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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第二楽章3節

もう会うことはない。

その諦めの音色は、翌朝に覆された。


メルの僅かな魔力を感じ取った、あの青年が村を訪れたのだ。

彼は、身を守る鉄のかけらさえ手にしていない。

ただ、小さな野花を携えて。


その影に、村に不穏が彩られる。

私は、門へ向かい、メルは、家族に寄り添った。

「あれでは、足りなかったか。」

昨日、渡した食料は、私たちが分けることのできる最大のものだ。

しかし、それでも命を繋ぐことができぬというのなら、また狩りに向かえばいい。

村を長く空けるわけにはいかぬが、メルの魔法が距離を忘れさせてくれる。

「いえ…、お礼にまいりました。私たちには、何もないので、せめてと…。」

差し出された野花は、淡い黄色を奏でている。

「怖くないのか。」

その花を両手で包み、問いかける。

「貴方は、粉う事なき騎士、そして、…あの方は、やはり聖女です。」

彼の見据える瞳に映るのは、メル。

「私たちは、この地に追われた民族。いつも牙と飢え、そして遠くに感じる魔力に怯えてきました。」

彼の手が震えている。

「ですが、昨日、彼女の小さな魔力に触れた時、温もりだけが私たちを包んでいたのです…。」

それを強く握りしめ、私に奏でる音色は、この村に静かな旋律を彩る。

「そして、貴方は、人族でありながら、聖女様…あのか弱き魔族に寄り添い、あの場で常に守ろうとしておられた…。」

彼の瞳が、私を彩る。

「おとぎ話に聞く勇者とは、…まさしく貴方のような人であると、私たちは感じました。」

その瞳が、私の家族に向けられる。

「それに、ここに感じる魔力も、どこか、懐かしささえ感じます…。」

私は、その手を取り、微笑んだ。

「みな、私の愛する家族だ。」



私たちの会話を背に、メルは、怯える家族へと声をかける。

「私とテラがいます。何が起きても、必ず守ります。」

メルの穏やかな旋律が、村を包む。

「それでも、怖いですよね…。」

メルを見上げ震える子の頭を、優しく撫でる。

「今の私から漏れる魔力は、みなさんより強いでしょうか。」

「いえ…。」

メルの問いに、小さな囁きが、いくつも咲いた。

「昨日、これよりも微弱な魔力を、彼らの前で出してしまいました。」

その囁きに、音色をのせるように、メルが微笑む。

「このか弱き魔族に、彼らは刃を向けることなく、見送ってくれたのです。」

「お言葉ですが、メル様…。」

オルタンシアに付き従っていた青年、ライラックが声を上げた。

「どうされました。」

「メル様は、可憐ではございますが、か弱くなどはありません。高貴なる魔王でございます。」

思わぬ言葉に、メルは小さな笑い声を奏でた。

「ありがとう、ライラック。その言葉に恥じぬよう、精進しますね。」

小さな静寂を奏で始めた村に、一つの旋律が零れる。

「彼らを、どうするおつもりですか…。」

音色を紡ぎ始めたのは、コスモスフレ。

ライラックにいつも寄り添う彼女に、村に集う私たち家族は、いつも、この二人の次の一歩を待ち侘びていた。

「私は、彼らを、この村に迎え入れたいと思っています。テラもきっと、そうでしょう。」

戸惑いの旋律が、村を包む。

「怖いですよね、疑ってしまいますよね。私たちにとって彼らは、脅威ですから…。」

それでも、メルは、真っ直ぐに見据える。

「そして、彼らにとっても、私たちは、脅威なのです。」

しかし、メルを彩るのは、いつもと変わらぬ微笑み。

「昨日、彼らは朽ち果てそうな鉄で身を守り、綻ぶ刃を握りしめていました。ここは、私たちが何であれ、少し歩けば、牙と爪が潜む地です。」

家族たちの目に映るのは、何も付けず、何も持たずに佇む一人の人族。

「彼は、その中を、身を守るものも、刃すらも持たずに、ここまで来ました。ただ野花だけを携えて。そして、そんな彼を、彼の家族は信じて送り出したのでしょう。」

メルの瞳に映るのは、愛する全て。

「この答えを選ぶのは、テラや私ではありません…。どうか、私の目を、信じてはいただけないでしょうか…。」



人族の青年が、私の家族の方へと歩み寄り、頭を下げる。

「貴重な食べ物を分けていただき、言葉では尽くせない感謝の思いでいっぱいです。何かお礼したいのですが、我々は、何も持っておらず…。」

その旋律に応じるように、メルは音色を奏でる。

「私は、メルです。お名前をお伺いしてもよろしいですか。」

「セロぺギアと申します。」

静かに紡がれる、二つの旋律。

「ありがとうございます。どうぞ、こちらへ…。」

メルが、隅の方へと手を引いた。

「昨日、聞きそびれたことがあります。テラが私を聖女と言っていたということなのですが…。他に私のことを何と言っていましたか。」

小さく奏でる音色。

「すぐに、食べ物をとりに、この村へ向かわれましたので、それ以上は…。」

困惑の音色は、メルに小さな影を落とす。

「そうですか…。残念です。セロぺギアさん、何かお礼をしたいと仰っておられましたね。そこで…、あの…一つ、…お願いがあるのですが…。」

セロぺギアを見上げるように、メルが視線を送る。

「こっそり、テラから、私をどの様に想っているのか…、私はどの様に映っているのか、聞いていただけませんでしょうか…。こっそりと…。」


その囁く音色は、私にも、愛する家族にも、村の全てに響く旋律となっていた。

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