第七楽章7節
氷の檻。
全てに繋がる枷。
それは、指先一つ動かすことを許さない。
そして、そこから流れ込む魔力が、捕えられたものを蝕んでいく。
小さな魔獣程度であれば、それで討伐は完了する。
だが、リュパンは、そうはいかない。
彼は、あまりにも巨大で、強大過ぎる。
捕え続けるためだけに、今も尚、精鋭達の膨大な魔力を注ぎ続けている。
拮抗。
ここに奏でられた音色が、少しずつ張り詰められていく。
切れるのが先か、次の旋律へと紡がれるのが先か。
それだけは、プラタヌでさえ掴み取ることはできなかった。
そして、それを知るのは、リュパン。
「これで、私を捕えたつもりか…。」
確かに、指先一つ動かすことさえ叶わない。
だが、この体は器に過ぎない。
使えぬならば、捨てればいい。
奪い続けてきた者だからこそ、それを捨てる事も容易い。
「器など、幾らでも代わりはある。」
氷の中に反響する不協和音。
それを貪る様に、リュパンは笑った。
溶けていく器。
それは、小さな塊。
ゆらを彩ってきた、大切なもの。
それが、少しずつ剥がれていく。
リュパンの中にある、大樹と繋がれた、ゆらの灯火を手放す様に。
透き通る氷。
そこに何も無いかの様に、静寂を彩る。
溶け落ちた器は、氷の残した唯一の逃げ道を流れゆく。
それは、大地と触れ合う小さな扉。
大樹の根が張り巡らされた広大な土が、ゆらの器を弔う様に優しく抱く。
リュパンは、その色彩を、ただ見つめ、愉悦に笑う。
「美しい…。」
囀る様に反響する不協和音。
「お前は、私のために身を使い、私のために身を滅ぼし、そして、私に道を示すために溶け落ちた。」
歪な笑い声と共に、氷の中を舞っていた宝珠が、ゆらの器に縋る様に土へと落ちていく。
その色彩は、プラタヌさえを欺いた。
巨躯と共に、宝珠が沈んでいく。
力を失ったのか、巨躯を纏う自らの力に耐えきれなくなったのか。
ただ、何れにしても警戒を解くことはできない。
あれは、形を失っただけに過ぎない。
まだ、力を持っている。
「氷結を宝珠に収束させろ。」
プラタヌの叫びが、空へと触れる。
それにカノンする様に、魔力が紡がれていく。
閉ざされていく扉。
その隙間を縫う様に、宝珠は溶けゆく器へと沈んでいった。
捕えることは、できなかった。
それだけは、わかる。
逃げたのか。
それは、考えられない。
何かを企み、大地の奥に潜んでいる。
「防護壁を固めろ。」
何が来るかわからない。
故に、今は守りを固めることしかできない。
プラタヌの音色が紡がれる。
それを切り裂く様に、無数の大蛇が大地から這い出た。
それは、リュパンが呑み込んだ魔獣のひとつ。
煌めく不協和音が、幾つもの防護壁へと口を開く。
「炎の魔法だ。燃やし尽くせ。」
燃やせぬとも、怯ませることはできる。
だが、それを叶えるには、燃やし尽くすほどの魔力を要する。
その確信を得るほどに、一つ一つの大蛇から滲み出る魔力は、強大だった。
漆黒だけならば、耐えるしかできない。
だが、ここには、白妙が居る。
「白妙の精鋭よ、火を剣に纏い、斬り裂いてくれ。」
あれがプラタヌの知る蛇の魔獣ならば、斬ることはできる。
そして、大蛇の放つ旋律は、それを証している。
「そうか、一つでは、あの器には及ばぬか。」
散りゆく大蛇の首を見つめ、リュパンは囁いた。
「ならば、混ぜ合わせてみよう…。」
砕け、溶け合う歪な音。
それは、リュパンから奏でられる旋律。
嘔吐へと誘う様な不協和音が、大地を揺らす。
彩られたのは、巨大な穴。
そこから這い上がるのは、自らが不協和音となったリュパン。
呑み込み続けた幾つもの魔獣の叫びが、リュパンを紡ぐ一つ一つから響き渡る。
それは、空を覆う様に手を広げ、自らを讃える詩を奏でる様に、笑い声を奏でた。
「パシフロールよ、はやる気持ちを抑え、よく私を待ってくれた。」
森の果てに響く囁き。
「私だけで行くと、混乱を生むからね…。」
パシフロールは、穏やかに微笑んだ。
「だが、みんな直ぐに気づくさ。私が今、君を頼りにしてある様に。」
微笑みに、微笑みを返すニゲラ。
その最後の安らぎを踏み躙る様に、リュパンの笑い声が重く響く。
「急ごう。」
ニゲラの声が鋭く響く。
「ニゲラさん、私の背中に乗って。かけっこは得意なの。」
背を傾けながら、パシフロールは駆ける。
背に感じる重みを、希望の詩に変えて、その足音を紡ぐ。
小道にそよぐ白い花。
ガーベラの香りが、ファンファーレを奏でる様に舞った。




