表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
20/120

第二楽章4節

私が、セロぺギアを、彼の仲間の待つところへ送ることを伝えた時、メルは、珍しく同行を申し出なかった。

理由は、わかっている。

「テラさん、メルさんを、どの様に想っておられますか。」

村から少し離れたところで、セロぺギアが静かに言葉を紡いだ。

「露骨だね…。もっと、こっそり聞くのかと思ったよ…。」

私は、思わず笑顔を零し、静かに、メルへの想いを奏で始めた。



「メルは、私の全てだよ。そうだね、例えるなら…


もし、広大な砂塵の園を、宛ても無く歩き、飢えと渇きに苛まれ、陽光が体を蝕み、少しずつ枯れていくのを感じながらも、それでも歩みを止めることを許されなかったとき、小さなオアシスを見つけたら、君なら、どう思うかな。


もし、火の吹く山の火口に落とされ、灼熱が全てを焼き尽くし、踠きながらも、肢体が炭へと消えていくのを予感したとき、火を途絶えさせる大きな雨が、この身だけを優しく包んでくれたとき、君なら、どう思うかな。


もし、礫の降る渓谷に迷い込み、その岩肌に身を割かれ、削り取られゆく骨肉を見つめながら、その鮮血に明日の陽光を諦めかけたとき、木々が身を包み、清純たるせせらぎが全てを癒したとき、君なら、どう思うかな。


もし、鳥籠に捕らわれ、飢えの中で孤独を噛み締め、少しずつ孤独に堕ちていくことを知りながら、何もできずに、ただひたすらに檻を見つめているときに、その扉が開かれ、壮麗なテーブルとティーウェアが目の前に広がり、芳しい紅茶と、至上の甘美が並べられ、その一口を頬張った瞬間、君なら、どう思うかな。


もし、月の出ぬ宵闇の山奥で…


…そこに咲く一輪の…


…痛みより、屈辱が…


…可憐な…


……君なら、どう思うかな。」

「あの、…あの、すみません。」

セロぺギアの言葉に、私は奏でる旋律を中断する。

「どうしたのかな。」

「もう幾分も前に、我が集落に着いていますが、まだ続くのでしょうか。」

いつのまにか、立ち話になっていた様だ。

「まだ、序奏も終わっていないよ。」

セロぺギアの顔色が、少し悪い様に感じる。

「もう、十分です…。」

やはり、食べ物が足りていないのだろうか。

「そうか、残念だな…。ここから、溢れる想いを紡ごうと思っていたのだけれども…。」



私は、セロぺギアと共に、集落の中へと進んだ。


小さな子供たちが、土を枕に、空を彩っている。

人々が寄り添うように座り、沈黙の唄を紡ぐ。

最後まで共に生きようとした命が、風に香る。


これが、力の届かぬ最果ての彩り。

私は、勇者としての旅路で、何度も見てきた。

神の加護などという、荘厳で壮大で、何より尊い枷を以てしても、この渇きを癒す水滴にもならなかった。


だが、今なら間に合う。

私は、念を押して持参したミルクと焼き菓子を、子供達の口へ運び、寄り添う人々へ巡らせた。

だが、足りるはずもない。

昨日、分けた食べ物では、彼らを癒せない。

あれは、食べる力を持つ者が、口にすることのできるもの。

彼らは、最早、それを咀嚼する力さえ残されていないのだ。


私は、駆けた。

私では、抱えきれない痛み。

かつて、私を蝕み続けた現実。

無力を知り、それでも抗おうとした。

結果、あの旅で、私は枯れたのだ。

だが、今なら間に合う。


「メル、転移魔法を。みんな、ミルク粥をできるだけ多くたいてくれ。」

切れる息など、私の知るところではない。

私は、掠れた叫び声を上げ、メルの手を引いた。

「好きなところへ行く魔法を使えばいいのね。セロぺギアさんのところでいいのかしら。」

その可憐な瞳から、黄色の輝きが揺めき、一つの魔法が、私の願いとカノンした。


何度も行使される魔法。

それは、メルがようやく身につけたもの。

故に、その消耗は、想像を絶する旋律となって、メルにのしかかる。

「少し、休んだ方がいい。魔力が枯渇してきているのだろう。」

青く彩られたメルの顔を見なくても、その息遣いが全てを描いている。

「ふふ、私は、魔王よ。後で、いっぱい褒めてね。」

私が、運びやすい様に施した一人一人を撫でながら、メルは微笑んだ。


ようやく、最後の一人を送り届けたメルは、私と共に帰るために、私の元へ戻ってきた。

だが、そこに表情が彩られることはなく、枯渇した魔力の底で、微睡みに抱かれた。

私は、崩れゆくメルを抱きしめ、腕の中へと包む。

「帰ろう…、私の愛する、大切なお姫様…。」

人の息遣いが消えれば、そこが集落であったことさえ分からぬ地を背に、胸に重なる温もりに抱かれて、腕の中のメルと共に、我が家へと帰った。



駆け寄る家族たちに、私は謝罪した。

メルは、彼らにとって宵闇を照らす月。

そんな彼女が、こうなるまで頼ってしまったのだ。

それだけじゃない。

家族の大切な備蓄を借りた。

彼らが怯えているのを知りながら、答えを待たずに人族を招き入れた。

そして、芳しい香りを彩るミルク粥を、こんなにも作ってもらった。

静かに寝息を立てるメルを見届け、私は小屋を出る。

「申し訳ない。」

小屋に集まる家族を前に、私は頭を下げた。

「いえ、私たちだけでは、ここまで、できませんでした。」

その言葉は、その意味以上の大切な宝物だ。

彼らは、ただ、受け入れてくれるのだ。


私が守らなければと思っていたものに、私は守られているのだ。


「それよりも、人族というのは、みんな、こういうものなのでしょうか。」

連れてきた人族の中には、動ける者も居る。

しかし、彼らに必要なものは、今は療養だ。

それでも、恩を返したいと、農耕の手伝いを申し出ているのだ。

「魔族が魔素を持ち、人族が力を持つ。それしか違わないよ。でも、私たちが、それぞれの私たちであるように、みんな、それぞれの色を持っている。それだけだよ。」

故に、互いを知れば、共存への道も、手繰り寄せる事ができると、私は信じている。



星が流れ、一つの季節が巡る頃、農地は広がり、織り成す色彩が実る。

牧地に奏でる鳴き声は、空に届く音色を奏でる。

増えた小屋からは、営みの息遣いが香り、陽光に照らされた私たちが、今日を歩む。


魔族にしかできぬ事があるように、人族にしかできぬ事がある。

雨が地を彩れば、泥濘んだ足元も、今は石造りとなって支える。

その濁流は、流れにそって、せせらぎへと移ろう。

それが、田畑を潤し、実りを膨らませる。


彼らが、開拓を生業とする集落を形成していた事が、私たちにとって、快適を奏でてくれることとなった。



かつてより、花の丘は、旅人の目的地としても、密かに名を馳せていた。

ただ、ここへ辿り着くまでの荊が、それを拒んでいた。

しかし、この丘を彩る、広大な花の旋律を、最後の晩餐にする事が、多くの旅人の矜持でもあったのだ。


そこに生まれた、一つの村。

私の愛する家族が住まう聖地。

そこに立ち寄る旅人は、世俗を捨てた者。

そこには、人族も魔族もない。


やがて、私たちの家は、花の街と呼ばれるようになった。



あの日、再会したアルストロメリアの花畑。

私は、メルを誘った。

「外で二人きりだなんて、久しぶりね。」

メルの笑顔が、黄色に咲いている。

「私たちの村も、安定してきたからね。ライラックとコスモスフレが、みんなを導いてくれている。」

遠くに見える、私たちの家。

「アリウムも、他の子どもたちを、よく見て、たくさん面倒を見てくれているわね。」

微笑み合う私たちに、穏やかな陽光が彩る。

「メル、ずっと言いたかった事がある…。」

私は、メルに跪いた。

「なぁに。」

差し出した、一輪の薔薇。

「私の愛しい姫よ、この魂にナイトの称号を、お与えください。」

両手に抱くのは、薔薇を包む私の手。

「テラ…。」

頬を伝う雫は、私たちの繋がりを示してくれる。

私の揺るがぬ瞳で、メルの潤う瞳を包む。


「メル、結婚しよう。」


世界を彩る黄色のアルストロメリア。

そこに、真紅の薔薇が、静かに、しかし、何よりも強く咲いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ