第五楽章終節
白妙の新都。
悠久の歴史の中で紡いできた凡ゆる色彩が、芽生えたばかりの都を完全なものへと変えていく。
それは、ケーニヒ王の揺るがぬ意志と、その手腕があってこそ叶った絵図。
それは、集う民に安寧を謳った。
そしてそれは、次こそは守らんとする心を育んだ。
故に、塗り替えられていく法に意義を抱く者は少なく、誰もが剣を握る国へと変わりゆく。
その傍で、ケーニヒ王が力を注いだのは、軍備の再建。
何よりも優先されたそれは、ブランノワールで崩壊した国々の軍部より早く復活を遂げた。
グランシンフォニー、そして、グランコンチェルト。
その二つの師団は、より多くの戦力が残ったグランシンフォニーへと統合される。
その初陣は、世界の傷が癒えぬ今、ファンファーレを纏った。
「花の国の騎士団が、白妙の領地で戦闘を行っている。」
その相手が魔獣であることを、白妙は知っていた。
そして、魔獣がもたらすものも、それを食い止めることが、白妙を救うことも。
だが、ケーニヒ王にとって、最も重要なことは、それではない。
「そうか、戦争を終えても尚、侵略行為を繰り返すか。」
この時を待っていた。
憂う仮面の下で、歪に笑う。
ケーニヒ王の版図が、その色彩を帯び始める。
「花の国に抗議せねばならんな…。」
その報せは、瞬く間に新都を覆い尽くした。
「カプリスとラプソディ。この二つの旅団を派遣しろ。」
それは、グランシンフォニーが誇る、強大な二つの戦力。
向かう先は、魔獣へ抗うために、戦力のほとんどを注いでいる花の国。
その薄くなった壁を崩壊させるには、その半分の戦力でも足りる。
民の喝采を背負い、その旋律は、壮麗な門から放たれた。
荒野を駆け抜ける、その巨大な色彩は、瞬く間に花の国へと伝わる。
「メル様、どうしましょう…。」
花の国に残るのは、都を護衛する精鋭隊と、砦を護衛する親衛隊。
その二つの隊を除き、ほとんど騎士が残っていない。
執政官アリウムは、その中で如何に民を守るかに揺れる。
その色彩を見つめながら、メルは微笑んだ。
「逃げるのよ。」
それは、わかっていた。
そして、逃げる先もわかっている。
「レーヌさんに、また怒られますね。」
アリウムが、微笑みを繕うため息を奏でた。
「毎週、花の国のみんなでお茶会を開いて、毎週、怒られているのだから、平気よ。」
故に、花の国の民にとって、そこが聖域であるという意識は薄れていた。
「それを、平気と言えてしまうメル様が、頼もしいです…。」
アリウムは、小さく俯く。
「あら、私のお家なのだから、私のお友達を連れてくるのは、いけないことかしら?」
イタズラのように微笑むメルに、アリウムは、柔らかく首を振った。
「でも、今回は、私は行かないわ。」
ゆっくりと立ち上がるメル。
「どうしてですか?レーヌ様に怒られるのが、怖いとか…。」
顔を上げ、不安気に奏でるアリウム。
「う…。それも、そうだけど…。白妙の騎士団のみなさんと、おしゃべりしに行くの。」
「待ってください、メル様。危険すぎます。」
アリウムが、慌てて立ち上がる。
「私は、元魔王よ。元勇者だって、一人で魔族の国へ来たのだから、私だって、それくらいしなきゃね。」
柔らかく微笑むメル。
「ならば、護衛を…。」
「その大切な力は、みんなのためにあるべきよ。さあ、始めましょう。」
答えは決まっている。
それは、揺るがない。
そう奏でている様で、アリウムは、これ以上、言葉を紡ぐことができずにいた。
始祖の木。
それは、花の国と漆黒の国に彩られた点在する門。
かつて、メルが施した、小さな挿し木。
それらは繋がり、一つの場所へと導く。
その先に待つのは、レーヌのため息。
「今週のお茶会は、もう終わったでしょう…。」
その音色に、アリウムは固まる。
「今日は、メル様の代わりに、アリウムさんが怒られる日ですか。」
レーヌの冷たい温もりが、アリウムの耳を撫でる。
「そ、それは…、受け入れます…。ただ、今回は…、民を守りたく…。」
今から、月を三度眺めるほどには、怒られる。
その覚悟を決めかねる震えが、紡ぐ言葉へと伝う。
それを見つめるレーヌは、穏やかに微笑んだ。
「冗談です。ちゃんと見ていましたよ。」
その音色と共に、ゆっくりと振り返り、アリウム達を扉へと誘う。
「どうぞ、こちらへ。」
聖域の奥、メルが作り上げた、お泊まり会の部屋。
たくさんの友達を呼んで、幸せを分かち合いたい。
メルが望み続けた色彩を詰め込んだ、広大な部屋は、一度も使われることは無かった。
「メル様は、魔王でしたから…。寂しい思いをさせ続けました。」
聞こえぬほどの囁きを、レーヌはため息の中に零す。
「後ほど、メル様にも来るように伝えますので、御寛ぎください。」
レーヌは、柔らかく紡ぐ。
「ありがとうございます。その時は盛大に迎えられるよう、準備しておきます。」
アリウムが、弾むように微笑む。
「聞こえてしまいましたか…。メル様も、きっと、喜びます。」
レーヌの微笑みが、カノンした。
ゆっくりと窓を見上げるレーヌ。
足元には、ステンドグラスが織り成す色彩が煌めいている。
「どうか、ご無事で…。」
その祈りは、空を舞い、独り歩むメルを包み込む。
白妙の新都から紡がれる街道。
その先にある小さな広場。
そこは、旅人がひと息を奏でるオアシス。
ここと、遠く離れた花の国とを行き来するメル。
手には、何客ものティーウェアを抱えている。
「何人くらいかしら…。全部を運ぶ頃には…、私…、干からびちゃうかも…。」
どこでも好きな場所へいく魔法。
メルが作り上げた魔法は、ピクニック会場を一人で彩ることを可能にする。
ただ、その大きな支えは、大きな代償を伴う。
元魔王とは言え、魔力は有限。
そして、体力はあまりない。
花の国へ戻るたびに、焼き菓子をつまみ食いし、それを糧に奮闘する。
全ては、青空の下でお茶会をする為に。
…いや、戦争に至らぬように、対話する為に。
「わくわくするの。」
その揺るがぬ意志を詩うように、メルは微笑んだ。
あくまで、目的は、戦争に至らぬための対話であると、自ら言い聞かせながら。
全ての準備を終えた頃、カプリスとラプソディは、その鉄の連なりをメルの目前へと紡ぎ始めていた。




