第六楽章終節
蝶が舞う。
花の香りが、その羽ばたきに詩う。
揺れる草木に覗く足跡。
兎が空を見つけ、風を聞いた。
遠くにせせらぎが煌めく。
その柔らかな冷たさに、囀りが共鳴する。
雲が流れ、陽光が紗を織り成す。
その温もりに触れた二つの影が、溢れる想いを紡いでいる。
これまでの白い隙間を縫う様に。
これからの透明なキャンバスを色彩で満たす様に。
今という、掛け替えのない煌めきを、強く握りしめながら。
それを彩るのは、もふとゆら。
二匹の魔獣を優しく抱くのは、帰りたいと願う森の色彩。
初めて足跡を紡ぐ、この穏やかな世界に、もう一度、生き直すことを祈った。
だから、何も寂しくなんてない。
何も怖くなんてない。
きっと、ここは帰る場所だから。
何より、君が居るから。
共鳴する想いが、一歩一歩を躍らせる。
きっと、この道の先には、素敵なことが待っている。
微笑み合う音色が、この世界に反響した。
どれくらい歩いたのだろう。
それさえも、何も気にならない。
ただ、共に過ごしていることだけが、揺るがない真実。
花が揺れ、木漏れ日が舞い、道が紡がれていく。
まるで、進むべき地へと誘う様に。
もふとゆらは、その柔らかな香りに、身を委ねた。
「ねえ、ゆらくん。」
もふが微笑む。
「なあに、もふちゃん。」
ゆらがゆっくりと見上げ、微笑みを返した。
「この先に、何があるのかな?」
煌めく想いが、柔らかく揺れる。
「気になるね。何だか、素敵なことが待っている気がするよ。」
この先に何があっても、きっと、もふにとっても、ゆらにとっても、素敵なこと。
そんな予感が、二人を抱いた。
遠くに見える、二つの影。
まるで人形の様に、可憐で美しい。
煌めく漆黒の髪と、透き通る純白の髪。
その色彩に、ゆらは、もふのリボンを描いた。
「あの二人の髪、もふちゃんのリボンに似ているね。」
言葉を紡ぐのを忘れるほどに、その二つの影を見つめるもふ。
その小さな旋律に、ゆらは首を傾げた。
「もふちゃん…?」
もふを現へと引き戻す様に、ゆらは囁く。
「ステラちゃん…、ルナちゃん……。」
どうして、ここに。
その想いが、心を止める。
「お友達?」
ゆらは、不思議そうに、その色彩を見つめている。
「このリボンを贈ってくれた人たちなの。」
ゆっくりと紡ぎはじめる、もふ。
「それから、大切な宝物をくれたの。私の掛け替えのない宝物、もふという名前よ。」
ゆらに会ってほしかった人達。
もふの大切な友達。
ゆらと出会えたら、一緒にピクニックをしたいと、ずっと夢を見ていた。
「でも…、どうして、こんな所に居るのかな…。」
もふが、二人を最後に見たのは、荒野でリュパンと対峙する色彩。
二人なら、逃げ切れると、魔獣たちが逃がしてくれると、もふは確信していた。
「二人とも、リュパンに食べられちゃったのかもしれない…。」
もふの不安が溢れる音色と共に、ゆらの手を引いて、二人の元へと駆け寄った。
舞う揺籠。
そう感じるほどに、穏やかに体を揺らす手。
私たちの見る夢は、同じ。
もふが、誰かと話している。
彼女が、彼に名前を贈っている。
ゆら。
リュパンに体を奪われた、無垢な子の名前。
今、その牢獄から解き放たれようとしている。
世界を包み込む極彩色。
二つの想いが、重なった。
そこから紡がれていく足跡は、私たちへと向かっている。
私たち…。
私は、ステラ?
それとも、ルナ?
一つだけ分かること。
この夢は、宝珠の中の真実。
揺るがない、たった一つの真実。
微睡みの中で、私たちに触れる手が、世界を揺籠へと彩っている。
起きなきゃ。
でも、たくさんのことが、頭の中に入ってきて、とても眠いの。
触れる花々が織り成す甘露。
その蜜を啜る様に、全てが私たちへと入っていく。
まるで、私たちが宝珠と成ったかの様に。
でも今は、少しだけ手放してもいいかな。
私、もふちゃんたちと、おしゃべりしたいの。
もし、これが夢じゃないのなら。
違うの。
もう知っているの。
これは、夢じゃないことを。
だから、ごめんね。
宝珠に閉じ込められた、たくさんの想いたち。
今だけは、手放すね。
「おはよう…、もふちゃん……。」
空を漂うように、頭がぼやけている。
それでも、夢は鮮明に残っている。
だから、瞼を開くより早く、私を起こしているのが、もふだとわかった。
ゆっくりと起こす体。
その感覚に、私がステラであることを確信した。
「心配したのよ、ステラちゃん…。ずっと起きないから……。」
柔らかな毛並みが、私を包み込む。
「ごめんね、もふちゃん。」
私は、ゆっくりと微笑んだ。
「もふちゃん、たくさん喋れる様になったのね。たくさん頑張ったのね。」
私は、もふをそっと抱きしめ、雫の中に囁いた。
「たくさん助けてくれて、ありがとう。」
「ありがとう。」
いつの間にか起きていたルナが、私にカノンする様に微笑みを奏でる。
柔らかな木漏れ日が、私たちの再会を祝福するように煌めく。
それは、この世界を織り成す大樹の新緑を詩う。
紡ぐのは二つの宝珠。
奏でるのは、私とルナの中にある小さな灯火。
まだ見ぬ営みが行き交う世界の片隅で、その大樹は、空に触れた。
まるで、差し伸べられた神様の手を、そっと握る様に。




