第七楽章3節
禁呪の綻び。
力を使い果たしたロベリアの残響。
「…出口を見つけた。」
暗闇に響く音色。
そこには、何も返ってこない。
在るのは、孤独。
これまで、数え切れぬものを奪ってきた。
欲するものは、全て手に入れてきた。
それは、今も尚、変わらない。
地位も得た。
その力に群がる人々を選別するほどに、満たされていた。
最後に望むものは、玉座だけだった。
財力、権力、人脈、知恵、知識。
何より、価値なきものを価値あるものへと変える力を有している。
錬金術師を名乗る男は、全てを確信していた。
その果てにあったのが、今。
彼を捕らえているのは、一つの禁呪。
押し潰され、そこから抜け出せぬ器が、孤独へと誘う。
だからこそ、出口を探していた。
そして、その先に描くのは、自らを縛り付けた力を呑み込むこと。
宝珠に映し出された色彩。
強大な魔力の込められた剣が、自らを穿とうと迫り来る。
もう一歩。
もう一歩だけ歩を進めることができれば、全てから解放される。
「呑み込んでやる…。」
ニゲラとプラタヌの奏でる切先が、宝珠へと繋がる刹那、それを得た。
禁呪を、我が物とする。
強大な重力から解放された巨大な影が、口を開く。
呑み込まれゆく、禁呪の残穢。
宝珠に触れた刃が、影へと沈む。
それを手放したのはニゲラ。
柄を握り続けていれば、宝珠を壊すことに近づけたかもしれない。
だが、それをすれば、彼も共に呑み込まれる。
それを叶えるために紡がれた触手が、その体を包み込もうと緩やかに広がる。
だが、プラタヌは、それを許さない。
ニゲラと繋がれた魔法の糸が、影の外へと導く。
引き寄せるリュパンの魔力。
救おうと奏でられたプラタヌの魔力。
拮抗する旋律を揺らしたのは、白と黒の精鋭。
「退避だ。」
プラタヌの怒号が響く。
ニゲラは救い出せた。
灯火は煌めきを失ってはいない。
ただ、彼は暫く動けそうにない。
ここに留まれば、彼を失うことになる。
それは、白妙と争い続けた漆黒にとって、好都合なこと。
「今こそ、漆黒の力を魅せる時だ。防護壁魔法を張れ。」
だが、目の前に居るのは、僅かな時間とはいえ、灯火を分かち合い、共に立ち向かった者。
「白妙の騎士よ、負傷兵の退避を頼む。」
白妙の騎士グランシンフォニーは…、ニゲラは…、我が友。
プラタヌの揺るがぬ想いが、空を穿つ声に奏でられる。
張り巡らされた防護壁は、並の刃であれば通さない。
それでも、押し寄せる棘の濁流に逆らえるほど強くはない。
得られるのは、僅かな時間。
「充分だ。」
それだけの猶予があれば、傷ついた者たちを森に潜ませることができる。
「戦える者よ、私と共にリュパンを止めよ。ニゲラ殿が復帰するまで、耐え抜くぞ。」
まだ、希望は失われていない。
ニゲラを救い出す時、プラタヌは確かに見た。
僅かだが、宝珠が傷付く色彩を。
あれは、壊せる。
漆黒の力では届かずとも、白妙の力では及ばずとも、共に織り成す旋律ならば、それを穿つことができる。
ニゲラさえ、復帰してくれたなら、それは叶う。
ニゲラを騎士に託し、リュパンを睨む。
立ち上がったそれは、リュパンの面影を失っている。
色彩の入り混じった巨躯は、人間でも魔獣でもない。
最早、生き物であるかさえわからない。
そこから伸びる手を模した異物は、無数の触手を垂れ流す。
まるで、リュパンに奪われた数え切れない者たちの叫びの手の様に、防護壁へと纏わりつく。
「許さない。」
「欲しい。」
「助けて。」
「返せ。」
「苦しい。」
「やめて。」
「お前のせいだ。」
「お前のせいだ。」
「お前のせいだ。」
触手が奏でる、聞こえるはずのない声。
それは、リュパンのものではない。
「リュパンという男は、欲を満たすために、これ程までの恨みを受けていたのだな…。」
彼の名は、漆黒にも伝わっていた。
ただ、それは噂でしかなかった。
知っていたのは、錬金術師を名乗る、強欲な権力者。
それが、白妙を、裏で牛耳っている。
その色彩を織り成していたものが何なのか、今はっきりと分かった。
それは、彼が纏う怨恨。
その旋律さえも、彼は我が力としている。
「底知れぬ欲の塊め…。」
穢れへの嫌悪。
漆黒の心に蠢くのは、その想いだけ。
故に、恐怖は蝕まれていく。
この怪物を、この世界に留まらせてはいけない。
漆黒の精鋭から紡がれる魔力が、その意志を奏でる。
放たれたのは、黒焔の津波。
砕け始めた防護壁を縫う様に、その数多の祈りが絡み合い、触手へとぶつかる。
消えゆく黒焔の波と、触手。
その衝撃で、防護壁は砕け散った。
もう既に負傷兵は森へと潜んでいる。
彼らが退避する間、リュパンの意識はプラタヌたちへと向けられていた。
全ては、計画通り。
後は、リュパンを止めてさえいればいい。
それが、最も困難であることはわかっている。
だが、手にした希望を離したりはしない。
「漆黒と白妙、人間の力を教えてやる。」
ここに集う全ての友を奮い立たせるように、プラタヌは奏でた。
その旋律と共に、黒焔と白刃がリュパンへと向けられる。
それを嘲笑う様に、リュパンの瞳が、一つ一つを舐め回していた。




