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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
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第六楽章13節

純白の世界。

そこには、何もない。


駆け回る大きな魔獣。

彼女は、名前を与えられた。

もふ。

その音色が、とても好きだった。

そこに込められた想いが、とても幸せだった。

贈ってくれたのは、ステラとルナ。


その宝物を、君に繋げたい。

「ゆらくん…。」

その名前は、彼が居なくなってから付けた。

彼が居た頃に付けなかったのは、もふにも名前が無かったから。

名前を持つということの意味を、知らずにいたから。


でも、今は知っている。

この幸せを、ゆらにも知ってもらいたい。



虚無の白。

もしかしたら、ここには、私しか居ないのかもしれない。

その想いが、もふを包み込む。

それでも、走り続けた。

ここが、リュパンの器の中であると、わかっていたから。

その器を成しているのが、ゆらであると、わかっていたから。



「ゆらくん…、ゆらくん…。」

祈るように囁く音色は、駆ける吐息に溶けていく。

それでも、諦めない。

決して、諦めることはない。


ずっと、大好きだったから。

好きって気づいた時に、やっと、その大切さがわかったから。


「会いたいよ…。」


見上げる先に、空はない。

全てが純白を彩る。

響き渡る静寂が、小さく揺れる。


その狭間に、波紋が紡がれた。


遠くに聞こえる泣き声。

「ゆらくん…?」

もふは、その声の聞こえる方へと駆け出す。

ゆらの声を聞いたことはなかった。

彼が話しているところも、声をかけられているところも、見たことがなかった。


もふもまた、ゆらに声をかけたことがなかった。

いつも、遠くから見つめ、大好きという想いだけを奏で続けていた。


ずっと残る後悔。

でも、どれだけ願っても、過去は戻ってこない。

だから、今という、未来の過去を、決して後悔にはしない。


もう、君は、一人じゃないよ。

全て私のものって、君に取り憑いてる声が言っていたね。

きっと、それは、君の想いでもあったんだね。


寂しかったんでしょう。


何となくだけど、わかるの。

だって、あの森の前で、君を待ってる間、私もずっと寂しかったから。



黒く小さな影が、蹲っている。



世界の全部は、君のものになれない。

でも、私の全部なら、君にあげる。



寂しそうな鳴き声が、囀りのように反響する。



ゆらくん。

ゆらくん、ゆらくん。

「ゆらくん。」



真っ白な空間。

それは、虚無。

そこに在るのは、二つの影。

重なり合う、儚い想い。



「やっと、会えた。」

極彩色が、全てを包み込む。

「君は…。」

共鳴し合う鼓動。

「もふっていうの。あのね、私…、あの小さな森で、君と一緒に過ごしてたんだよ。」

もふは、少し恥ずかしそうに言葉を紡ぎはじめた。

「たくさん魔獣が居たから、気づいてないかもしれないけど…。えっとね…、私、君のこと、ずっと気になってたの。」

鼓動が、体を壊してしまいそうな程に響き渡る。

それでも、伝えたいことがある。

伝えたかったことがある。

伝えられなかったことがある。

だから、今、伝える。

「あのね………。私ね、君と、ずっと……、話したかったの。」


この閉じた、煌めく世界の中心で、空が開く様に、新緑が芽吹き、大地を埋め尽くす。


「………僕は…、僕は…。」

そこに咲くのは、一輪のアルストロメリア。


「君の名前は、ゆらくん。私が付けたの。」

黄色く煌めく、二つの想い。


「…ゆら……。」

重なり合う体が、その存在を確かに彩っていた。



静寂が、もふとゆらを包み込む。

このまま、ずっとこうしていたい。

何もなくても、何も変わらなくても、君が傍に居る。

それだけで、もふは幸せだった。

でも、ここが安全だとは言い切れない。

ゆらが、傷つくことだけは、嫌だ。

これまで、ずっと傷ついてきたのだから。


「ここから出よう。」

もふは、囁くように紡ぐ。

「でも、どこに行くの?」

ゆらの不安気な吐息が舞う。

「私と一緒に、おうちに帰ろう。」

微笑みが揺れる。

「あの日、みんなが居た場所…。ゆらくんが居て、私が君を見つめ続けた場所…。大切な思い出の場所。」

ゆらにとっては、孤独の場所。

でも…。

「僕を見てきた…。」

孤独だと、そう思い込んでいただけかもしれない。

孤独の中に、自ら閉じこもっていただけかもしれない。

「もふちゃんは、ずっと、僕を見てくれてた…。」

だって、もふが、迎えにきてくれた。

「うん。ずっと、好きだったから。」

長い長い月日を、誰にも触れられず、誰にも話しかけられず、誰にも知られずに生きてきた。

それは、これからも、ずっと続いていく。

そう思い込んで、生きてきた。


ようやく、ゆらは、その温もりに触れることができた。

本当は、孤独なんかじゃなかったと、ようやく気づくことができた。

「…帰りたい……。帰りたいよ。」

溢れ出る雫が、ゆらを抱くように煌めく。

「うん、帰ろう。」

全てを包み込む様に、もふは微笑んだ。


身を寄せ合い、ゆっくりと歩く旋律が、静寂を揺らす。

全てを覆う新緑から溢れる極彩色が、二つの温もりを柔らかく包み込んだ。

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