第七楽章12節
「ねえ見て、テラ。大きい木があるよ。」
メルの瞳が輝く。
「そうだね。…あんな大樹は、以前に通った時は無かった。」
空を穿つ大樹。
その色彩を見つめながら、テラは頷く。
あれ程のものが、僅かな期間で育つはずがない。
まやかしか、魔法による造形か…。
「それに、私でもわかるほどの強大な力を感じる。」
宝珠と何か関係があるのだろうか。
テラの心に、波紋が描かれた。
「私、あの木を知っているかもしれないの…。」
ぼんやりと見つめていたメルが、小さく囁いた。
「え…、メル、何か知っているの?」
「あの木というか…、その種を知っているわ。」
小さな袋から取り出したのは、二つの種。
「本当は、三つ持っていたのよ。でも、白妙で出会った女の子に、1つあげたの。」
メルの微笑みが、テラの瞳を彩る。
「それが、あの大樹になったというのか…。そんなに早く育つ種なの?」
「不可能ではないわ。…でも、大きな力が無いと、あんな大樹にはならないの。」
大樹の傍で蠢く影、リュパン。
彼の力によって、大樹へと育ったのだろうか。
何れにしても、メルのであった少女が危険に晒されていることは間違いない様だ。
「間に合えば良いけど…。」
テラが吐息へと想いを紡ぐ。
「彼女は、大樹と繋がっているわ。今は、眠っているみたい。」
「そうか。なら、起こさない様にしてあげないとね。」
砂塵が舞う。
それは、幾つもの蹄が奏でた色彩。
駆け抜けるのは、花の国の誇る騎士団、剣と盾。
討つべきものは、一つの宝珠。
聞いていた話では、強大な怪物が、それを取り込んでいるはずだった。
だが、遠くに見えるのは、剥き出しの宝珠。
何も隠そうとせず、その力を紡ぎ続けている。
宝珠から繰り出される魔法。
その旋律を見つめ、ヴィオラがテラの元へと駆けた。
「テラ、宝珠というのは、それだけで力を行使できるものなのか?」
そんな話は聞いたことがない。
少なくとも、レーヌから授かった宝珠は、力を込めるか、引き金に触れなければ何も起こらなかった。
「いや…、それは考えられない。」
ならば、誰が操っているのか。
それを行う者の姿が見えない。
「遠隔操作…。」
ヴィオラが囁く。
「ヴィオラさん、きっと違うの。遠くではなくて、宝珠の中に奏でている人がいるの。」
歪に響き渡る旋律。
その不協和音は、確かに、宝珠の中から奏でられている。
「きっと、そのリュパンという人は、宝珠の中に閉じ込められちゃったのよ。レーヌに聞かないと、ちゃんとわからないけれども…。」
小さく振り返るメル。
その先には、砕け散った宝珠が封じられようとしている。
「そのレーヌ様を放っておいて、ここまで来てしまったわけですが…。」
封じているのは、レーヌ。
リュパンと対峙する者を助けにいかなくてはならない。
その想いに駆られて、宝珠の処理をレーヌに押し付けてきた。
「だ、だって、私たちには封じることができなくて…。それに、力になれそうなこともなかったから…。」
メルが慌てふためくように紡ぐ。
「うん…。でも、私たちは後で怒られるだろうね。今回は、何日、眠れなくなるのだろうか…。」
それを見つめるテラが、力無く囁いた。
「勇者と魔王も、レーヌ様の前では、幼子の様ですね…。」
その色彩に、ヴィオラは小さく微笑んだ。
穏やかな音色。
それは、間も無く訪れる疾風怒濤を前に紡がれた、刹那の安らぎ。
その音色が奏でられるより少し前。
傷ついた精鋭が森へとかける頃。
遠く離れた小さな影が、それを見つめていた。
「先に、森へ入ろう。」
馬に跨り、振り返るリュテ。
「何だ、また迷えというのか…。敵は目の前に迫っているぞ。」
プロテアは、ため息と共に呟く。
既に、散々迷ってきた。
漸く、ここに辿り着けたのは、あの大樹が見えたから。
それが無ければ、永遠に辿り着くことができなかっただろう。
それでも、リュテは、森に入ることを望んだ。
「たくさんの負傷兵が見えたんだ。僕が作った傷薬が役に立つかもしれない。」
「お前は、本当に器用だな…。弓や矢だけでなく、薬まで作るとは…。何処でも生きていけそうだな。」
我が子を誇らしく語る様に、プロテアが微笑む。
「僕は、たくさんの人からしてもらった事を、還したいだけだよ。」
照れた頬を隠す様に、森を見つめ、リュテは力強く奏でた。
揺れる木々に、幾つもの呻き声がそよぐ。
それは、傷ついた者たちの叫び。
並の者ならば、空を穿つ旋律に溺れるほどの傷。
それでも、彼らは誰一人として戦場へと戻る事を諦めてはいなかった。
「全員の器具を作ることはできません。なので、優先順位を付けます。傷の軽い人、作戦の要となる人から作っていきます。」
ユズリハは、戦場を知らない。
それでも、父の元へと訪れる歴戦の猛者たちを見てきた。
彼らと、何度も話してきた。
その中で学んできたことは、少なからずある。
その全てが、今ここに色彩へと紡がれていく。
彼の望むものは、生を与えることではない。
生きる意味を取り戻させること。
その糧を紡ぐこと。
彼らは、決して諦めていない。
痛みに耐え、それでも立ちあがろうとしている。
できるならば、全てを叶えたい。
それができないのなら、せめて、自らの全てを注ぎ込む。
少しでも強く、少しでも痛みが和らぐように。
だが、既に纏わり付いている痛みまでは、取り除くことはできない。
作戦の要となる者の多くが、器具をつけようとするだけで、痛みに顔を歪ませる。
「やっぱり、軽傷者だけしか、難しいのかも…。」
自らの限界。
ユズリハの補助具を紡ぐ技術は、白妙だけでなく、漆黒を含めても、最高峰に至る。
それでも、成せぬことはある。
「騎士ならば、痛みなど耐えて当然。」
燃え滾る声が、森に響く。
奏でたのは、負傷兵達ではない。
「だが、痛みを止めることができるのなら、それに頼ることこそが、騎士の勤め。」
その高笑いと共に現れた二つの影。
「大きな声を出さないで、プロテア…。」
「すまん、リュテ。喝を入れようと思ってな…。」
リュテの呆れた音色に、声色を縮ませるプロテア。
「みなさん、驚かせてしまい、ごめんなさい…。痛みを和らげる薬なら、持っています。多くはありませんが…、時間さえあれば、この森にある薬草で作ることもできます。」
リュテの声が、森へと透き通っていく。
その音色は、負傷兵たちにとって、天使の歌声に聞こえた。
「貴方は…、リュテさん…。」
ユズリハが、震えながら声を上げる。
「僕を知っているの?」
見つめ合う瞳。
リュテもまた、ユズリハに見覚えがあった。
「貴方は、憧れでしたから…。いつも路地裏で、手作りの弓を手に駆け回っていて…。みんなが後を追っていた。とても楽しそうで。」
リュパンに奪われた者達の生きた場所。
白妙の路地裏。
そこでの淡い色彩。
忘れられない温もりの残響。
「いつか貴方に会えたなら、僕の作った弓と矢を贈りたいと思っていたのです。」
それが今、二つの運命へと溶け、共鳴を育む。
湯気が揺れる。
香るのは苦味と芳醇。
何とも言えない刺激が、鼻を擽る。
「他に、手伝えることはある?」
プラムが、リュテへと顔を覗かせた。
「ありがとう。もう少しだけ、この薬草を集めてきてほしいんだ。」
リュテが顔を上げ、微笑む。
「よし。何人かは、十分に動ける様に他なった様だな。俺は、そろそろ行く。」
プロテアが剣を携え、森の外へと繋がる道を見つめる。
「では、我々も。」
それにカノンする様に何人もの精鋭が立ち上がる。
「いや、来るのは、作戦の要となる数名でいい。」
それを制止するのは、プロテア。
「ですが、相手はリュパン。できるだけ多い方が…。」
「聞こえないのか?正義の蹄の連なりが…。もうすぐ、二つの勢力が、この地に集う。」
プロテアの力強い笑みが、森にこだまする。
それに共鳴する様に、遠くに響く旋律。
「二つの、勢力…。」
「そうだ。一つは勇者と魔王が紡いだ国、花の国が誇る騎士団。そして、もう一つは、お前達のよく知る者達だ。」
「まさか、グランディオーソ…。」
「そうだ。必要なのは、彼らに経緯と現状と作戦を伝えること。多勢は不要だ。」
「ですが、我々にも責務があります。」
それでも尚、彼らは戦う事を諦めはしない。
全ては、愛する者を守るために。
「…誇り高き騎士よ。お前達の責務は、戦場にのみあるのではない。」
彼らの想いを知った上で、プロテアは奏でる。
「戦場で名をあげる。それこそが、騎士の誉だろう。だがな、民にとって、それよりも重く尊い責務がある。」
ただ、プロテアは見てきた。
戦いの後の色彩を。
傷ついた者達と共に。
「それは、復興だ。そこでは、怪我したから休みますは通用しないぞ。」
強い意志を紡ぐ様に、プロテアは騎士達を見つめる。
「その為に、今は英気を養え。それが、お前達の担うべき責務だ。」
その音色と共に、プロテアは踵を返す。
向かう先は、宝珠。
戦場の鬼神が、地獄の果てへと、その足を踏み出した。




