第七楽章1節
それを最初に見たのは、グランシンフォニー。
そして、それは、目を疑う旋律を奏でている。
空を穿つ大樹。
それに捕えられ、何かに押しつぶされている巨大な塊。
そこから生える触手が触れようとしているのは、眠る魔族の少女。
想定を超える色彩に、それを報告書にまとめるのが至難の業である事を確信した。
だが、今は、下らぬ事を案じている場合ではない。
「あの少女を保護しろ。」
先遣隊長の叫びが反響する。
忍び寄る黒い触手。
リュパンの欲望が、その一つ一つを織り成す。
求めるのは、少女の持つ魔法。
ロベリアだけが持つ禁呪、重力操作魔法。
その秘められた旋律を知る者など、グランシンフォニーには居ない。
ただ助けたいという想いだけが、その剣を煌めかせた。
「何なんだ、止まる事を知らんのか。この触手は…。」
抗い白銀の刃を縫う様に、怒号が反響する。
斬り伏せても尚、新たな触手が網の如く色彩を紡ぐ。
「私の物だ…。邪魔をするな…。」
静かな不協和音が、騎士達の耳を劈く。
それは、大地の揺れる前兆の如く、深く響いた。
それを奏でているのは、魔力に押しつぶされている影。
それがリュパンである事は、既に彼らは知っている。
「リズ隊は、そのまま触手を止めろ。ロゼ隊は、少女を保護しろ。他の隊は、私と共にリュパンを討て。どうやら奴は動けない様だが、歪な魔力を感じる。決して侮るな。」
グランシンフォニー先遣隊長、ニゲラ。
白妙の誇る騎士団の中でも、屈指の剣舞を奏でる。
だが、彼が先遣隊長となったのは、その不屈の精神にあった。
宝珠は、剣でも魔法でも、その短音では響かない。
共鳴して初めて、その力が宝珠を穿つ。
それをわかっていて尚、リュパンを討つことを選んだ。
あわよくば、眠る少女の魔法を借りる。
起きなくとも、未だ脈動するリュパンに纏わり付いた魔法を利用する。
その全てを、剣を交えることで見極める。
それは、自信ではなく、責務。
先遣隊長として、白妙を守る者として、剣に誓った者として。
掲げた白銀が、三つの蜿を描く。
先陣を切るのはリズ隊。
触手を切り裂き、道を開く。
その先に見つめるのは、いつだって、未来だった。
それを阻むものを、全て斬り捨ててきた。
例え、敵わぬと叫ばれようとも、その道を駆け抜けてきた。
「リュパンの意識を、我々に向けろ。」
ニゲラの咆哮が大地を揺らす。
その旋律が、リュパンの瞳を貫く。
それは、歪な不協和音を笑みへと変えた。
「器…、新しい…器。…抜け出せぬなら……。」
幾つもの触手が、ニゲラが率いる隊へと伸びる。
蜘蛛の巣を彩る空が、全てを覆う。
全てのリズ隊が、触手へと切先を振るう。
だが、その数を超える影が忍び寄る。
それを潜り抜け、ニゲラは宝珠へと駆ける。
禁呪によって押し潰されている今ならば、刃が通るかもしれない。
「通してみせる。」
迫る触手を斬り伏せ、その瞳と対峙する。
巨大な影と混ざり合ったリュパン。
近づくほどに、その歪な彩りが鮮明となる。
押し潰された黒い塊に蠢く手足。
ニゲラを飲み込むほどの瞳が、ただ一つを見つめる。
「お前…を、知っている……。」
影の至る所から響くリュパンの声。
「お前を……、器にしてやろう…。ニゲラ。」
その瞳が巨大な口へと変容していく。
その色彩を剣舞が斬り裂き続ける。
これと会話する必要などない。
応えるならば、剣でのみ。
リュパンを討つ。
如何なる理由があろうとも、揺るがぬ答えが、ニゲラにはあった。
リュパンに蠢く全ての意識が、ニゲラへと向いた。
「ロゼ隊、そのまま退避しろ。」
見る必要などない。
ニゲラが確信できたのは、共に歩んできた友だから。
少女を保護する。
最優先すべき責務は果たされた。
あの少女は、漆黒の女王。
白妙にとって、未だ敵国に変わりはない。
だが、ここは、白妙であり、この怪物は白妙により奏でられた不協和音。
ここで、彼女の灯火が消えれば、停戦という光が潰える。
漆黒も、花の国も、本当に殲滅すべき相手なのか。
メルのとお茶会で芽生えた、小さな灯りが、疑わず歩んできた荊を揺るがした。
故に、ロベリアを守らなければならない。
この道の先に、未来があるのだから。
例え、この身を生け贄に捧げようとも。
「全ては、白妙の為に。」
開かれた巨大な口へ、正義の白銀を突き立てる。
その切先が、ロベリアの魔法へと触れる。
そこに奏でられる、耐えきれない重さ。
「これが、ロベリアの力…。」
僅かに触れただけのはず。
その一点へと収束する様に、剣が吸い込まれていく。
それは、ニゲラの手を離れ、一閃を描いた。
切り裂かれたのは、リュパンの口。
声無き叫びが、騎士団へと降り注ぐ。
それに呼応するように、触手がのたうち回る。
その一つ一つから芽吹いたのは、無数の棘。
「全員、退避だ。」
抗うほどに、騎士団は、その数を手放していく。
一度、この場から退き、立て直す。
だが、その先は、どうするのか。
ロベリアを起こしたとて、眠るほどに衰弱した彼女に、魔力は残っているのか。
少なくとも、人族の力だけでは、宝珠は壊せない。
そして、魔力だけでも壊せない。
それでも、ロベリアは、ここに来て、抗っていた。
彼女が先陣を切ることも厭わないことは、先の大戦で伝わっている。
つまり、漆黒から援軍が来る。
その予想は、現実となって描かれた。
靡く巨大な黒の布。
それは、連なる漆黒の精鋭。
静寂の咆哮に、ニゲラは笑みで応えた。
彼らは、殲滅すべき敵ではない。
友にはなれずとも、共に戦うことは赦されるだろう。
それは、メルが託してくれた希望。
吹き荒れる風が、大地を包み込む。
その先の小さな丘に咲く、一輪の花。
その花を目指す様に、集いゆく剣と布。
白妙と漆黒、二つの連なりが交わる丘に、黄色のアルストロメリアが、柔らかく揺らいだ。




