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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Primo movimento『花の祈り』
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第二楽章2節

「最近、この辺りで人族の気配を感じる。」

私たちの眠る小屋。

それは、村の門の近くに建ててある。

この様な辺境の地にまで、足跡が続くとは考え辛い。

まして、この辺りは、マオが棲まう聖域。

しかし、万が一に、備えておくべきである事に、違いはない。

私たちは、抗う力の持たぬ村の住人。

その家族の誰もが、剣を持たぬのだ。

私と共に積んだ剣の鍛錬も、木剣でのみの付け焼き刃。

故に、盾となれるのは、私とメル。

だからこそ、その侵入の扉の前に、私たちは居を置いた。


できれば、赤い鉄を飲むのは、私だけでありたい。

まして、今、ここに忍び寄るのは、人族の影。

「少し、見てくる。」

土に腰をつけ、子供達と戯れる、メルの可憐な髪を撫で、私は告げた。

「私も行くわ。」

慌てて立ち上がろうとするメルを静止し、私は微笑んだ。

「メルは、万が一、私の居ぬ間に村に危機が訪れた時に、逃避の先導をしてほしい。」

私は、メルの首に下げられた、想いの紡がれし宝剣ジプソフィルを、メルの手のひらに彩る。

その輝きが、メルを優しく抱いた。

「私の祈りと、この宝剣が、メルを必ず守ってくれる。」

今日を平穏に終えられたとしても、明日もそうなるとは限らない。

全てが危惧であれば良いが、それでも、人族の気配が村に纏わり付いていることに変わりはない。



広い荒野といえど、少し歩けば岩が無数に転がり、息を潜める場所は静かな旋律を奏で、私を囲む様に反響する。

だが、そのどれもが拙い。

恐らく、争いに慣れぬ者。

…いや、その油断は、村を危機に陥す。


だが、敵意が、我が愛する者たちに向かぬのなら、私に剣を抜く意味など存在しない。


私は、踵を返し、彼らに背中を与えた。

この距離ならば、我が身くらいであれば、動かれてからでも守れる。

だが、向けられたのは、剣ではなく言葉であった。

「食べ物を、寄越せ。」

私は、柄を離し、慈愛に満ちた高尚たる聖女の至福に抱かれし煌めき溢れた甘美なる木の実と蜜の焼き菓子の入った小袋を握る。

「今は、これしかない。」

その袋を、優しく地に捧げ、彼らの目を見据える。

「それは、何だ…。」

彼らの囁きから漏れる震えに、警戒の怯えが彩られている。

「慈愛に満ちた高尚たる聖女のしふ…クッキーだ…。」

あまり、視線をぶつけ過ぎると、怯えを紡がせるだけだ。

私は、目を伏せた様に見せ、答えを届けた。

「そんなもので…。」

「そんなものではない。木の実が詰まり蜜が練り込まれている。それを麦とミルクで溶かして焼いたのだ。滋養に溢れ、腹持ちもいい。それでいて、この上ない甘美だ。そんなものではない。」

彼らの視線が、互いに交差する。

「…だが、この数の腹を満たせるものではない。」

私は、彼らに歩み寄り、袋を手渡した。

「まずは、それを食べるんだ。無いよりは良い。」

私は、村へ足を踏み出し、視線で振り返る。

「少し、ここで、待っていてほしい。」

私は、村へと戻った。


「メル、急いでいる。食料の備蓄庫から、少し分けてもらう。村のみんなに、謝っていたと伝えてほしい。」

メルと交わす刹那の温もりで心を満たし、備蓄庫へ急ぐ。


持て余せば、やがて欲を孕む。

分け与えれば、やがて未来へ繋がる。

足りなければ、また育てればいい。


「私も、手伝うわ。後で一緒に謝りましょう。」

メルが籠を持ち、土に弾む音色を奏で、優しく微笑む。



陽光が頂を迎え、少しずつ落ちていく。

影が、私たちの足跡に長く伸び始める。


思えば、あの日、聖剣を墓標とした日から、人族に再会するのは初めてだ。

私は、人族から見れば、裏切り者。

謁見の場を貫いた旋律は、今も私に反響している。

それは、もう消えることのない楔となっただろう。


だが、彼らは、私を勇者と認識していなかった。

あるいは、認識していないと思わせているのだろうか。


私は、これまで、剣で語り合う無骨な存在でしかなかった。

故に、私は、それを確かめる術を持たない。


それでもいい。

メルが、龍に焼き菓子を与え続けた様に、私も、対話の形を学べばいいのだ。



小さく固まる人族の影が見える頃、メルが砂を舞わせ、芳しい彩りを届けに駆けた。

「ご馳走を持ってきましたよ。」

メルの黄色い音色が、砂塵に踊る。

「貴女は…まさか…。」

彼らの顔の音色が軋む。

メルは、精巧に魔力を潜ませられる様になった。

マオですら、姿が見えなければ気付かなかったほどに。

故に、安心してしまっていた。

私は、クレマティスの柄に触れ、影の揺らぎに精神を繋げる。

「この焼き菓子を作った方ですか…。」

籠から出した食べ物を、広げた布に彩るメルは、その問いに、呆けた音色を奏でる。

「いえ、あの方が、聖女が作ったと零しておられたので…。」

その言葉に、メルから瞬く煌めきが放たれる。

「テラが、そう言ったのですか。他に何を言っていましたか。私のことを、どのように思っておられるか、おっしゃっていましたか。全て教えていただきたいです。」

メルが、彼らの耳を撫でる様に、小さく囁く。

メルの魔力制御は、類を見ないほどに精巧だ。

あのレーヌでさえ、ここまで潜ませることはできない。

これまで、ほんの僅かでも漏れたことが無かった。

故に、安心していた。

「魔力…。」

それは、小さな欠片。

だが、二つの力が鬩ぎ合う、この地に生きる者にとって、それは、命を脅かす。

彼らの顔に、影が彩られる。

その震えを、メルは、包んだ。

「怖がらせて、ごめんなさい…。私は、去りますね。どうか、これでお腹を満たしてください。」

メルは、静かに立ち上がった。


私に、彼らを咎める資格はない。

私も、かつては、魔王を討つための旅路を歩んだ。

何より、彼らもまた、生きようと足掻いているのだ。

その崇高な意思を咎めることなど、できるはずがない。


むしろ、感謝すべきだろう…。

魔族であると知りながら、彼らは、私たちに刃を向けなかった。


私は、残りの食料を置き、言葉を投げる。

「ここに居ぬ者も、飢えているのだろう。持ち帰るといい。」

もう会うことはないだろう。


だがいつか、共に育てられる家族になれればと、願ってしまうのだ。

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