第七楽章9節
それを止める術を持たない。
それを奏でる力を持つものさえ、1人を除いて居ない。
故に、ロベリアは漆黒の王となった。
虚無から造り出された剣と、収束する強大な雷電。
それに触れた全ては、赤く染まることなく花弁に舞う。
その色彩を抱く様に、散りゆく灯火。
ここに立つほぼ全ての者を、土へと沈めていく。
描くのは、リュパン。
「何故、こんなことができる…。」
プラタヌは、力無き音色に溺れそうになる。
紡がれた魔法だけではない。
それを奏でるための魔力さえ、一人で補える者は限られている。
そして、その力を宿すには、相応の鍛錬が必要になる。
それを怠れば、器としての身体が崩壊する。
だが、リュパンは、平然と奏で、平然と笑っている。
まして、彼は人族。
魔力など持たないはずの人間。
「そうか…。」
リュパンに魔法は扱えない。
当然の様に、それを使い続ける彼を見て、その事実を見失っていた。
「あれは、魔力ではない。」
使っているのは、魔力ではなく、宝珠に呑み込まれた魔獣の灯火。
その力を宿す器は、宝珠。
リュパンは、意思に過ぎない。
だが、その意思こそが、宝珠の全てを操っている。
「或いは、宝珠が力を得るために、リュパンを操っているのか…。」
何れにしても、討たなければならない。
それは、揺るがない。
「ただ、どうやって…。」
どれだけの魔獣が呑み込まれたのかわからない。
故に、どの様な魔法を扱うことができるのか、わからない。
後どれくらい魔法を放てるのかさえ、何もわからない。
剥き出しとなった宝珠。
先ほどまでなら、その色彩に希望を掴めていた。
それを壊す魔法と魔力を残していても、それを穿つ刃がない。
そして、刃が此処に辿り着くまで、その魔力を残しておくことができそうにない。
「下拵えは、終わった。仕上げに入ろう。」
全てを嘲笑う様に、リュパンは、穏やかな旋律と共に音無き詠唱を完遂する。
「全てを燃やし尽くす魔法。」
それは、禁呪を除き、ロベリアが最も得意とする魔法。
それを浴びたリュパンが呑み尽くした、模倣の旋律。
灼熱の幻影が、白妙と漆黒の精鋭を囲む。
その逃れられない炎の壁は、少しずつ収束していく。
包み込むのは、残された灯火たち。
ゆっくりと迫り来る壁に、誰しもが、自らの旅路の終焉を確信した。
それでも、リュパンを止めなければならない。
国の為。
そこに住まう人々のため。
帰る家のため。
そこで待つ、愛する人のため。
「全てを凍らせる魔法だ。陣を組め。」
プラタヌの怒号が響き渡る。
それは、リュパンを閉じ込めた魔法。
一人では奏でられない強大な魔法。
もう一度放てば、魔力は枯渇する。
白妙の精鋭も、疲弊し切っている。
それでも尚、魔力を持ち、リュパンに抗い続けることができるとすれば、最早、プラタヌ以外には居ない。
勝算は、失われた。
だが、逃げることはできる。
囮さえ居れば。
魔法によって芽吹いた水の塊が、炎の壁を包み込む。
それは、瞬く間に蒸発していく。
だが、それを食い止める様に、氷結魔法が紡がれた。
氷の奥に閉じ込められた、冷たい熱。
それでも揺れる炎は、類を見ない魔力を想わせる。
次が来る。
そう確信したのは、リュパンの歪んだ微笑みが見えたから。
「退避だ。森へ………。」
プラタヌの声を掻き消す様に、砂塵が舞い上がる。
聞こえてくる幾つもの悲鳴。
少しずつ赤く染まりゆく大地。
微かに聞こえる歪な音。
「何だ、何が起きている…。」
舞い上がる砂の幕の先を見ようと、プラタヌは目を細めた。
その刹那、何かがプラタヌの腕に触れた。
それに気づいた時、痛みの熱が全身を覆う。
「砂の刃…、それも無数の…。」
転がる腕だった物を見つめ、代わりに咲いた赤い柘榴に小さな治療魔法を奏でる。
傷は塞げずとも、痛みは和らぐ。
漆黒の精鋭に於いて、治療魔法を使えるのは数名。
その中でも、プラタヌの奏でる魔法は右に出る者はいない。
それでも、失われゆく赤いせせらぎを止め、痛みを忘れさせる事が限界であった。
「それで良い。まだ戦えるのなら、それで十分だ。」
全ての者へと奏でた最後の命令。
彼らの退避を覆すことはない。
それを遂行するための囮を立てることも。
だが、何れにしても、退路を創り出さなければ、それは叶わない。
「結局、ロベリア様に頼るしかないのか。」
プラタヌは、力無く笑った。
宝珠を穿つために残しておいた魔力。
「総員、森への道を開けろ。」
響き渡るプラタヌの声。
呼応する音色は少ない。
それでも、まだ守るべき者たちは多い。
ここに集う全ての者は、リュパンを討つために立っている。
だが、目的は違う。
それは、愛する人たちを守るため。
ならば、今ここで、それを放つことこそ、任務遂行の要。
「聖光の奏。」
プラタヌの持つ、最大の魔法。
それは、全てを貫く巨大な柱。
それは、森へと続く光を描いた。
その強大な力に、砂塵は飛び散る。
海が割れる様に紡がれた道。
「今だ。退避しろ。」
リュパンの歪な笑い声が反響する中、プラタヌの音色が透き通っていく。
それを掴み取ろうとするのは、手を模した影。
「欲しい…。」
耳を撫でる、リュパンの声。
狙っているのは、プラタヌ。
リュパンが見つめるのは、奏でられたばかりの最大魔法。
みんなを逃すためには、囮を立てなければならない。
「全て、計画通りだ。」
迫り来る手の影を睨み、プラタヌは囁いた。
森へと駆けていく愛する者たちを背に感じ、枯渇した自らの魔力の残火を見つめながら。




