第七楽章5節
リュパンという影を織り成す巨躯。
それが纏う強大な魔力。
それを止めるには、相応の力が必要になる。
だが、それを叶えるだけの力を、プラタヌは有している。
ただ、その魔法を使えば、宝珠を穿つための魔力を失うことになる。
「ならば…。」
全てを氷に閉じ込める魔法。
それは、水魔法と冷却魔法の複合。
同時に紡げるのは、ここに集う者では、プラタヌと僅か数人。
ならば、同時に紡がなければいい。
ここに居るのは、全てが、漆黒の誇る精鋭。
これまで、凡ゆる事を想定して鍛錬を積んできた者たち。
ただ、これ程までに強大な力を持つ巨躯を閉じ込めるには、膨大な魔力と幾分かの詠唱時間を要する。
それに、閉じ込めている間は、こちらの攻撃も届かない。
だが、漆黒の精鋭と、白妙の精鋭が集う今ならば、それが叶う。
「白妙の精鋭たちよ、暫くの間、時間を作ってくれ。」
プラタヌの奏でた音色の意図を纏い、白妙は壁となり、漆黒を守るべく、陣形を展開する。
「漆黒の精鋭たちよ、氷結の像を描け。」
これこそが、全てを氷に閉じ込める魔法を奏でるための陣形。
「何を企んでいる…。」
虚空より紡がれた幾つもの刃が、閃光の如く放たれた。
それは、鏡写しのリュパンを魅せるかの様な、歪な色彩。
狙うのは、漆黒の精鋭。
「白妙の誇りにかけて、一本たりとも漆黒に届かせるな。」
崇高たる旋律。
まるで剣聖を送り出すかの様なファンファーレ。
白妙の叫びは、全ての剣に共鳴する。
白銀に混ざる赤い花弁は、散りゆく英雄への讃美歌。
一人として憂いぬのは、この先に希望が煌めいているから。
砕け散る刃が、どちらの物なのか、その勢いに吹雪を詩う。
「放て。」
プラタヌの祈りが、ここに紡がれた。
リュパンを覆い尽くす水が、刹那に芽吹く。
それを凍て付かせたのは、リュパンが動くより先。
「愚かな…。」
その声は、氷の巨像の中で反響する。
「これで、リュパンは動けない。」
後は、ニゲラが復帰すれば解呪すればいい。
宝珠を穿つ魔力は、精鋭達の力によって保たれた。
プラタヌは、ようやく小さな笑みを零した。
「白妙の騎士達よ、ありがとう。救われたよ。負傷者は、森へと退避してくれ。」
動けぬ者を漆黒が支え、傷を負った者、魔力の枯渇した者が、森へと歩み始めた。
プラタヌは、凍りつくリュパンを見つめる。
僅かな不協和音でさえ、見逃すわけにはいかない。
この怪物は、人智を超えた存在。
何をするか、未だそこが見えていない。
故に、これで安心できるはずもない。
それでも、僅かな時間であっても、それを繋ぐことができた。
ゆっくりと、森へと振り向く。
「ニゲラ、頼む…。」
彼さえ来れば、触れた希望を掴み取ることができる。
プラタヌは、そう信じ、再びリュパンを睨み付けた。
だが、戦場に立つ者の全ては、気づいていない。
森に蠢く影。
強大な魔力を持つ魔獣。
その力を巧みに隠し、敵意さえ彩らない。
それは、宿すものが魔力だけに留まらないことを意味している。
故に、その魔獣に抗うことなど愚行に過ぎない。
まして、負傷兵ならば、逃げることさえ叶わないだろう。
ニゲラは、自らの灯火と引き換えに、幾つの灯火を守ることができるのかだけを見つめる。
「神よ…。」
ここに居る者達を守ってほしい。
掲げた剣に、自らの灯火を賭し、一つの願いを込めた。
ゆっくりと木陰から姿を現す魔獣。
周りを見渡し、その顔が強く歪んでいく。
開かれ始めた口。
何かを放つ。
ニゲラは、それを感じ、柄を握りしめた。
「来るなら、来い…。」
それにカノンする様に、幾つもの剣が、魔獣へと向けられる。
「怖い…。」
小さく漏れた魔獣の囁きが、全てを凍らせた。




