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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
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第六楽章序節

漆黒の森、その果てにある小さな集落。

他の何とも関わらずに、その歴史は紡がれてきた。

おとぎ話から続く残響、その、ただ一つを守る為に。


「チユさんですね。私は、ゴンフォカルプと申します。」

木々を抜け、木漏れ日の中に潜む小さな広場に触れた時、その色彩を瞳に彩るチユへと、音色がそよぐ。

振り返ると、皺だらけの魔族が立っていた。

「こんにちは…。」

恐らく、ロベリアから何かが伝わっているのだろう。

それでも、何故、チユであるとわかったのか。

その計り知れない穏やかさに、指先が小さく震える。

「こんにちは。来ると思っていましたよ。」

柔らかな微笑みが、チユを包み込んだ。


そこに、魔力はほとんど感じない。

チユを迎えたのは、朗らかな笑顔。

「お父さんとお母さんが、ここに居ると聞きました。」

チユは、ゆっくりと紡ぐ。

「まずは、お茶でも…、と思いましたが、焦る気持ちもわかります。」

そう囁くと、集落の奥へと手を差し伸べる。

チユは、それに触れ、誘われるがままに、足跡を紡いだ。

生い茂る草木。

そこが道であるなどと、どれだけ奏でられても信じることはない。

まるで、全てを拒むかのように、棘が阻む。

だが、ゴンフォカルプの歩む僅かな先だけは、ゆっくりと開かれる。

「この先は、私たちにとっての聖域。」

振り向くこともなく囁く色彩が、チユを描く。

「チユさんにとっては、実家のようなものですね。」

ようやく振り向いた彩りには、穏やかな音色が纏うが、少し固い。

「あの、私…、もう覚悟はできています…。」

お父さんもお母さんも、もうこの世界には居ない。

この森に触れるまでに、それは受け入れた。

どれだけ後悔しても、どれだけ嘆いても、それは変わらない。

だから、もう覚悟はできている。

チユは、そう信じていた。

「そうですか。」

再び背中を向けるゴンフォカルプの音色が、僅かに揺れる。

「チユさん、貴女の魔力は、美しい。」

聳え立つ一本の木。

それを包み込むように、膨大な花々が、山を描いている。

それに触れながら、囀りの如く、何かを囁く。

それに呼応するかの様に、揺らめく花々。

その揺めきは、まるで、カーテンを開くように、この先の色彩へと導いていく。


「貴女は、おとぎ話の後継者です。」


それを背に、ゴンフォカルプは微笑んだ。

「どういう…ことですか……?」

おとぎ話の後継者。

そんなものは、聞いていなかった。

ただ、父と母に会いにきただけ。


ゆっくりと、その色彩が森の奥へと広がっていく。

開かれた先に彩られるのは、広大な丘。

どれだけ目を細めても、その先が見えない。

そこを埋め尽くすように墓標が並ぶ。

ここは、世界から外れた場所。

そう確信させたのは、虹色の空に見惚れてしまったからではない。

その旋律の全てが、チユへと注ぎ込まれる。

それが、ここが長い歴史の中で、その物語を紡ぐ頭の筆者に触れられなかった、揺るがぬ聖域であることを雄弁に語っていた。


その世界へと、一歩を紡ぐ。

感じる魔力は、どこかゴンフォカルプと似ている。

チユは、彼女へと振り返る。

「貴女は、特別だということです。」

それを待っていたかのように、ゴンフォカルプは微笑んだ。

チユの一族は、魔族でありながら、魔力を持たない。

両親も、祖父母も、その父と母も、連なる血筋の中で、誰一人として、魔力を持たなかったと聞く。

その中で、チユとルナだけが魔力を持ち、チユは治療魔法を奏でた。

それは、今、治癒魔法として開花している。

この魔法は、ブランノワール戦争の遺した傷跡でもあり、メルによって施された宝物でもある。

だが、魔力があることも、魔法が使えることも、魔族にとって普遍的なこと。

何ら、特別なことではない。

「困らせてしまいましたね。」

朗らかな音色が、チユを包み込む。

「いえ…。」

「まずは、お父様とお母様の元へと、お連れしましょう。」


蝶が舞う。

小鳥が囀る。

花の甘い香りが擽る。

その色彩は、どれも存在しない。

歩む先に草が生い茂り、消えていく。


「ここは…、貴女が作ったのですか?」

チユが囁く。

「ふふ、賢い方ですね。ですが、私ではありません。」

ゆっくりと振り向くゴンフォカルプ。

「私の先祖です。」

その微笑みが、チユの瞳の奥へと注がれる。

「貴女のご先祖さまに付き従った、誇り高き私の先祖。彼が彩った世界です。」

その音色と共に、ふたつの墓標へと彼女の手が誘う。

そこに刻まれた名前。

「お父さん…、お母さん……。」

崩れ落ちるように跪くチユの瞳から、数えきれぬ雫が煌めいた。

「終わりましたら、先ほどの入口へ…。私は、そこで待っています。」

背中を撫でる吐息を感じながら、チユは、悠久の如く家族と語り合った。



そよぐ風が、チユの髪を揺らす。

見上げる空は、尚も虹色に煌めく。

ゆっくりと立ち上がるチユ。

「そろそろ、行くね…。」

名残惜しそうに、墓標を見つめる。

振り返り、足跡を紡ぐ。

それを奏でようとした刹那、背中に触れる二つの温もり。

「私も、大好きだよ。…………寂しい…。」

煌めく雫が、足元を彩った。



「もう、良いのですか?」

静かに佇むゴンフォカルプが、柔らかい音色を奏でる。

「はい…。また、来ますから。…何度でも。」

チユは、穏やかに微笑む。

「それは、きっと、喜んでくれるでしょう。」

ゴンフォカルプの旋律が、チユを優しく包み込んだ。

「私も、会えるのが、嬉しいです。」

チユは、小さく俯く。

「それで…、お聞きしたいことがあるのです。」

ゆっくりと紡がれる音色。

ゴンフォカルプは、それを待つ様に、穏やかに見つめる。

「姉のことです。ルナと言います。何か…、何でも良いのです、知っていることがあれば、教えてください…。」

顔を上げ、雫が彩られた瞳で奏でる。

「ルナさんが、どこにいるかは、わかりません。」

柔らかく首を振るゴンフォカルプ。

「ただ、生きていることだけは、確かです。」

その音色が、チユを包み込む。

「どうぞ、こちらへ。お茶でもしましょう。」

チユが言葉を紡ぐより早く、ゴンフォカルプは、手を差し伸べた。

チユは、その手に触れ、開かれた花々を潜った。



二人が、その色彩を抜けた刹那、花々が閉じ、何もなかったかの様に木々が囀る。

揺れる木漏れ日の中、その足音が反響した。

やがて辿り着いたのは、小さな小屋。

「私の家です。…そして、貴女のご先祖さまの家でもあります。」

扉を開き、ゴンフォカルプは小さく囁く。

「私の、ご先祖さまの家…。」

扉を潜ると、いくつもの本が並べられ、小さなテーブルに、ティーウェアが彩られている。

「大切なお客様です。特別なお茶を淹れましょう。」

淡いベリーの香りが、部屋を包む。

窓からは、陽光がそよいでいる。

「あの…。」

チユは、ゴンフォカルプの背中へと紡いだ。

「姉が生きていると、何故分かるのですか…。」

ゆっくりと振り向くゴンフォカルプ。

焚べられた水が、少しずつ湯気を抱き始めている。

「簡単なことです。それは、チユさん、貴女が生きているからです。」

「私が…、生きているから…?」

「はい。先ほどお話しした、おとぎ話の後継者。覚えておられますか?」

父と母に会う前の音色。

ゴンフォカルプの旋律が、心に反響する。

「魔族や人族から見れば、貴女の一族は、魔力を持ちません。」

「はい…。なので、私が異端児であることは、分かっています。」

俯くチユを見つめ、ゴンフォカルプは微笑む。

「いえ、これは、必然です。貴女の一族は、魔力を持たないのではなく、在るべき時に、必要なものを描くために、蓄えているに過ぎません。」

「在るべき時、必要なもの…。」

「そうです。それは、魔族ならば、誰もが知るおとぎ話。そこに紡がれた寓話に隠された、唯一の真実でございます。」

ゆっくりと紡がれる色彩が、チユの心を彩り始めた。

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