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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
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第六楽章1節

古くから伝わるおとぎ話。

それは、魔王と勇者の戦い。

紡がれてきたのは、世界を二分する戦争の軌跡。

幾度となく対峙し、その灯火を討つ。

それが齎すもの。

どちらかが滅びに触れ、民の灯火が奪われる。


繰り返された旋律。

その中で、ついに、全てを失う日が訪れた。

この世界から、魔族が居なくなる。

揺るがぬ色彩が、波となって全てを包み込む。


その時代に、それは目覚めた。

ずっと、あるべき時を待っていたかの様に。


神の宝珠、それを彩る者。

そして、奇跡を奏でる者。

紡がれるのは、禁呪をも凌ぐ、神聖なる祈り。

即ち、それは、神の領域。

それを織り成す二つは対となり、互いの灯火は共鳴する。


故に、一つが消えれば、もう一つも消える。



「奇跡とは、貴女の治癒魔法のことです。」

お茶を注ぎながら紡がれる音色は、チユへと繋がる。

「傷を癒す魔法の使い手なら、私以外にも居ます。」

淡い水色が、静かに揺れる。

「治療魔法ならば、珍しくはありますが…、確かに居られます。」

差し出されるティーカップ。

「ありがとうございます。良い香りですね。」

「ふふ、味も素敵ですよ。」

白磁が透け、可憐な花の彩りが咲いている。

「チユさん、貴女の扱う魔法は、治癒魔法。もうご存知でしょうが、この魔法は、唯一無二です。」

思い出すのは、ブランノワールでの花の砦の色彩。

「被術者の力を用いる治療魔法ではなく、魔力で慈しみ、癒す…。」

チユの音色に、ゴンフォカルプが微笑んだ。

「その通りです。この二つは、全く異なる魔法なのですよ。」

その音色を奏で、ゴンフォカルプは、そっとティーカップへと口付けした。

その口へと流れていく紅茶からは、安らぐ香りが揺れている。

「でも、どうして、私が…。」

ソーサーと重なるカップの音色が、柔らかく響く。

「一つは、世界の歪みが生じているということです。」

「歪み…、世界の…。何か起きたということですか…?」

「はい。貴女もご存知の通り、魔王と勇者が手を取り合いました。それは、とても良いことです。」

扉の隙間から流れた風が、小さく揺れる。

「ですが、悠久に紡がれてきた歴史から見れば、それは不協和音。そう捉えることもできます。」

その風に、湯気が舞う。

「或いは、これから世界を揺るがす何かが起こるのかもしれません。」

「崩壊するということですか…?」

チユは、震える音色を紡ぐ。

その吐息が、柔らかな香りへと混ざりゆく。

「何が起こるのか、或いは、既に起きているのか…。それは、わかりませんが、神は、この時代を選びました。」

「…もし、これから起こるのだとすれば、みんなが…。」

震える声、チユの奏でる音色が、ティーカップの水面を揺らす。

それは、香りを霧散させる様に、部屋に溶けていった。

「ふふ、怖がることはありません。成すべき事を、成せる。そう確信したからこそ、神は選んだのです。」

その一つ一つを拾い上げる様に、ゴンフォカルプは微笑む。

「貴女は、選ばれました。貴女なら、それができると、神は委ねたのです。それは、魔王が選ばれた様に。そして、勇者が選ばれた様に。」

ただティーカップを彩っていたチユの瞳が、ゴンフォカルプを掴む。

「神様が…、選んだ…。私を…。」

「はい。それは、きっと、魔王を選ぶより、勇者を選ぶより、深いところにある。」

再び、紅茶を口へと注ぐゴンフォカルプ。

「貴女の一族を、陰ながら見守ってきた私たちは、そう信じております。」

その吐息に揺れ、ベリーの香りがチユの鼻を擽った。


「以前、宝珠を生み出す者の噂を、耳にしました。」

小さな沈黙が彩られた部屋に、音色が波紋を奏でる。

「荒野をかけていく姿が、最後の足取りです。」

その旋律に、チユは吐息すら忘れる。

「信じ難い噂でした。そもそも、宝珠を生み出すものが生まれたなどと、誰が信じましょうか…。」

チユさえも、知らなかった。

何も知ることなく、知ろうともせず、平穏に生きてきた。

忍び寄る影が、その家族へと触れるまでは。

「ロベリアさんから、チユさんの魔法を聞くまでは…。」

ゆっくりと、窓へと向けられるゴンフォカルプの瞳。

それにカノンする様に、チユは顔を上げ、窓へと瞳を移す。

「ですから、今は確信しております。間違いなく、その噂の方こそが、ルナさんでしょう。」

ベリーの香りが、鼻を擽る。

ただ、それに触れられるほどの力が、チユには芽生えなかった。

「そして、二人の灯火は、繋がっている。ルナさんが生きている限り、貴女は生き続ける。その逆も、然り。」

最も、聞きたかった言葉。

「つまり、ルナさんは、今もどこかで、生きてます。」

そして、チユの歩むべき道の全て。

「チユさん、旅をなさい。そして、できるだけ多くと触れ合い、寄り添い、支えるのです。きっと、それは、貴女の糧となり、必ず、ルナさんとの再会へと、導かれるでしょう。」

ゆっくりと、ティーカップの縁へと紡がれた唇が、柔らかな香りに触れた。

「はい。…必ず、会います。」

その香りを逃さぬ様に、チユは強く頷いた。



木漏れ日の色彩が、瞳を彩る。

この、森の最果てが、こんなにも美しいものだとは、来た時には気づかなかった。

ゆっくりと見上げる空。

それは、青く澄み渡っている。

チユは、それを掴む様に、手のひらを掲げた。


強く握りしめる拳。

そこから奏でられる震えが、心へと響く。

「ルナお姉ちゃんは、生きている…。」

綻ぶ瞳から、数えきれない雫が詩う。

それは、温かな陽光に煌めいていた。




だが、それを蝕むのもまた、宝珠。

それは、描かれた理を超越する混沌。

レーヌの奏でた禁呪に触れ、底知れぬ欲を取り込んだ色彩。


宝珠は、選ぶことをしない。


故に、それらが、混ざり合う。

それが、織り成す影。

その影が、チユの抱き続けた希望へと手を伸ばす。


小さな森へと溶け込んだ影は、二人の少女を呑み込もうとしていた。



「リュパン…。」

森の奥へと響き渡る声を、聞き間違えるはずなどない。

震える手を包み込む様に、ルナが抱きしめる。

「ステラちゃん…。」

縋る様な音色が、木々の隙間へと消えていく。

囲む様に息を潜める魔獣たちも、怯えを隠すことができずにいる。


ここは、安全。

そう言い切っていたけど、本当にそうなのだろうか。

響き渡るリュパンの声に、不安だけが侵食してくる。


「見つけ…た…。隠れても……無駄だ…。」

遠い空に反響する音色。

その言葉が真実かは、わからない。

ただ、それが偽りである確証はない。


故に、真実であれば、ここに留まり続ける限り、道が消える。

きっと、魔獣たちも、その灯火を奪われてしまう。


「逃げよう。できるだけ早く、できるだけ遠くへ…。」

ルナを見つめ、吐息に奏でる。

それを拒む音色は、無い。

立ち上がることなく、ゆっくりと進む。


来た道の対極。

そこを抜ける刹那、ユニとコンに跨り、荒野を駆け抜ける。

ぴょんぴょこ隊も、がじがじ隊も、ユニとコンにぶら下がる。

乗り切れない子たちは、がおちゃんにぶら下がり、みんなで駆け抜ける。

遠くまで見ることのできるピヨちゃんなら、きっと、安全な場所を見つけ出してくれる。


「きっと、大丈夫。みんな、足が早いもの。」

みんなを鼓舞する様に、何より、自分自身を鼓舞するために、その旋律を奏でる。

「うん、ステラちゃんの考えなら、信頼できるよ。行こう。」

ルナが、力強く頷いた。

それにカノンする様に、魔獣たちも歩み始める。


吐息さえも、音を奏でぬ様に。

慎重に、それでいて、刹那を掴む様に早く。


やがて見えてくる、空から紡がれた光。

それを掴む頃には、既にかけ始めている。

それを叶えるために、少しずつ色彩を整えていく。

「準備は良いかしら?」

そっと囁く音色に触れ、ルナは周りを見たす。

「うん。」

「…こっちも、大丈夫そうね。」

幾つもの吐息が、共鳴する。


「行こう。」

風を切り裂く蹄の音色。

「そこに居たのか、私の物…。」

遠くに響く、リュパンの声。


震える手で、鬣を握りしめる。

その声が、もう二度と背中に触れぬ様、魔獣たちは荒野を駆け抜けた。



そこに在るのは、一つの祈り。

誰も変わることのない、唯一の願い。


大切な温もりを、決して失いません様に…。



空へと紡ぐ想いが、その蹄へと奏でられた。

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