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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
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第八楽章序節

虹が踊る。

風が笑い、草木が詩う。

揺れる花は、夢を奏でる。

広がるのは、大樹へと閉じた世界。


触れるのは、空白の青。

星が降り、月が見守る。


そこに佇む、小さな木の扉。

蔦に彩られた色彩は、ドアノブを見つめる。


この先に紡がれるのは、現への架け橋。


「行こう。」

私は、小さく囁く。

それは、この世界の静寂を遺したかったから。

頷くのは、もふとゆら。

それを覗き込むのは、ルナ。

「何が待っているのかな?」

彼女の弾む音色が、全てへと反響した。

「きっと、元の世界が広がっているよ。」

私は、愛するルナへと微笑んだ。

「じゃあ、帰るの?」

「うん、そうだよ。みんなで一緒に、帰るの。」

開かれる扉。

穏やかな香りが、鼻を擽る。

霧が雲を成し、幾つもの形を彩っていく。

それは、これまでに触れてきた数えきれない記憶。

私たちは、一歩を踏み出した。


引かれる裾。

もふとゆらの横顔が、私の瞳を過ぎていく。

振り返る私を見つめたのは、ルナ。

「ステラちゃん…、ごめんね。」

俯き、小さく奏でる。

そのルナの旋律は、悲哀を紡ぐ様に私を抱いた。

「私は、ここに残るの。」

「どうして…。」

「出られないの…。」

ルナの背に広がる色彩。

ここに辿り着くまでに見てきた彩り。

その奥から伸びる一つの枝。

それは、ルナを掴んでいた。

「ここは、大樹。私たちを包み込む世界。」

ルナの音色。

「ずっとそう思っていたの。…でも、違うみたいなの。」

ゆっくりと顔を上げるルナの瞳には、呆然と見つめる私が彩られている。

「私と大樹は、繋がっているみたいなの。」

だから、出られない。

それなら、答えは、一つ。

「私も、残るよ。」

私は、幸福のままに微笑んだ。

「ルナちゃんと一緒じゃないと、私の生きる意味がなくなっちゃう。」

背に感じる、もふとゆらの視線。

「なら、私たちも…。」

もふが叫ぶ。

「だめよ。貴女たちには、たくさんの幸せに触れてほしいの。みんなと一緒に生きて、みんなで支え合って、たくさんの嬉しいに包まれてほしいの。」

零れ落ちる雫。

もう、宝珠にはならないみたい。

だから、笑っているよって、偽りを繕った。

「ここから、みんなを見ているから、ルナちゃんと一緒だから、寂しくないよ。」

ルナの雫が、私の腕に触れる。

彼女もまた、宝珠を生み出すことはない。

それは、ここが幻かしの世界だからなのか。

それとも、宝珠を産む力を失ってしまったのか。

それは、私たちにはわからない。

でも、そんな事は、とても小さな事。

柔らかなルナの温もりが、私の手のひらへと伝い、溶けていく。

「私たちは、ずっと一緒なの。約束したの。ごめんね…。」

ルナの囁きが、もふとゆらの背中を押す。

「本当は、ステラちゃんにも、外の世界に戻ってほしいけど…。でも、やっぱり、一緒に居たいの。ずっとずっと、一緒に居たいの。」

見つめ合う瞳。

「ずっと、一緒だよ。二人だけの世界でも、ルナちゃんと一緒なら、幸せだよ。」

指を絡め合い、頷き合う。

「だから、もふちゃんもゆらくんも、何も気にしなくてもいいのよ。」

微笑みが、風に揺れる。

「いってらっしゃい。大樹を通して、いつでも会えるから…。」

私たちは、重なる音色をもふとゆらへと贈った。


彼らは、ここに居てはいけない。

それに、私たちは気づいていた。

この大樹を通して、リュパンの色彩を感じていた。


多くの灯火が、大樹の周りに集っている。

彼らが見ているのは、リュパン。

抗いと抗いがぶつかり合い、幾つもの音色が零れ落ちていく。

その中には、リュパンの呑み込んだ魔獣達もいた。

その殆どは、もう灯火を失っている。


がおちゃん、ぴよちゃん、ユニちゃん、コンちゃん、たくさんのぴょんぴょこ隊とがじがじ隊。

それから、もふちゃんと、ゆらくん。

触れ合ったことのない子たちさえ、そこに吐き出されていった。


だから、もふちゃんとゆらくんが、器を取り戻せるのは、今しかない。


本当はね、嘘なの。

寂しいよ。

みんなが、大樹に来てくれても、私たちは、きっと触れ合えない。

この閉じた世界だけが、私たちの真実になってしまうから。


それでも、ルナちゃんと離れることだけは、絶対に嫌なの。



手を取り合い、私たちは、ゆっくりと歩き始める。

数え切れない色彩に溢れた、何もない世界。

その私たちだけの楽園を抱きしめる様に。

ここを守り続けると、誓うように。



だから、入り込んできた不協和音に、私たちは直ぐに気づいた。

それは、大樹が捕え続けている歪な影。

故に、この世界へと繋がった、私たちの悪夢。


きっと、これが、私たちの最後の試練。

大樹の外で紡がれた、灯火を賭した戦い。

彼らが繋いできたものは、私たちから始まった物語。

だから、きっと、閉じるのも、私たちがやらなければならない。


「行こう、ルナちゃん。」

怖い。

だって、私たちは、彼に全部を奪われたもの。

大切なルナちゃんを、戻らないほどに傷つけられたもの。

それに、私だって、………思い出したくもない事がたくさんあるもの。


だから、逃げてきたのだもの。



だから、今、立ち向かうの。

きっと、これが最後だから。

そう信じているから。


愛するルナちゃんと共に紡ぐ夢。

その幕を開ける、最後の一欠片。

それを、掴み取りに行くの。



澄み渡る青が、私たちの足跡に触れる。

その先に蠢くのは、軋む黒。

それは、少しずつ空を覆い始めている。


触れたくない。

近づきたくない。

見たくない。

感じたくない。


だって、あれは、リュパンそのものなのだから。


でも、あれが自由を纏っている限り、これからも、たくさんの人が奪われる。


だから、彼を、ここに繋ぎ止める。

私たちの聖域への扉。

そして、現への扉。

その二つの扉に挟まれた、旋律の最果て。

彼が潜むのは、現への扉の前。

元の世界へ戻ろうと、踠いている。


開かれる前に、鍵を閉めなくては。


それが、できるのは、ルナちゃんだけ。

だから私は、ルナちゃんの目となって、手となって、足となって、それを叶える。


怖くても、辛くても、苦しくても。

私の一歩は、揺らいだりはしない。



足跡が紡がれるたびに、芽吹く花。

咲き乱れた純白が、柔らかく揺れる。

でも、それを、私は見ることはない。

だって私は、振り向かないから。


今はただ、見なければならないものだけを、見つめるから。


「リュパン…。」

震える音色。

振り向く影。

悍ましい香り。

歪な色彩。


不協和音。


それは、ゆっくりと、音を組み立てていく。

まるで、その短音の連なりに、意味を持たせる様に。


「……私から逃げたお前たちが、私を捕まえようというのか…。」


凍りつく旋律が、私とルナへと突き刺さる。

「貴方を、ここに閉じ込める。」

それを穿つ様に、私は声を上げた。


「私の愛を踏み躙った人形如きが…。」


リュパンから、愛などという言葉を聞くとは思わなかった。

「私たちの全てを踏み躙った貴方に、愛なんてない。」

私は、リュパンを睨み付ける。

「私、貴方が嫌い。」

ルナも、震える手を握り締めながら、声を上げた。


ゆっくりと、私たちへと歩き出すリュパン。

込み上げる吐瀉物を飲み込む様に、私たちは息を止める。


怖い。


それだけが、全てを支配する。

でも、今は、今だけは、逃げたりはしない。


握り締めるのは、砂。

そこに有り、そこに無かったもの。

それを、私はリュパンの眼へと投げつける。


リュパンは、何もしない。

抗おうとも、避けようとも、傷つけようとさえしない。

ただ何かを囁きながら、こちらへと歩き続けている。


何を言っているのだろう。

全く聞こえない。

その音色だけが耳を撫で、意味を掴み取る事ができない。


震える体。

逃げ出したいという想いが、重くのし掛かる。

「嫌いよ。大嫌い。」

私には、彼に抗う術なんてない。

だから、言葉という刃だけを、彼に向ける。


それでも、私の元へと近づいてくるリュパン。

少しずつ、声が聞こえ始める。


「来ないで。貴方が嫌いなの。」

届かない。

届いているとは、思えない。

何も反応しようとしない。

ただ、私を見つめている。


それは、リュパンが私に触れようとする刹那だった。


「私の、……愛おしい…。」


その続きを遮る様に、私は手から溢れる程の葉を、リュパンの顔へと押し付けた。

それは、厚い布となって、リュパンの顔を覆う。

何も無い世界の虚無が織り成す、幾つもの色彩が、私の手に触れ、消えていく。

その中で、この布だけは、彼から発する全てを奪おうと纏わりついていた。


深く鈍い、木の音が小さく反響する。

「鍵を閉めたよ。」

リュパンの目を盗み、扉へと駆けたルナが、成すべき事を果たした。



もう、逃げても良い。

私は、ルナの手を取り、聖域への扉へと駆ける。


彼は未だ踠いている。

纏わりつく布を剥がそうと、暴れている。

私たちは、その歪な彩りを小さく見つめ、前を向いた。

もう、あれへと振り返ることはない。


あれを見る必要もない。

あれに怯えることもない。


ただ静かに、私たちの聖域で、悠久に抱かれる。



それで、いいの。


違うよ。

それが、いいの。


二人で握り締めるドアノブ。

それを開き、足を踏み入れる。


ゆっくりと閉まる扉。

鍵のかかる音が、背に触れた。

この扉は、もう二度と開かない。


聖域の旋律に触れた刹那、意識が夢へと堕ちていく。

その揺らぎの狭間で、私は、その予感を確かに抱きしめていた。

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