第二楽章1節
第二楽章1節
花の丘は、少しずつ人の住まう場所へと彩りを変えていく。
連なる小さな小屋が、寄り添うように吐息を奏でる。
朝露が微睡みに囁きかけるころ、人々の営みが、陽光に照らされ始める。
その集落の横に広がる田畑は、一つの夢を育んでいた。
「いつか、枯れない食物を咲かせたい。」
私の想いに、メルは煌めく宝石のように飛び跳ねている。
オルタンシアが、私の元へ歩み、農具の生成を申し出てくれた事で、それは一歩ずつ前へ進む。
彼の居た集落の者たちは、かつて鍛治を営んでいた。
その培われた力は、私たちに命を吹き込んでくれる。
数々の精巧な農具、そして集う家族の力添えによって、三度目の陽光を見る頃には、ほぼ全てが耕されていた。
土に塗れた私に、泥に塗れたメルが飛びつく。
「さっそく、種を植えましょう。」
花を咲かせる魔法は、芽吹きを彩る。
それは、魔力の造花ではなく、命の輪廻を与えた。
「魔法でできるのは、ここまでです。本当の命は、この手の温もりに委ねられていますから。」
額の雫が煌めく家族たちを鼓舞するように、メルは微笑む。
私たちの新しい旅路は、こうして足跡を紡いでいった。
メルの魔法は、大地を炭に還す魔法より、海の波を奪う魔法より、空に帳を埋める魔法より、強大な旋律を齎す。
小さく灯る宵闇の安寧に、家族たちが集まり、人形劇の魔法が、この日の疲れを癒す。
香ばしい香りが、私たちの体内に住まう渇望の音色を誘い、目の前の幸福に手を伸ばす。
それは、好きなところへ行く魔法が叶えてくれた狩りによる、命の賜り。
田畑が実るまでの果実は、花を咲かせる魔法が与えてくれた甘美。
再び彩る陽光の元、私たちは命を育む。
日々を彩る晩餐が、それを叶えるための祈りの糧となる。
やがて、そこには、新たな柵が建てられた。
そこに集うのは、朝を知らせる鶏、小さな足音を奏でる羊、穏やかな歌声を囁く牛。
彼らを育て、共に歩み、恵みを賜る。
隅に広がる小さな森は、巡る季節に彩りを変えて、木の実を分けてくれる。
私たちを見守るように、広大な丘には、アルストロメリアが揺らめく。
私の帰る場所は、家族の集う家となり、集落となり、村となった。
風が吹けば飛んでしまいそうな、その小さな彩りは、崩れても尚、野に咲く花のように陽光に手を伸ばす。
緩やかな時の流れが、そこに確かな根を張り巡らせた。
だが、幸せなことばかりではない。
歩んできた過酷な旅路は、確かに傷跡も遺している。
オルタンシアが、病に臥せた。
日々、掠れゆく吐息に、メルは付き添い続けた。
陽光が眠り、宵が目覚め始める頃、私は土を払い、古屋へと入る。
「オルタンシアは…。」
小さな音色を、メルに届ける。
「少し前に、眠ったわ。ごめんなさい、治癒魔法では病気は治せないの…。」
メルの頬を、雫が伝う。
メルの指先を包む小さな傷跡は、既に数えきれないものとなっている。
「メルも、少し休むといい。」
私は、食事になろうとしていた残骸を見つめ、メルの柔らかな髪を撫でる。
「ありがとう。でも、もう少しだけ、ここに居たいの。」
その開かれた瞳には、もうその雫を留める場所など残されていない。
「朝露が芽生える頃には、戻るから…。」
私たちの眠る小屋。
この日、私たちが、そこに帰る事はなかった。
月が雲に隠れ始めた頃、オルタンシアが薄く瞳を覗かせる。
「テラ様、私どもを護り、導いていただき、ありがとうございました…。どうか、その聖剣とクレマティスで、家族をお守りください…。」
私の手に触れる温もりを握り、私は強く頷く。
「メル様、私どもを慈しみ、寄り添いいただき、ありがとうございました…。どうか、その棚にある箱を開けてください…。」
メルは、箱に手を伸ばし、オルタンシアに捧げるように開ける。
「最後まで、貸すことなく終わってしまいましたね…。」
小さく震える手で、短剣を取り出す。
「ジプソフィル…、我が子の魂を、今度こそ、お受け取りください…。」
それを両手に掲げ、メルの手元に捧げる。
「オルタンシアの想い、そして、貴方の子の魂を、確かに賜りました。」
メルは、ジプソフィルを両手で包み、目を伏せる。
「この神聖なる刃にかけて、此処に集う我が子の為に、私の命を捧げましょう…。」
メルの胸に抱かれるジプソフィルは、淡い煌めきと共に、その腕へと旋律を流していく。
オルタンシアの吐息が、朧げな寝息へと移ろう。
やがてそれは、小さな静寂を奏で始めた。
私たちの雫が空へと届くよう、二人で小屋を出る。
見上げた先に煌めくのは、初めて見る星座の彩りだった。




