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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
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第六楽章6節

花の砦の台所。

そこに積まれたティーウェア。

その色彩が齎すもの。

それは、メルの本当の戦い。

「やる気が出てきたわ。」

袖を捲り、強く頷く。


必要のなかった退避によって、ここには誰もいない。

抗うべき相手は、この山積みのティーウェアではない。

この子たちを元の綺麗な姿に戻すまでの時間。

それこそが、メルの戦い。


テラの様子を見にいく。

この刹那でさえ、傍にいないことが心を締め付ける。


柔らかな水の跳ねる音を奏でながら、メルは本気を見せる。

「早くしないと…。」

茶渋が、こべりついてしまう。

これを放置してしまうと、後で大変な目に遭う。

だから、テラに会いにいくより先に、洗い物を済ませなければならなかった。


窓から空を見つめる。

あの向こうで、花の国の剣と盾が頑張っている。

テラが、みんなを守るために立ち向かっている。

「待っててね。」

洗剤の良い香りに包まれながら、メルは囁いた。




穏やかな色彩。

それは、どこまでも続く空が織り成す絵画。

それを切り裂く様に、鬼神の太刀筋が舞う。

それを受け止めるのは、アブリコ。

彼の剣は、花の国の盾。

傷つけることを恐れるとも、傷つくことは恐れない。

その後ろに、守るべきものがある限り。

故に、彼は、倒れることはない。

「まるで、プロテアさんの様な剣筋だな…。」

それを浴びたことはない。

ただ、剣技場で見たことはある。

剣聖シャルドンに匹敵するとまで謳われた、その美しい舞いを、忘れるはずなどない。

だからこそ、それを捌くことも可能にした。

もしこれが、プロテアの意志により奏でられたものならば、そうはいかない。

ただ、今ここで紡がれている舞は、彼の技術を彩っているだけに過ぎない。


だからこそ、勝てずとも、負けずにいられる。


鬼神に取り込まれることを逃れた魔獣たちが、鬼神の意志に触れ、爪を翳す。

だが、アブリコは、鬼神の剣に応えるだけで、全てを尽くさざるを得ない。

それは、語らずとも、彼らは知っている。

誰が、何を為すべきか。

花の国の盾の騎士たち、そしてグランディオーソが、魔獣に抗う。


何れも、容易いことではない。

赤く散る花弁が空を覆い、その現実を突きつける。



止めどなく紡がれ続ける色彩に、疲弊が蔓延する。

それは、人間としての限界。

だが、それでも諦めることはない。

もうすぐ、テラが来る。

それは、人間であるが故の希望。

だからこそ、抗うことをやめはしない。


どれだけ、傷つこうとも。

その背に、守るものがあるが故に。



その陽光は、いつだって、彼らを照らし続ける。




テラは、勇者の旅路で、誰よりも多くの魔獣と出会ってきた。

その中で、最も禍々しい魔獣を挙げるとすれば、正に今、目の前にいるそれが、相応しい。

「アブリコ、それに…イキシアさんですね。ここまで耐えてくれて、ありがとうござました。」

ゆっくりと剣を抜く。

その刃に映るのは、傷ついた誇り高き英雄たち。

語らずとも分かる、その壮絶なる旋律。

それを齎したのは、最早、魔獣とは呼べぬ存在。

「魔獣の群れと聞いていたけど、止めるべきは君の様だね。」

それは、神獣でさえない。

「おとぎ話に倣うなら、魔神…。」

「テラ、あれを知っているのか?」

ヴィオラが、義手に施された剣を掲げ、硬く紡ぐ。

「まさか。わかるのは、あの子の力は、魔力と禁呪が混ざり合った様な状態にあることだけ。」

テラは小さく微笑む。

「そんな事が、起こり得るのか?」

魔神と、その周りを囲む魔獣を見つめ、ヴィオラは陣形の指示を奏でる。

そこに紡がれる確固たる色彩を確かめながら、テラを見つめた。

「おとぎ話に、そうあったのだから、無いとも言えないね。」

歩み出すテラ。

「ヴィオラ、魔獣たちは頼んだよ。アブリコは、負傷兵と護衛の保護を頼むね。魔神は、私が止める。」

二人の応えを背に纏い、駆け出した。

「争いは好きでは無いけど、君を放っておくわけにはいかないんだ。…ごめんね。」

振り翳されるのは、魔神の剣。

その刃は、白妙の御旗の刻印が彩られている。

奪ったのか、奪われたのか。

何れにしても、今は対話もできない。


轟音と共に大地が割れる。

それは、テラに向けられた悪意。

ただ、それを返すことも、受けることもしない。

舞う様に躱し、魔神の首筋へと剣を添わせる。


赤く咲く花。

その根本は、瞬く間に閉じていく。

「君は、探しているのかな。」

背後に彩られる、幾つもの灯火の器。

彼は、その一つになろうとしている。

テラには、魔神の揺らぎが、そう映った。

ただ、その奥で、何かが灯っている。

故に、確信は持てなかった。

「それとも、待っているのかな。」

何かを…、否、誰かを。


重なり合う刃。

それは、閃光にカノンする様に旋律を奏でる。

その音色に共鳴する様に、魔獣たちは爪を立てる。

それに抗うのは、花の国の剣、そして、グランディオーソ。


かつて、神獣とはいえ、たった一匹と対峙するために、白妙の親衛が何人も散っていった。

それが、今は、数え切れぬ波となって押し寄せている。

それに抗うのは、容易いことではない。

ブランノワールを生き抜いたものたちにとっても、それは変わらない。


舞い踊る砂塵が、その色彩を小さくしていく。

それは、幾つものせせらぎに呑み込まれていくが故に。

そこに溺れる赤く染まった影は、空を見つめる。


「勝とうと思うな。去れば、成したも同然。追わず、自らを守れ。」

ヴィオラが叫ぶ。

討伐に来たわけではない。

魔獣は、魔獣の世界に生きている。

干渉し合うものでもない。


排除すべきは、危険であって、彼らそのものではない。

そうやって、人間と魔獣は、この世界に紡がれてきた。


狂わせているのは、遠くに蠢く歪な囁き。

排除すべき危険は、目の前の魔神のみ。



散りゆく灯火を握りしめ、その御旗を靡かせる。

その一つ、白妙の誇りを瞳に刻む魔神。

「何か、変わった…。」

剣に想いが籠る。

僅かな色彩の揺めきに、テラは答えを探す。

「君は、やはり、プロテアさんなのかな?」

そんなはずはない。

彼は、間違いなく人族。

故に、魔法は扱う以前に、魔力を持たない。

だが、目の前の鬼神は、魔力に似た旋律を帯びている。

それは、魔獣を操る様に奏でられている。


その歪な影の奥に光る小さな塊。

「…宝珠。」

もし、その答えが、描いた絵図の通りならば、全てが繋がる。

「君は、宝珠に取り込まれたんだね。」

ならば、狙うべきは、一つ。

「できるかわからないけど、その宝珠は、壊させてもらうね。」

光に似た一閃が、宝珠に触れた。

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