第八楽章6節
大樹の元へと集った幾つもの荷台が、寝室の様に彩られる。
此処に眠るのは、白妙のために、そして、漆黒のために灯火を賭した者達。
その華麗なる花弁を慈しむ様に、一つ一つが紡がれていく。
それでも、形を失った者、影さえも遺らぬ者は、多く居た。
故に、此処に墓標を築く。
大樹の見守る静寂の園は、少しずつ広がる森へと溶ける。
いつか、弔いの街と呼ばれる聖地。
その最初の住人が、此処に夢を紡ぐ。
空から舞い降りる光が、その祈りを故郷へと届ける。
その極彩色の旋律を見届けるのは、残された者達。
決して、忘れたりはしない。
途絶えた足跡も旅路と抱き、永遠に繋いでいく。
「では、また会おう。」
硬く結ぶ、二つの手。
故郷へと連れて帰る事のできる者は、早く連れて帰ってあげたい。
それは、白妙も漆黒も同じだった。
此処を発てば、向かう道は交わることはない。
この二つの国の戦争が終わり、結ばれるまでは。
ただ、その兆しは、確かに見た。
その架け橋は、手を結ばなければ敵わぬ脅威だったかもしれない。
その脆い色彩に、花の国が力を添えてくれたからかもしれない。
それでも、確かに兆しが紡がれた。
神話より紡がれた御伽話の中で、睨み合い続けた二つの猛獣が、その音色を微笑みに変える花。
この大樹の元に、それは確かに芽吹いたのだ。
「プラタヌに付いて行かなくていいのか?」
ユズリハとプラムを背に乗せ、歩み始めるパシフロールに、プロテアは微笑んだ。
「な、何を言っているのよ。私は魔獣で、彼は魔族。種族も見た目も全く違う私たちが、結婚なんてできるわけないじゃない。」
パシフロールが毛並みを揺らしながら、慌てふためく。
「いや…、結婚とまでは言っていないのだが…。」
その様相に、プロテアはたじろいだ。
「そうか?私は、愛に種族も外見も関係ないと思っているぞ。」
プロテアを宥める様に、プラタヌが微笑む。
「まあ…。」
麗しい毛並みの奥に彩られた赤い熱が、潤う瞳に爆ぜる。
それを覆い隠す様に手で隠すパシフロールが、甲高い音色を空に響かせた。
「いつか、この森に帰ります。でも、今は、巻き込まれた魔獣たちに手を差し伸べて回りたいのです。だ、だから…、その…。」
パシフロールの音色が、少しずつ小さくなっていく。
「待っているよ。ずっと。」
その音色を掬い上げる様に、プラタヌは微笑んだ。
「は、はい…。」
小さくなる背中を、いつまでも見つめ続けるパシフロール。
その彩りを覆す様に、想いが膨れ上がっていくのを、彼女は優しく抱きしめた。
「行こうか。」
影さえも遠く見えなくなっても尚、その色彩を瞳へと刻み込んだパシフロールが、ゆっくりと振り返る。
「私たちの旅を、始めましょう。」
それは、巻き込まれた魔獣へと手を差し伸べる事。
そして、今もどこかで補助具を必要としている人たちに、それを紡ぐ事。
その足跡の中で、たくさんの彩りに触れる事。
三つの影が交わした約束。
小さな袋に詰め込んだ、美味しい木の実の香りが、旅立ちの詩を奏でた。
ゆっくりと紡がれていく穏やかな風。
それは、これまでの軌跡を柔らかく包み込む。
それでも、歩む先を見つめることができるのは、レーヌが教えてくれた道標があるから。
リュパンの魔力の痕跡。
それを辿る先にあるのは、白妙。
そこは、彼らの出発点。
だけど、これは、還る旅ではない。
あの戦いで得た旋律を手に、この世界を彩る。
その夢を奏でながら、三人は微笑み合った。
荒廃した村が大樹に寄り添う様に広がっている。
揺れる花と、柔らかな残り香が、ここに幸せが紡がれていたことを語っている。
「がじがじ隊の家…、こっちは、ぴょんぴょこ隊の家。…ここにも彫ってある。がおちゃんの家。…不思議な名前の家だね。」
プラムが、村を駆け回りながら一つ一つの小屋に刻まれた言葉を辿る。
「何というか…、ルナちゃんが付けそうな名前だね。」
ユズリハが穏やかに微笑んだ。
「ルナちゃんとステラちゃんに、会いたいね。」
「うん。それが、この旅の目的だから、続けていれば、きっと会えるよ。」
頷き合う二人。
「そういえば、あの二人も、宝珠をたくさん持っていたね。」
思い出す様に、ユズリハが囁く。
「二人が生み出していたなんて噂もあったよね。」
呼応する様に、プラムが声を弾ませた。
「そういえば、僕も聞いたことがあるよ。まるで、レーヌさんの話した伝説みたいだね。」
穏やかな旋律に包まれた村を歩きながら、微笑みが重なり合った。
「え…、もしかして、ステラちゃんとルナちゃんが、聖女……?」
プラムが立ち止まる。
「まさか。確かに、二人とも聖女の様に優しかったけど、そんなはずないよ。」
「そうよね。そんな身近な人が聖女だったなんて事になったら、世界がひっくり返ってしまうわ。」
「うん。二人は、僕たちの大切な友人であって、聖女ではないよ。」
ユズリハは、小さな疑念を振り払う様に笑う。
「そうよ、二人は、早く会いたくて、すぐにでも出発したいくらい大切な、ただの友人よ。だから、あそこに転がってる剣が、ステラちゃんの剣に見えるのは、きっと気のせいよね。」
必死に振り払おうとする疑念が、少しずつ確信へと変わっていく。
「似ているだけじゃないかな。でも、確認だけはしておこう…。」
それでも、認めたくはなかった。
「どう見ても、ユズリハのお父さんが打った剣よね…。」
「うん…、確かにこれは、二人に贈られた剣だ…。」
あの壮大を超越する大樹の中の何処かに眠る聖女が、ステラとルナ。
そんな事を認めたら、もう二度と会えない事になる。
それは、聖女であるが故ではない。
聖女であったとしても、友人に変わりはない。
それでも、あの大樹の中に居るのならば、もう、見ることさえ叶わない。
魔法とも違う、強固な力によって守られている大樹は、穴を開けることさえできない。
例え開けることができて、中に入れたとしても、きっと探し出すことはできない。
それ程までに、あの大樹の壮大たる色彩は、尋常を彼方へと消し去っている。
「でも、これが、二人が聖女だという証にはならないよ。」
故に、二人は答えを紡いでいく。
「だって………、だって、ステラちゃんは人族で、ルナちゃんは魔族だけど、魔法は使えなかった。」
思い出した様に、ユズリハは答えを見つけ出す。
「聖女は、宝珠を生み出すって、レーヌさんが言っていた。でも、生み出す魔力がないんだ。」
自らの声に、強く頷くユズリハ。
「だから、違う。あの大樹に閉じ込められているのが、ステラちゃんとルナちゃんである訳がない。」
そうであってほしい。
そう信じたい。
その願いが、ユズリハの瞳の中に燃え上がる。
「わかってるよ。きっと、二人は此処で暮らしてたのよ。大樹なんかと、関係なく…。あの刻まれた名前は、きっと魔獣よ。みんなと家族になってたのだと思うわ。」
プラムが導き出した絵図。
「それだよ、プラム。きっと、それが真実だよ。それで、リュパンが来たから、みんなで逃げたんだ。それなら、剣を落としちゃったのも納得できるよ。」
「そうよね。二人は宝珠をいっぱい持っていたから、きっとリュパンを引き寄せちゃったのよ。」
二人は手を取り合い、頷き合う。
「探しに行こう。」
重なる音色と共に、パシフロールへと振り向く二人。
「うん…。どちらにしても、巻き込まれた魔獣達の力になりたいから、そうしよう。」
彼らの紡ぐ旋律に織り重ねようと、パシフロールのため息が、穏やかに揺らいだ。
再び紡がれる足跡が、村を背に詩う。
振り向く瞳に刻むのは、空を穿つ大樹。
二人は、その荘厳な色彩を、いつまでも見つめ続けた。
「ステラちゃん、ルナちゃん、どうか無事でいてね…。」
振り払い切れない確信を、心の奥へと閉じ込め、祈りを捧げた。
必ず、また会える。
そう信じながら、深く強く心を込めた。
それは、夢から覚める刹那の様に、大樹へと溶けていく。
響き渡るのは、閉じた世界。
大樹の織り成す聖域。
朽ちた廃教会の扉の向こう。
そよ風を纏い、辿り着いた祈りは、ステラとルナを誘う。
今は聖壇で、安息に微笑みを委ねる様にと。
その音色に振り向いたのは、ルナ。
手をかけたドアノブから伝う冷たさが、扉の向こうの色彩を描く。
リュパン。
それは、宝珠に取り込まれ、宝珠を取り込んだ影。
絵本で聞いた、一つの声が、震える足を突き進ませる。
「私を治して。」
再び聞こえた様に感じた声に、ルナは裾を引く。
ユズリハとプラムの疑念が確信へと変わった様に、ルナの持つ疑念もまた、確信に触れた。
宝珠は、本当に、世界の安寧のために、縋ったのだろうか。
それは、ルナが紡いだ想いではない。
それでも、ルナの中へと産み落とされた。
届けたのは、大樹へと捧げられた祈り。
どうか、生きて。
その想いが、宝珠の言葉を盲信する二つの影を引き止める。
この大樹の奥深くへと届いた微かな旋律が、触れてはならない選択の道標を、確かに刻んだ。




