第二楽章3節
もう会うことはない。
その諦めの音色は、翌朝に覆された。
メルの僅かな魔力を感じ取った、あの青年が村を訪れたのだ。
彼は、身を守る鉄のかけらさえ手にしていない。
ただ、小さな野花を携えて。
その影に、村に不穏が彩られる。
私は、門へ向かい、メルは、家族に寄り添った。
「あれでは、足りなかったか。」
昨日、渡した食料は、私たちが分けることのできる最大のものだ。
しかし、それでも命を繋ぐことができぬというのなら、また狩りに向かえばいい。
村を長く空けるわけにはいかぬが、メルの魔法が距離を忘れさせてくれる。
「いえ…、お礼にまいりました。私たちには、何もないので、せめてと…。」
差し出された野花は、淡い黄色を奏でている。
「怖くないのか。」
その花を両手で包み、問いかける。
「貴方は、粉う事なき騎士、そして、…あの方は、やはり聖女です。」
彼の見据える瞳に映るのは、メル。
「私たちは、この地に追われた民族。いつも牙と飢え、そして遠くに感じる魔力に怯えてきました。」
彼の手が震えている。
「ですが、昨日、彼女の小さな魔力に触れた時、温もりだけが私たちを包んでいたのです…。」
それを強く握りしめ、私に奏でる音色は、この村に静かな旋律を彩る。
「そして、貴方は、人族でありながら、聖女様…あのか弱き魔族に寄り添い、あの場で常に守ろうとしておられた…。」
彼の瞳が、私を彩る。
「おとぎ話に聞く勇者とは、…まさしく貴方のような人であると、私たちは感じました。」
その瞳が、私の家族に向けられる。
「それに、ここに感じる魔力も、どこか、懐かしささえ感じます…。」
私は、その手を取り、微笑んだ。
「みな、私の愛する家族だ。」
私たちの会話を背に、メルは、怯える家族へと声をかける。
「私とテラがいます。何が起きても、必ず守ります。」
メルの穏やかな旋律が、村を包む。
「それでも、怖いですよね…。」
メルを見上げ震える子の頭を、優しく撫でる。
「今の私から漏れる魔力は、みなさんより強いでしょうか。」
「いえ…。」
メルの問いに、小さな囁きが、いくつも咲いた。
「昨日、これよりも微弱な魔力を、彼らの前で出してしまいました。」
その囁きに、音色をのせるように、メルが微笑む。
「このか弱き魔族に、彼らは刃を向けることなく、見送ってくれたのです。」
「お言葉ですが、メル様…。」
オルタンシアに付き従っていた青年、ライラックが声を上げた。
「どうされました。」
「メル様は、可憐ではございますが、か弱くなどはありません。高貴なる魔王でございます。」
思わぬ言葉に、メルは小さな笑い声を奏でた。
「ありがとう、ライラック。その言葉に恥じぬよう、精進しますね。」
小さな静寂を奏で始めた村に、一つの旋律が零れる。
「彼らを、どうするおつもりですか…。」
音色を紡ぎ始めたのは、コスモスフレ。
ライラックにいつも寄り添う彼女に、村に集う私たち家族は、いつも、この二人の次の一歩を待ち侘びていた。
「私は、彼らを、この村に迎え入れたいと思っています。テラもきっと、そうでしょう。」
戸惑いの旋律が、村を包む。
「怖いですよね、疑ってしまいますよね。私たちにとって彼らは、脅威ですから…。」
それでも、メルは、真っ直ぐに見据える。
「そして、彼らにとっても、私たちは、脅威なのです。」
しかし、メルを彩るのは、いつもと変わらぬ微笑み。
「昨日、彼らは朽ち果てそうな鉄で身を守り、綻ぶ刃を握りしめていました。ここは、私たちが何であれ、少し歩けば、牙と爪が潜む地です。」
家族たちの目に映るのは、何も付けず、何も持たずに佇む一人の人族。
「彼は、その中を、身を守るものも、刃すらも持たずに、ここまで来ました。ただ野花だけを携えて。そして、そんな彼を、彼の家族は信じて送り出したのでしょう。」
メルの瞳に映るのは、愛する全て。
「この答えを選ぶのは、テラや私ではありません…。どうか、私の目を、信じてはいただけないでしょうか…。」
人族の青年が、私の家族の方へと歩み寄り、頭を下げる。
「貴重な食べ物を分けていただき、言葉では尽くせない感謝の思いでいっぱいです。何かお礼したいのですが、我々は、何も持っておらず…。」
その旋律に応じるように、メルは音色を奏でる。
「私は、メルです。お名前をお伺いしてもよろしいですか。」
「セロぺギアと申します。」
静かに紡がれる、二つの旋律。
「ありがとうございます。どうぞ、こちらへ…。」
メルが、隅の方へと手を引いた。
「昨日、聞きそびれたことがあります。テラが私を聖女と言っていたということなのですが…。他に私のことを何と言っていましたか。」
小さく奏でる音色。
「すぐに、食べ物をとりに、この村へ向かわれましたので、それ以上は…。」
困惑の音色は、メルに小さな影を落とす。
「そうですか…。残念です。セロぺギアさん、何かお礼をしたいと仰っておられましたね。そこで…、あの…一つ、…お願いがあるのですが…。」
セロぺギアを見上げるように、メルが視線を送る。
「こっそり、テラから、私をどの様に想っているのか…、私はどの様に映っているのか、聞いていただけませんでしょうか…。こっそりと…。」
その囁く音色は、私にも、愛する家族にも、村の全てに響く旋律となっていた。




