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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第一部『花の国』
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序奏中節

力による言葉は、火種を生む。

故に、私たちの想いは、届かない。

向けられた刃を身に刻んで初めて、夢は報われるのだ。



穏やかな日々が、私を微睡みへと誘う。

勇者の加護とは、魂の不滅。

何もしなければ、この楽園を謳歌することもできる。

それこそが、私の望む終末地ではないのか。


「テラ…。」

かつて、王宮の間に響いた言葉は、咲き誇る可憐な彩りの中で、私を呼ぶ音色となった。


ゆっくりと振り向く先には、漆黒を身に纏った純潔の天使が微笑んでいる。

寝転ぶ私に、音を立てず歩み寄り、その繊細な温もりで頬を撫でた。

その柔らかさだけで、私の全てが満たされる。


「メル…。」

名を囁き合うだけで、幾星霜の中で言葉を交わしたかのように、想いが溢れ出る。


絡み合う指が、私たちの望む世界を収束させ、いつか芽吹く事を予感させた。



だが、この姿を見た者たちは、何を抱くのであろうか。

それを探らずとも、忍び寄る影は、私たちを蝕み始めていた。


帰らなければ。

私が生きている事を明かせさえすれば、平穏へと戻る。

そう信じて、私は再び旅路に足を踏み入れた。



遥か遠い、旅立ちの街。

王都には、凱旋を待ち侘びる声が響く。

それは、月日と共に静寂を纏い始め、囁き声へと移ろいだ。

帰らぬ英雄の影に、少しずつ疑念が落ち始める。

それは真実として蔓延し、絶望へと呑み込み始めた。

やがて、民は、新たな刃を研ぎ、報復という名の正義が、御旗を靡かせる。


挙兵の前日、それを打ち破る様に門が開かれた。

月に照らされた星々が眩い旋律を奏でる瞬間を、空は静かに包む。


魔王城で安らぎを得て、力が漲っていたはずの体は、長い旅路で朧げに揺れていた。

それでも、私の中には、光が満ちている。


私には、成すべき事があるのだ。

それが、何をもたらすのか。

知る術は、私には無い。

それでも、これは私の選んだ道だ。


休息のひと時さえ得ず、王宮に召された。

だがそれは、私の望みでもある。


謁見の場に、私の想いが静かに響き始めた。

この国の民が、人族なる者が、渇望した結末への物語。

だが、これは、御伽話ではない。

私が紡いできた旅路だ。



多くの仲間と共に、壮麗な門を抜け、陽光を浴びる。

あの煌めきは、足跡と共に翳りを纏い始めた。

癒えぬ傷が幾重に乱れ、やがて道標は墓標となった。

ひとつひとつ消えてゆく足跡を振り返る事すら、もう残されてなどいない。

ついに私は孤独を知り、聖剣だけが勇者である事を証かす。


枯渇した器。

勇者の加護だけが、私を動かす。

報いなどない操り人形は、朽ち果てる事すら許されないのだ。


でも、それでも、この世界に光を齎すため。

私は扉を開いたのだ。

そこが、私の旅路の終焉であると知りながら。


しかし、私は、ここに居る。


あの日、交わされたのは、剣でなく言葉。

朽ち果てる刹那、魔王が与えたのは、慈愛。



我が王よ。

私には、魔王は討てない。

彼女は、私たちの及ぶ存在ではないのだ。

故に、手を取り合う未来を選ぶ事も、救いの道ではないのか。


どうか、慈悲を。

この世界が光で満たされる為に、その御心で。



陽光が差し込む整然たる広間に、音が消えた。

裏切り者。

静かに紡がれる言葉に、全てが定まった。

私の言葉が、彼らの求める答えではない事など、初めからわかっていた。

それでも、私は、手を離す事などできはしない。



魔王は、まだ生きている。

その事実だけが、脆くとも均衡を保っていた歯車を動かす。

挙兵の準備は、既に整えられている。

彼らは、ひたすらに、矛先を向ける意味を探していたのだ。


連なる咆哮が、寝息を奏で始めた王都に響く。


早く戻らなければ。

その焦燥だけが、私を保つ。

捨てられた布を纏い、月影を駆けた。

壮麗な門を避け、星々の隙間を縫う様に、荒野に這い出る。

宵闇の中、ようやく私は、この世界が糜爛している事に気づいた。


抗えば、容易く断ち切る事ができるだろう。

しかし、それは、メルの望むものではない。

私達が歩むべき先は、手を取り合う世界。



かつての仲間達が眠る旅路。

最後の墓標は、未だ、この手にある。

故に、私は、聖剣を突き立てた。


さらば、傀儡の英雄よ。



道無き道を彷徨い、朦朧とする意識の中で、国境の果てに立つ。

ここは、私の知る場所ではない。

心身の疲弊故に、道を誤ったのか、或いは、黄泉に足を踏み入れたのか。


そこは、広大な丘。

その全てを埋め尽くす様に咲き乱れた、アルストロメリア。

月の純白を黄色に染め、その輝きは星々を覆う。

風に重なり合う花弁の奏でる音色は、ただ穏やかに世界を彩る。

これこそが、あるべき姿なのだと、荘厳たる旋律となって空に響き渡る。


どこか懐かしささえ感じる彩りに、私は崩れ落ちた。


私を撫でる様に囁く香り。

震える手で、その一本を撫でた。

指を伝う瑞々しさは、心の渇きを癒す。


私は何も持たない。

故に、愛する人に贈るものさえ無い。

だから、せめて、この彩りを貴女へ。


優しく手折った一輪を胸に抱き、私は立ち上がった。

しかし、心が満たされようとも、それを支える器は、既に朽ち始めている。


混濁の意識の奥で、身を溶かすほどの気配を感じる。

故に、遠くに感じていた穏やかな魔力を見失い、私は歩むべき方向さえ途絶えた。

やがて、歩む足は動く事を拒み、旅路の終焉を悟る。


「メル、もう一度、君に…。」

小さな願い。

だが、私の大切な願い。

それを紡ぐ吐息さえ、もう残されていない。


「おかえりなさい。」

夢か、幻覚か。

それは、そのどちらでもない。

ただただ愛おしい貴女が、私を優しく抱きしめてくれる。

朽ちかけた灯火を、再び灯す様に。



花弁は未だ風に揺れて唄い、待ち望んだ再会を彩る。

私は、あの日の様に跪き、花を捧げた。

ただ一輪の、アルストロメリアを。


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