第六楽章12節
世界の大樹。
遠い未来で、そう呼ばれるだろう。
空を貫くほどの幹は、大地に立つ限り、その先を見ることはできない。
小さな廃村を呑み込むように、それは聳え立つ。
それを紡いだのは、ステラとルナ。
二人の産み落とした宝珠が、メルの種と混ざり合う。
それが織り成す色彩。
だが、それを知る者は居ない。
「何だ…、これは……。」
感じていたのは、歪な魔力。
故に、それを奏でる色彩も、歪であることは予想していた。
だが、この大樹から感じるのは、寧ろ、聖なる力。
禁呪とも違う、ロベリアにすら触れることさえできない力。
「こんなものがあるとは、報告にあがっていない…。」
この道は、何度も通った。
ここには、廃村があっただけのはず。
大樹の生まれる兆しすらなかった。
それに、ここは、聖地でも聖域でもない、ただの朽ちた村。
考えられるとすれば、この囚われている人を成す魔物に関わるもの。
「お前、何を知っている?」
この魔物が、大樹を生み出したとは考えられない。
だが、必ず何かを知っているはずだ。
ロベリアは、そう確信している。
「私に指図するな、小娘…。私は、神だ。」
リュパンは、歪な色彩を瞳に宿し、不協和音を奏でる。
「確かに、力は甚大だな。今の私より、お前の方が強い。」
幾度となく奏でた禁呪の代償は、今も残っている。
故に、漆黒の国にすら、今のロベリアより魔力を有する者は居る。
だが、それが強さを決める者ではないことも、ロベリアの存在が雄弁に語っている。
「聖なる力…、それを宿す大樹に囚われたお前が、神を名乗るのか。面白い…。」
「愚弄するな。矮小な存在が…。」
「多少は知性がある様だが、獣の様な思考だな。どうだ?質問に答える気はないか?」
手に込めた魔力は、緩やかにリュパンを押し潰す。
「お前如きに、答える気はない。潰せるものなら、潰してみろ。」
その微笑みに、ロベリアは違和感を覚える。
「そうか。」
奏でていた魔力を解き、虚空から取り出したのは、黒の剣。
「なら、他を試してみよう。」
その切先を、ゆっくりと突き刺していく。
抉られるのは、リュパンの肩。
「次は目を貫く。光を失いたくなければ、知っていることを全て話せ。」
感情を奏でぬ音色。
それをゆっくりと紡いでいく。
「知らぬ者に、何を話せというのか。愚かな小娘よ。」
不適な笑み。
それが意味するものが何か、ロベリアは掴めずにいる。
「私は、拷問が苦手だ。聞くより先に、お前の灯火が消えてしまうかもしれない。」
引き抜いた剣を、瞳へと突きつける。
「一つ、教えてやろう。私はここから抜け出せずにいた。だが、抜け出し方を、お前が教えてくれた。」
それは、先ほどかけた魔法。
少しずつ潰れていく、リュパンの肢体。
形の無い器だからこそ成せる色彩。
「お前は…、一体、何なんだ。」
魔族でもない、人族でもない、魔獣でもない。
ゆっくりと大樹から這い出るそれは、巨大な塊へと蠢く。
「言っただろう。私は、神だ。」
その巨躯の中で蠢く、幾つもの灯火。
それをロベリアは、微かに感じ取る。
「違うな。這い出ても尚、大樹に囚われている。お前の中にあるものは、お前が呑み込んだものなのだろう?…お前は、ただの獣だ。」
突き刺すように、リュパンを見つめる。
それが、もし無垢なる者であったならば。
その想いが拭えずにいた。
故に、禁呪は放てない。
だが、ここで討たなければ、この怪物は、世界に甚大な被害を齎す。
既に、多くの魔獣が、この怪物によって操られていたのは明白。
覆う様に巨躯を広げていくリュパン。
それを見つめるロベリア。
「怯えて動けぬか。」
リュパンの不協和音が響き渡る。
それは、得たばかりの魔力。
がおから奪った灯火のかけら。
「燃え尽きろ。」
空を覆う雲の如くリュパンの影。
そこから降り注ぐのは、火の雨。
その一つ一つが、業火を成す。
それは、宝珠が奏でる魔法の極致。
「身に余る魔法だな。壊れても知らないよ。」
手を翳し、緩やかに詩う。
それは、冷却の園。
その魔力に、火は消えていく。
だが、その熱に、ロベリアの魔法もまた、溶けていく。
「我慢比べというわけか。」
リュパンの嘲笑う声が響き渡る。
「我慢を知らない顔をしているよ、お前は。」
リュパンを見つめ、ロベリアは、微笑んだ。
「だから、比べる必要はない。」
氷の柱。
その色彩は、刹那に紡がれた。
その先に彩られるのは、鉾。
リュパンがそれに気づいたのは、体を貫かれた故。
だが、これで終わりではない。
雷電が、氷の柱を貫く。
高圧の電流が、リュパンを焼く。
その旋律が反響する頃には、虚空より生まれた矢が幾つも降り注ぐ。
それは、巨躯の全てを埋め尽くしていく。
「こんなもので…こんなもので、私は終わりなどしない。」
貫かれ、焼かれ、矢に埋められ、それでも尚、リュパンは、動こうと踠く。
「そうだね、まだ終わらない。」
それは、リュパンの奏でた魔法と同じ。
「返してあげる。」
リュパンを埋め尽くす、深く抉り込んだ矢が、業火に燃える。
それは、巨躯の中から灰に変えていく。
悲痛な叫び。
それでも、リュパンは歪に笑った。
「素晴らしい…。お前を呑み込んで、私の力に変えてやる。」
空を覆っていたリュパンの影が、ロベリアを包み込む様に降り注ぐ。
「しぶといね…。」
小さな風が瞬く間に蜿り出す。
それは、ロベリアへと纏わりつき、空を舞った。
その刹那、リュパンの巨躯が、大地を揺らす。
「そうくるとは、思っていたよ。」
降り立つ大地。
その足元まで広がる影。
それは、溶岩の如く、ゆっくりと蠢いている。
「こうしてみると、随分と大きいね。」
ここまで魔法を重ねても、未だ意思を保ち続けるのは、その大きさ故か。
否、その奥にある歪な力が、それを奏でている。
もう、それを魔力と呼んでいいのかさえ、わからない。
宝珠の紡ぐ旋律が、ロベリアへと手を伸ばす。
「その魔力、その魔法、お前の持つもの…、それは、私のものだ。」
地を這う影から伸びる手。
その全てが、ロベリアを掴もうと囲む。
「この、不協和音が…。」
これに触れれば、一つ一つを奪われていく。
その確信があったが故に、守りに転じる。
盛り上がる土が、岩となる。
それを繋ぐ様に、熱を帯びた氷が張り巡らされる。
そこから芽生える無数の刃が、迫る手に抗う。
その全てを、幾つもの手が呑み込んでいく。
だが、それは、ロベリアの想定していたこと。
呑み込まれた刃が蔦となり、その全てを覆う様に棘が彩られる。
それは、一つの花の様に、手を取り込みながら、形を成す。
「その手は、邪魔だ。消えてもらう。」
紡がれた巨大な花を劈く様に、雷電が煌めく。
それは、混ざり合う手を貫いた。
手を覆っていた魔力は、腐臭と共に霞ゆく。
「漸く、肌を見せたな。」
ロベリアは、顕になりゆくリュパンの触手を見つめる。
「散れ。」
花を成したものが、無数の刃へと彩られる。
それは、舞う様に、纒わる手の全てを切り裂いた。
湿る音を滴らせ、赤く堕ちていく幾つもの手。
それらは、僅かな動きの後に、沈みゆく。
「少しは、削れたかな。」
もう、疲弊を隠せない。
これだけの上級魔法を連発した。
ロベリアでなければ、疾うに枯渇している。
「さて、後は、本体だけだ。」
ゆっくりと振り翳す手に込められた、渦巻く魔力。
「全てを散りに変えてやる。」
違和感。
それは、僅かな歪み。
だが、確かに存在する不協和音。
ロベリアの瞳に刻まれたのは、リュパンの嘲笑い。
「塵のようなものでも、呑み込んでおくべきものだな…。」
その旋律と共に、堕ちた無数の手が爆ぜる。
飛びしたのは、ぴょんぴょこ隊とがじがじ隊を混ぜた影。
閃光の如く跳ね回り、刃の如き牙を剥く。
その全てが、ロベリアへと襲い掛かった。
この数を、並の魔法で捌くことは、疲弊する我が身では、もうできない。
「仕方ない…。」
奏で始める詩。
それは、禁呪の旋律。
代償は、幼少期より溜め続けてきた魔力。
残された、ロベリアの全て。
「何でも好きな重さにする魔法。」
静寂の荒野。
大樹は何も変えることなく聳え立つ。
その傍で、リュパンは刹那に押し潰された。
荒野に横たわるロベリア。
小さな吐息が、荒く紡がれる。
「今、子供の魔獣にでも襲われたら、私は終わるな…。」
揺れる視界。
リュパンは、禁呪によって、潰された。
這い上がることができないほどに、魔力を込めた。
その手応えは、確かにあった。
それに、リュパンの中に潜む歪な塊は、大樹という鎖に囚われ続けている。
後少しすれば、漆黒の誇る兵士が、ここに集う。
何も、案ずることはないはずだ。
「少し、休もう…。」
蠢くリュパンの影を見ることなく、ロベリアは眠りへと堕ちた。




