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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
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第六楽章4節

どれだけ手を伸ばしても、届かないこともある。

私は、小さい頃に、それを経験した。


思い出すのは、生まれ育った村。

ここは、いつか、貴女の領地になる。

そう言われてきたけれども、何も実感はなかった。


いつものように、村のみんなと遊ぶ。

それが、私の知る世界だった。


それを奪われたのは、たった一夜の色彩。

遠く離れていく、愛しの地。



どれだけ手を伸ばしても、届かない。



「がおちゃん。」

私は、力の限り叫んだ。

この身がちぎれるほどに、手を伸ばした。

どうか、お願い、届いて。

それだけを祈って。

私の横を掠める小剣。

それは、ルナが投げた抗いの想い。


がおへと伸びる黒く澱んだ手に、小剣が触れる。

だが、それは、何一つ傷つけることはなかった。


「やめて、お願い。」

どれだけ手を伸ばしても、届かない。


どうして、わたしは、いつも。

いつも、いつも、いつも…。


溢れ出す雫。

それは、宝珠を成す。


「私の…、もの。」

影が私たちを覆う。

見上げる空。

そこに、私の想う色彩はない。


呑み込まれる。

私は、振り向き、ルナを押した。

「逃げて。」

倒れゆくルナを見つめ、私は叫んだ。



「愚か者が…。同じことを繰り返しよって…。」

澄み渡る青い空。

柔らかな雲が、目の前に広がる。

眩しすぎるほどの陽光が、私を掴む温もりを包んでいる。


「ピヨちゃん…、ありがとう…。」

私は、吐息の中へと囁いた。

「談笑は、まだ早い。」

背後に感じるのは、黒く彩られた歪な触手。

そこに纏わりつく澱んだ炎が私たちを掴もうと、不協和音を奏でる。


「ゆらくん、もうやめて。」

空を貫く旋律が響いたのは、その炎が私の背に触れた刹那だった。

その彩に、私は思わず振り返る。


リュパンを成すものに飛びつく巨躯。

その色彩に、見覚えがある。

見間違うことなんてない。

「もふちゃん。」

空と地で共鳴する様に、私とルナの声が重なった。


「会いにきたよ、ゆらくん。それと、みんな。」

リュパンを成すものを押し倒し、小さく微笑む。

「どけ…、私の…邪魔をする…な…。」

「どかないよ。君がゆらくんを返してくれるまで。」

もふは、力を強める。

だが、それを嘲笑うかの様に、いくつもの触手が、その隙間から伸びる。

「ならば…、喰らうまで。」

「好きにすればいいよ。ゆらくんと一緒に、君のお腹を打ち破るから。」

もふには、確信があった。

リュパンを成すものに触れたとき、それを掴んだ。


小さく揺れる鼓動。

微かに聞こえる叫び声。

僅かに漏れる温もり。

そのどれもが、ゆらのものであると。


完全には混ざっていない。

ゆらは、今も尚、抵抗している。

「一緒に帰るって、決めたんだ。それだけは、譲らないよ。」

ぴょんぴょこ隊とがじがじ隊が、震える体を立たせ、リュパンを成すものへと群がる。

それを踏み潰さんと振り翳される触手。

「させないよ…。」

もふは、体を覆う黒い影を掻い潜り、その触手を掴む。

その手に突き刺す幾つもの棘。

それは、リュパンを成すものの凡ゆるところから芽生えた悪意。

「痛くなんかない。ゆらくんの方が、苦しんでる。」

震える、モブの声。

その声を守るため、ぴょんぴょこ隊がもふの手に群がり、棘を抜こうと踏ん張る。

がじがじ隊は、触手に群がり齧り付く。

「みんな、だめだよ。逃げないと。」

もふの微笑みが、黒き旋律に埋もれていく。

その歪な音色は、ぴょんぴょこ隊も、がじがじ隊も、喰らおうと振り翳された。


全てが、影に沈んでしまう。


その色彩を追う様に、駆けるルナ。

ピヨと共に、私は手を伸ばし、その色彩へと降下する。


集いゆく旋律の中で、何より早くリュパンを成すものへと触れたのは、ユニとコン。

怖がりで、寂しがりで、甘えん坊で、可愛い馬の魔獣。

私たちを乗せて歩いてくれた、大切な恩人。


私たちの、大切な家族。


言葉を持たなくても、大好きだって、伝え合えることができた。

ぴょんぴょこ隊も、がじがじ隊も、ずっと懐いてきた。



彼らの灯火は、敬われるべきものであり、決して嘲笑っていいものではない。



「お前は…、喰うにも値しない。」

ユニとコンには、攻撃手段はない。

荒野を駆け、風と共に舞う魔獣。

故に、その身を挺して、体当たりをする他ない。

それでも、彼らは守りたかった。


一緒に旅をした仲間を。

一緒に遊んでくれた友達を。

大切な大切な家族を。


全てを踏み躙る黒。


「リュパン。」

私は、その黒へと拳を振り翳す。

舞い散る赤い花弁は、ユニとコンの生きた証。

それを全身に浴びながら、私は叫び続けた。

「返せ。返せ。返せ。がおちゃんもユニちゃんもコンちゃんも。返せ。」

柔らかく弾かれる手のひらが、赤く滲む。

避ける肌が、柘榴を彩る。

でも、そんなもの関係ない。

「返せ…。」

宝珠を成す、溢れ出した雫が、リュパンを成すものへと溶けていく。

「ようやく、触れたな…。」

歪な音色。

それは、私を見つめている。

それでも、私は逃げたくない。

みんなを取り返すまでは…。


「ダメだよ、ステラちゃん…。」

私の瞳を彩るのは、一つのリボン。

あの日、ルナと一緒に結んだ色彩。

埋もれゆく大切な思い出が、刹那に遠く離れる。


もふの温かい手が、私を引き離した。


「もふちゃん、もふちゃん…。」

私の音色が、空に舞う。

それを見つめる様に、もふは優しく微笑んだ。

「お前たちが取り込まれたら、世界が終わる。直ちに、逃げよ。」

響き渡るのは、ピヨの旋律。

地に腰をつき、大切なものが奪われていく様を呆然と見つめる私とルナ。

それを叩き起こす様に、ピヨは翼を羽ばたかせた。

「でも…。」

「談笑は後だと言っただろう。」

私の声を遮る様に、ピヨの叫びが反響する。

「今、モフといったか…、あの娘が止めてくれている。それを無駄にするな。」

わかっている。

わかっているけど、…動けない。

心が、言うことを聞いてくれない。

私は、縋る様にルナを見つめた。

彼女は、宝珠に溺れる様に、雫を零し、呆然としている。

「ルナちゃん。」

ルナを、守らなきゃ。

私は、立ち上がり、その手を取る。

揺れる視界。

力が、入らない。


たくさん動いたから。

きっと、そうだよね。

張り詰めた心が、視界を黒く染めていく。


薄らと彩られたのは、ぴょんぴょこ隊とがじがじ隊。

彼らが駆け寄ってくる姿。

「ステラちゃん。」

私の耳を撫でるのは、ルナの音色。


守らなきゃ…。


その意志を握りしめたまま、私の触れる全てが途絶えた。

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