込めてみて。」
淡く残る光の軌跡が、それを形作る。
「この三つの点に魔力を注ぐの。一つなら矢、二つなら塊を紡ぐことができるわ。三つのときは、気をつけてね。」
メルが優しく微笑む。
「気をつける?」
触れ合う髪をなぞる様に、チユが振り向いた。
「爆発しちゃうの。」
「え…、怖い……。」
思わず注いでしまった魔力に、炎が爆ぜた。




