第七楽章2節
軍師プラタヌ。
彼にとって、戦況とはパズルを組み立てる様なもの。
全てのピースを知り尽くし、思い描いた絵図へと紡いでいく。
そのピースの一つは、自分自身。
だからこそ、リュパンの元へは行けない。
ロベリアが戦場へと赴き、モーヴはレーヌの元へと行った。
漆黒の城を守るのは、プラタヌが果たすべき最も重要な責務。
心のままに駒を進めるのならば、先陣を切るのはプラタヌだった。
守るべき者、ロベリアが戦場に居る。
だが、彼女は、それを赦さない。
ロベリアが守りたい者は、漆黒の民の全て。
故に、その連なりを描くのは、漆黒の要。
魔導士団レヴェルベラシオンを紡ぐ精鋭、レゾナンス。
そこに集う者の全ては、大戦ブランノワールを生き残り、その糧を研鑽へと注いだ。
そこに刻まれたのは、大戦を凌ぐ荊。
それは、耐えるものではない。
抗うものでもない。
ただ全てを受け入れ、我が身と成す。
その先に掴む、魔道の境地。
それを果たした者だけが、レヴェルベラシオンの称号を得る。
漆黒の民を守る。
その祈りを果たす為に、ロベリアが描いた旋律。
それは、アルストロメリアを包み込む様に、白妙の織り成す音色に共鳴する。
魔力を纏いし剣が、リュパンへと振り翳された。
集う二つの色が、想いを交わす。
「白妙と漆黒が共に戦う日が来るとは、夢にも思わなかったよ。」
交わされた手が、想いを繋ぐ。
奏でるべきは、ただ一つ。
人族であれ、魔族であれ、リュパンは人類を脅かす。
故に、その根を絶やす。
それは、人族だけでは叶わない。
そして、魔族だけでも叶わない。
かつて、人類が芽吹いた頃、蔓延る数多の爪と牙の中で種を遺す為に紡いできた共生。
その営みの中で奏でられ続けてきた、抗いの色彩。
それは、魂に刻まれた遺響。
忘れ去られた、人族と魔族の本来の姿。
それを望む者など、今の世界には、誰も居ない。
二つの種族が手を取り合う世界を夢見た、花の国を除いて。
そして、それは、花の国の触れぬところで咲き乱れる。
魔法剣。
宝珠を穿つ、唯一の音色。
争い合い続けた人族と魔族が織り成すシンフォニー。
巨大な蜿となった共鳴の煌めきが、リュパンへと収束する。
その中心に蠢くのは、宝珠を超えた宝珠。
硬く柔らかい、静寂の不協和音。
ただ、本質は変わらない。
全てを受け入れ、全てを呑み込み、全てを還す。
その器が壊れぬ限り、それは何も選ばず、ただ成される。
故に、付け焼き刃の剣舞と魔法では、そこに辿り着くことさえ叶わない。
その切先が及ぶより先に、リュパンに呑み込まれる。
それが無くとも、ロベリアの奏でた禁呪によって、近づく前に潰されてしまう。
「ニゲラ殿。今、リュパンを捕えているのは、あの大樹の不思議な力と、ロベリア様の禁呪です。」
プラタヌがリュパンを見つめながら、囁いた。
「少なくとも、禁呪がある限り、近づく事はできません。押しつぶされるだけです。」
それは、既にニゲラが経験した事。
ただ、一瞬だけなら耐えられる。
それもまた、既に経験している。
「…ですが、禁呪の方は弱っています。」
故に、宝珠へと剣を翳すのは、ニゲラをおいて他に居ない。
「わかっています。それでも、並の騎士なら耐えられぬでしょう。私が剣を握ります。ただ、プラタヌ殿。貴方にも力添えを求めます。最も強い魔力でなければ、あれを壊せない…。」
「もちろん、そのつもりです。そして、この事は、良いことばかりではありません。ロベリア様の禁呪が弱っているということは、リュパンが這い出るのも時間の問題ということです。」
「…猶予は長くはない……ということですね。」
「はい。」
これ以上、言葉を交わす時間はない。
交わすまでもない。
やるべき事は、一つ。
この禁呪が、空から大地へと押し潰すのなら、それより高く跳べば良い。
そして、それを叶えてくれる魔法を、漆黒の布は持っている。
遠くへ飛ばす魔法。
その魔法を得意とする二人の魔導士。
そして、ニゲラの剣へと魔力を込めるプラタヌ。
地を這う無数の触手を穿つ、白と黒の精鋭。
「開演だ。」
ニゲラが静寂を劈くように、咆哮を奏でる。
精鋭がリュパンへと駆け、道を切り開く。
禁呪の及ぶ臨界。
そこに達したニゲラは、魔力によって空をが舞った。
煌めく刃。
纏う黒焰。
翳された正義の意志。
押し潰す魔力が、その勢いに共鳴する。
リュパンの宝珠は、それに気付いてきた。
故に、触手をニゲラへと伸ばす。
だが、白と黒の精鋭は、それを、許さない。
宝珠と剣が重なり合った刹那、全てが黒く染まる。
それを切り裂くように、鋭い音色が反響する。
ニゲラとプラタヌの奏でた一閃が、宝珠へとぶつかった。
砕け散る剣。
禁呪へと呑み込まれゆくニゲラ。
それを引き戻すプラタヌの魔法。
見つめるのは、宝珠。
傷一つ持たぬそれは、尚も不協和音を紡いでいる。
「一度で終われるとは思ってなかったよ…。」
ニゲラは、こうなる事をわかっていた。
だが、傷一つ付かないとまでは思っていなかった。
「プラタヌ殿、まだ魔力は込めれそうか?」
ニゲラは、折れた剣を捨て、新たな柄を握り締める。
「まだまだ余力はある……が、それを纏って斬り込むのは、ニゲラ殿に負担が…。」
「構わないさ。どちらにしても、禁呪のダメージの方が憂うべきこと。覚悟の上だ。」
「そうか…、だが、無理はしないでくれよ。ニゲラ殿は、この戦場の要だ。」
「プラタヌ殿ほどの軍師ならば、その見極めもできるだろう。信頼している。」
「ならば、もう一度、試してみよう。それを見て、最大火力を込める。」
「燃え尽きぬ様、抗ってみせるよ。」
笑みが交い、二つの力が紡ぎ合う。
黒焔が空へと手を伸ばし、その色彩がニゲラの身を焦がす。
「期待以上だ。流石は、漆黒の英雄…。」
その叫びと共に、高く跳ぶニゲラ。
それを睨み付けるのはリュパン。
「喰らってやる。お前の力も、お前という器も…。」
「喰らうのは、剣と魔法だ。リュパン。」
雷鳴の如く響く旋律。
静寂の大樹を繋ぐ大地が揺れる。
轟音の一閃。
その色彩に、宝珠を包み込む巨大な影が弾け飛んだ。
だが、その二つは、まだ繋がっている。
それを嘲笑うかの様に、宝珠は傷を負う事なく煌めいている。
「今度は、私の番だ…。」
リュパンの囁く声が、ここに集う全ての者の耳へと囀る。
その刹那、弾け飛んでいた影が荊となり、全てを襲う。
散りゆく赤い花弁。
それは、大地を覆い尽くしていく。
そして、最も鋭い棘が、ニゲラとプラタヌへと迫る。
「避けきれない…。」
来る事はわかっていた。
故に、避ける事は可能だった。
そう思っていた。
想定を遥かに超える速度で、幾つもの棘が押し寄せなければ。
ニゲラとプラタヌは、この戦場の要。
それは、ここに集う全ての者が知っている事。
故に、我が身より守るべき者である事もまた、知っている。
灯火を賭して壁となる。
既に成された色彩は、後は、それを奏でるだけ。
ニゲラとプラタヌの瞳には、散りゆく友が刻まれていく。
だからこそ、涙に溺れる猶予はない。
留まる理由は、何も無い。
全てを込めた一閃が、空を穿つ。
それは、禁呪と絡み合い、勢いを増して、大地へと降り注いだ。
これが当たれば、壊せぬとも、傷をつけることができる。
その綻びから、破壊への活路を見出せる。
後数発を奏でる。
たったそれだけを耐え抜けばいい。
その確信が、ニゲラにも、プラタヌにもあった。
その旋律が、宝珠へと触れる。
破壊の音を、その一閃に宿して。
宝珠は、全てを呑み込む。
それは、何も選ばない。
その矛先を選ぶのは、リュパン。
宝珠に呑み込まれ、そして、呑み込み始めた人ならざる者。
向けられたのは、ロベリアの禁呪。
纏わりつき、離れぬのなら、我が物とする。
押し潰す魔法は、その意志さえも躙る旋律を奏でる。
だが、短い時の中で度重なる禁呪を紡いだ反動が、その枷となった。
そして、リュパンの宝珠は、比類なきものへと既に堕ちている。
禁呪を浴び、何より深い欲望と混ざり合う。
それは、全てを喰らい尽くそうと口を開ける。
そこに呑み込まれた数多の灯火と力。
最早、宝珠とは呼べぬ異物は、遂にロベリアの禁呪を呑み込んだ。
地に磔られた巨躯の影が、静かに立ち上がる。
そこに在る全てを呑み込みながら。




