第六楽章7節
傷跡の遺る廃村。
寂れた小さな屋敷には、質素な装飾がなされている。
きっと、村民も領主も、等しく生きてきたのだろう。
家具や食器、残された衣類に至るまで、ここが最も大きな家屋と言われなければ、他と違いがわからない。
きっと、幼い女の子が居たのだろう。
星を彩る髪飾りが、棚に飾られている。
「…ステラちゃん。」
それに触れ、心に彩られたのは、憧れ続けた少女。
ここだけは、誰も住むことなく、遺し続けよう。
そう想ったのは、いつか、この家の主人が帰ってくる気がしたから。
小さく奏でたため息に、埃が舞う。
「この屋敷を掃除したら、それぞれの家の遺品を、ここに片付けよう。」
窓から差し込む光が、リュテを包み込んだ。
見違えるほどに美しくなっていく、人を失った村。
星と月の家族の微笑みが、村を彩っていく。
ただ、リュテだけは、その手に重みを抱いている。
「プロテアが、心配?」
リュテの顔を覗き込むアプフェル。
「はい…。」
リュテは、微笑みを取り繕う。
だが、それは、アプフェルには、悲しみだけが映った。
「プロテアのところへ、いってらっしゃい。ここは、私に任せて大丈夫だから。」
「…いいの?」
「もちろんよ。騎士も連れていっていいわ。」
「ここが安全とは、まだ言い切れない…。なので、僕一人で平気だよ。プロテアと二人なら、どんな事だって乗り越えられるから。」
リュテの小さな体。
背負う弓。
下げた矢。
それを結ぶ紐を整えるのは、アプフェル。
「これも、持って行って。」
リュテの腰に触れ、小剣を配いながら、柔らかく微笑む。
「これは、アプフェルさんの大切な…。」
リュテが、戸惑いを隠せずに囁く。
「そうよ。プロテアからの贈り物。ずっと私を守ってきてくれたわ。だから、リュテのことも守ってくれるはず。」
背中を撫でるアプフェルの手が、ゆっくりとリュテを包み込む。
「気をつけて行くのよ。危ないと思ったら、すぐに逃げなさい。もしそれが、プロテアを失うことになったとしても。」
「…。」
プロテアを、失う。
リュテは、そんなことを考えたことさえなかった。
「例えばの話よ。ただ、リュテ、君は、これから星と月の家族を守り、導いていかなきゃらないの。プロテアと、そう約束したのでしょう?」
「…はい。」
「なら、生きることを最優先なさい。ずっと、ここで待っているから。」
揺るがぬ瞳が、互いを映す。
「わかったよ。僕の命は、僕だけのものじゃない。絶対に忘れないよ。」
馬に跨り、その微笑みを穏やかに彩る。
その姿は、アプフェルの瞳には、歴戦の騎士の様に彩られた。
ゆっくりと振り向き、プロテアの居る地へと足跡を紡ぐ。
「いってきます。」
その最初の一歩を、リュテは力強く踏み出した。
リュテの思い描く道の先。
それは、プロテアと共に魔獣の群れから逃げること。
そして、ステラとルナを見つけ出し、あの村へ共に帰ること。
「あの日、確かに僕たちは家族だった…。」
風を斬り、その轟音に抱かれ、囁く。
「今だって、変わらない。」
彼女たちが傷ついてきたことを、知っている。
誰に、何をされ続けたのか、ひとつひとつの色彩を知らずとも、齎したものは、わかる。
何を奪われ、何を刻まれたか。
辿り着いた村で見つけた髪飾り。
それに触れた刹那に蘇った意志。
何のために、旅を続けたのか、ようやく思い出した。
僕は、守りたい。
プロテアのように。
アプフェルのように。
星と月の家族を。
ステラとルナを。
必ず、守る。
手綱を握りしめる手が、その想いを強く奏でる。
駆け抜ける丘に、川が煌めく。
この先に、魔獣の群れがいる。
きっと、プロテアは今も戦っている。
ここに来て未だ魔獣を見ないことが、何よりの、その証。
希望は、まだ大きい。
砂塵が視界を蝕む。
その一粒一粒が、瞳に痛みを刻む。
薄く開いた先に揺れるのは、大きな影。
リュテは、馬の背に揺られながら、弓を構える。
見えさえすれば、当てることのできる距離。
リュテだけが叶えることのできる、弓の旋律。
砂塵が、その色彩を手放していく。
「見えた。…………、プロテア…さん。」
それは、リュテの知るプロテアではない。
最早、それがプロテアであることに気づけるのは、リュテしか居ない。
ずっと傍に居たから、ずっと憧れていたから、ずっと好きだったから。
そうでなくては、気づくことなんてなかった。
その影は、魔神を彩る。
その中心で蠢くのは、一つの宝珠。
それを穿つはずだった刃。
奏でるのは、テラの剣舞。
「鋼鉄を凌ぐ魔力の塊…、そんな表現では、足りないかな。」
剣を弾かれた感覚に、手が痺れる。
それを握りしめ、テラは囁いた。
この宝珠を穿つことができるのは、魔力のみ。
だが、テラの知る限り、それを破壊できるほどの硬度を持った魔法は存在しない。
「君を倒すことは、諦めた方が良さそうだね。」
再び剣を構えるテラ。
「だから、しばらく眠ってもらうよ。」
柔らかく揺れる刃が、魔神の首へと連なる。
手応えは確かにあった。
だが、それが終止符になることはない。
それは、テラも気づいている。
ただ、その旋律を奏でるたびに、魔神が学びゆくことまでは気づけずにいた。
空を舞う魔人の顔が、赤い花弁に繋がれる。
それは、その体躯へと連なり、そして、重なる。
倒れることさえなく、ゆっくりと構えを直す色彩に、テラは小さなため息を紡ぐ。
「まさか、これ程までとはね…。」
その音色が届くより早く、剣を振り翳す。
先ほどまでは、その舞いに翻弄されていた。
この剣技を捌けた者は、師を除いてシャルドンのみ。
魔神も、その例外ではない。
そのはずだった。
刹那の間に幾つもの斬撃が踊る。
その隙間を縫って、魔神の刃がテラへと伸びた。
その鋒が首筋に触れる刹那、テラは、ふわりと跳ぶ。
背後に迫るのは、騎士団が取り逃がした魔獣。
それを追うのは、ヴィオラ。
だが、間に合うことはないだろう。
「あまり使いたくなかったんだけどな…。」
それは、かつて捨てた勇者の加護によって刻まれた呪い。
自らの灯火を蝕み、奏でられる禁呪。
それを行使せざるを得ないのは、散りゆく騎士団を瞳に突きつけられているから。
これ以上、誰も失うわけにはいかない。
人間も、魔獣も。
「傀儡の詩。」
その不協和音は、土を抱く幾つもの魔獣へと降り注いだ。




