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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
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第五楽章6節

魔獣の連なりが、津波の如く突き進んでいる。

その情報は、白妙にも、グランディオーソにも、既に入っていた。

向かう先は、国境。

予想されるのは、その先である花の国。

その色彩に、白妙は笑い、グランディオーソは焦燥感を奏でた。


荒野をかける蹄の旋律が、鉄の軋みに共鳴する。

掲げられた御旗は、自由を謳う、新たなる称号。

それでも、彼らがグランディオーソという名を捨てなかったのは、今も尚、白妙への恩義を宿し続けたから。

それは、白妙の王ケーニヒに対してではなく、共に生きた民への敬意。

花の国には、かつて白妙に生きた者たちも多くいる。

そこへと繋がる旅路にも、数えきれない民がいる。

そして、その中に、ステラとルナがいる。

これだけの理由があれば、馬を駆らせるには、手に余るほどだった。


「ここから先は、休息を取らない。構わないか?」

グロリオサは、副騎士団長へと問う。

「要ると思うか?親友よ。」

「それもそうだな、イキシア。このまま、魔獣の津波へと突き進むぞ。」

蹄が、より壮大なシンフォニーを奏で、荒野を劈く。

その砂塵は、魔獣の連なりに匹敵する色彩を紡いだ。



それは、山の如く、遠くに揺れる。

目を疑うほどの速度で迫り来るそれは、未だゆっくりと歩むように彩られている。

だが、それが間も無く到達することを、プロテアは感じ取っていた。

「…ここまでか。」

それは、諦めの音色ではない。

むしろ、悦へと至らせる。

望み続けた、騎士としての最後。

どうせ散るならば、戦場に花を咲かせる。

一度は剣を捨てた身、それでも、燻り続けた炎が全てを包み込む。

それは、プロテアにとって、至高の刹那。

「見ていろ、魔獣。華々しく散ってやる。」

微笑みにも似た旋律が、空へと反響する。

掲げた刃が、腕の痛みに少し揺れた。

それを強く握りしめる。

「この先に、家族がいる限り、ここは通さない。」

鬼神。

その圧倒的な気迫に、魔獣は怯む。

リュパンの囁きが齎す呪縛と、目の前に迫る絶対的な旋律が、閃光のように魔獣の目を眩ませ続ける。

それが、プロテアの灯火を繋ぎ止めていた。

力では、遠く及ばない。

それは、プロテアが、最もよく知っている。

だからこそ、悦に浸り、その気迫を奏で続けることができた。

「わかりやすい。お前たちも、生き物だものな。」

貫くのは、常に口の奥か瞳。

願わくば、その色彩を目の当たりにした魔獣が逃げ仰せてくれれば。

その想いと共に、刃が少しずつ砕けていく。

それは、プロテアの灯火を写す鏡のように、煌めいていた。

「ほら、どうした。俺も生き物だぞ。」

爪を捌き、牙を躱す。

巨躯が迫れば、身を翻す。

その隙間に刃を通し、小さく穿つ。

倒さなくていい。

掴み取るべきものは、時間。

家族が逃げるまでの、少しでも多い時間。

それだけを見つめていたが故に、プロテア自身も生き続けることができた。


何よりも心強い旋律を、その身に纏うまでの時間を得ることができた。


誇り高き師団、グランディオーソ。

その到着まで、彼は、生き抜いた。

その姿は、正しく英雄。

かつて鬼神と呼ばれた、その男の煌めきが、戦場に舞い上がる。


「人が襲われている。……いや、鬼が魔獣を襲っている…?」

イキシアが、小さく首を傾げた。

「どちらでもいい、穿つぞ。」

その咆哮と共に、蹄が旋律を奏でる。

靡く御旗、連なる刃。

純白の色彩が、プロテアへと繋がる。


「何だ、幻覚か?」

そうではないことを、プロテアはわかっている。

それでも、信じ難い色彩に、柔らかな微笑みを奏でた。

「墓標は、まだ先に取っておくか。」

再び力を漲らせ、集いゆく咆哮に負けぬ煌めきに、魔獣を貫く。


長剣をナイフの様に振り回す姿に、グロリオサは、一つの噂を思い出す。

「鬼神とは聞いていたが、これ程とは…。」

それが、プロテアであると確信したのは、顔を見たからではない。

迫り来る魔獣を、間合いの中へと入れない捌きに、それを知った。

「これは、楽しめそうだ。」

後ろに続く騎士たちもまた、その姿に鼓舞されていくのを感じる。


連なる刃が魔獣と交差し、空に赤い花弁が舞う。

触れ合う旋律が、互いが英雄であることを知らしめる。

「…グロリオサか。」

プロテアは、囁く。

「嫌か?」

グロリオサは、微笑む。

「まさか。助かったよ。」

「助けが必要には見えなかったがな、プロテア。」

「買い被りすぎだよ。」

「戦場に謙遜は必要ない。」

共鳴する様に響く剣城の音色は、そこに宿る想いを交う。

「殲滅が目的か?」

「時期を見て、逃げるつもりだったよ。」

「そうか、それは良かった。」

触れ合う刹那の微笑み。


「生き延びたなら、分かち合おう。」

互いに刻み合う色彩。

終わりを知らぬ魔獣の波へと溶ける影。

それを見送ることもなく、二人は成すべきことを果たさんと剣を振るう。



陽光は、まだ沈んではいない。

白妙の果てに、旋風が舞い上がった。

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