第七楽章4節
静寂の森林。
息を潜めるのは、負傷した精鋭。
殆どの者は、もう戦えそうにない。
それは、ニゲラも同様だった。
砕けた骨。
剣を支える要が、力無くぶら下がる。
目を覚ました彼の瞳に彩られたのは、持ち上がらぬ両腕だった。
「だが、まだ戦える。腕に添え木と剣を括り付けてくれ。」
治療班を見つめるニゲラ。
だが、頷く者は居ない。
「ニゲラ殿…、例え添え木を施したところで、戦えるとは思えません…。」
まして、相手はリュパン。
剣を固定できたところで、先ほどの様に振るえなければ意味を為さない。
そして、それを可能にすることなど、今ある器具では叶わない。
「プラタヌは、信じて待っているぞ。お前たちは、自らの上司を裏切るのか?」
裏切るなどと思ってもいない。
そんな事は、ニゲラも分かっている。
だが、何としてでも戦地へと戻らなくてはならない。
唯一、リュパンを討つことができるものがあるとするならば、プラタヌの魔法と、ニゲラの剣。
それが、揺るぎない事実である限り。
「信じろ。これ以上、誰も失わせたりはしない。」
荒れる心を抑えつけながら、ニゲラは静かに囁く。
「それは、ニゲラ殿も含めてですか…?」
漆黒の精鋭の問いに、ニゲラは答えることができなかった。
この刹那にも、時は過ぎゆく。
戦場に残る者たちが、リュパンに呑め込まれていく。
ならばせめて、共に呑み込まれたい。
それが意味を為さぬものだとしても。
ニゲラは立ち上がり、戦場を見つめる。
「これが最後だ。添え木と剣を括り付けてくれ。出来ぬなら、このまま戦場へ戻る。」
静寂の旋律が、鬼神の如く響く。
それは、ニゲラの意志を描いた色彩。
それでも、頷く事はできない。
ただ、戦場へと歩み出す彼を止める事さえも、できる者など居なかった。
一歩、一歩と、足跡を紡ぐ。
痛みなど、既に忘却の彼方へと捨て去った。
剣を持てずとも、折れた腕を武器に代える。
その果てにあるのが、終末点だとしても、戦場で友と共に散るならば、騎士の本懐。
もはや、阻むものなど何もない。
突如、その道の先に現れた、強大な影を除いて。
それは、ゆっくりと歩を進める様に、木々の影から顔を出す。
滲み出る魔力は、遠くには及ばない。
だが、全てを圧縮したかの様に、深く濃く、その巨躯に纏っていた。
「魔獣…。」
リュパンから逃げずに留まった魔獣が居ても不思議ではない。
まして、目の前にいるのは、リュパンに及ばずとも、唯一無二と呼ぶに相応しい力を宿す魔獣。
「立てる者、剣を持て。漆黒の精鋭たちよ、後衛を頼む。」
ニゲラは魔獣を瞳に刻み続けながら叫ぶ。
「もう断るなよ。添え木と剣を括り付けてくれ。」
守るべき者を守る。
それが、ニゲラの生きる意味。
この期に及んで果たさせぬとは言わせない。
その意志が、全てを動かした。
希望は決して手放さない。
光を燃やし続ける瞳が、麗しく煌めいた。
掲げられた剣と魔法。
二つのコンチェルトが、荒野と森で奏でられる。
どちらも、勝算は見えない。
それでも、信じる事は諦めない。
例え、ニゲラが復帰できずとも、リュパンは此処で食い止める。
プラタヌの鋭い魔力が刃を彩り、宝珠へと飛ぶ。
「漆黒の誇る魔導士達よ。人族の誇る剣聖達よ。悠久の歴史に刻まれた今を、そこから繋がる未来を、決して手放すな。」
詠唱の如く奏でられるプラタヌの旋律に、集う精鋭がカノンする。
意志や祈りだけでは勝てない。
それを凌駕する様に、リュパンから紡ぎ出された触手を切り裂いていく。
「私が、同じことを繰り返すと思うのか…。」
歪に微笑むリュパン。
千切れた触手が、黒く煌めく。
そこに芽吹く魔力。
それは、小さな塊へと収束する。
転がる無数の魔力の玉。
「防護壁だ。」
プラタヌの叫びと共に、リュパンの口が微笑みを彩ったまま開かれる。
「爆ぜろ。」
この魔法を、どの魔獣から奪ったのかさえ、リュパンは覚えていない。
覚える必要などない。
もう、リュパンのものなのだから。
奪うために奪う。
それこそが、リュパンの真実であり、宝珠が取り込んだ力の源。
それを象徴する様に、全てが黒く煌めく。
奏でられた爆ぜる魔法が、漆黒の誇る防護壁を崩壊させた。
砂塵の舞う奥で、プラタヌはリュパンを睨む。
これで終わるはずがない。
「燃え尽きろ…。」
リュパンの旋律が、再び降り掛かる。
それは、プラタヌの奏でる魔法に匹敵する炎の色彩。
空に渦巻くそれが、抗う者達を押しつぶす様に、ゆっくりと舞い降りていく。
「退け。あれに触れるな。」
最早、防護壁など意味を為さない。
あの炎は、全てを焼き尽くす。
魔力を量らずとも、その熱が全てを語っている。
その広大な渦が希望を喰らおうとしている。
だが、速度は遅い。
間に合わぬ者も居るだろう。
それでも、一人でも多く生き延びなければ…。
刹那に振り向いたプラタヌの瞳に映ったのは、微笑みの不協和音を奏でるリュパン。
彼は、遊んでいる。
逃げ惑う我々を見つめながら。
その確信が、身を震わせる。
どうやって、食い止める。
ロベリアの復帰は、この戦場に於いては不可能。
ニゲラの復帰さえ、本当に叶うのかわからない。
ならば、折れるわけにはいかない。
次に来るであろうリュパンの魔法を見据え、プラタヌは魔力を込めた。




