↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
155/238

第五楽章4節

思い出すのは、最後に立った戦場。

古より続く人族と魔族の争いは、幾つもの戦場を生み出してきた。

数えきれない領地が犇めき合う世界で、その殆どが、人族の白妙か、魔族の漆黒に属していた。

憎しみ合う二つの種族が、互いを滅しようと大地に赤い花を咲かせる。


プロテアは、その先頭に立っていた。

そこに迷いも疑いもなかった。

目の前に立つ漆黒の色彩を打ち破ることだけが、生きる意味であると確信していた。



それが、今も消えない後悔となって、その身の全てに響き続ける。

だからこそ、一度は捨てた剣を、再び握りしめた。

自らが磨き上げてきた腕を、研ぎ続けてきた刃を、今度は、守るために奏でる。

残酷にも、強く燃え上がり続けてしまった灯火の残響を、この刹那にでも掻き消して、一つでも多くを守る。


「それが…、それだけが、俺にできる償い。」

殿へと駆け抜けるプロテアは、小さく囁いた。

「リュテ、すまないな。最後まで教えたかったが…。お前ならできると、俺は確信してる。」

だが、振り向くことはない。

「後は、頼んだぞ…。」

空を見つめる瞳に、想いの全てを託し、魔獣に抗う家族の元へと馳せ参じる。



「喜べ、兄弟たちよ。今日の晩餐は、肉で溢れるぞ。」

風の舞う旋律を彩り、その刃が魔獣を貫く。

「プロテア…。」

既に、幾つかの赤い花が咲き乱れている。

もう立つことさえ叶わぬ者も居る。

その多くが、明日を見失った色彩を、瞳に落としている。

「家族が逃げ切るまで耐えろ。それさえ果たせれば、後は逃げるだけだ。」

プロテアは、空を貫く旋律を奏でる。

「だが、忘れるなよ。得た肉は、必ず持ち帰れ。今夜はご馳走だ。」

生きる。

生き残る。

明日を掴む。

プロテアが命ずるのは、それだけ。

陣形も戦術も、凡ゆる事象を見据えて話し合ってきた。

試し合い、改善し合い、鍛え合ってきた。

「俺に、続け。」

その咆哮にカノンするように、幾つもの剣が煌めく。


「プロテア、アプフェルはどうした。」

プロテアに背を預けた騎士の一人が紡ぐ。

「彼女は、家族の殿を任せた。それは、今も変わらない。」

去り行く星と月の家族の連なりを見つめ、騎士たちは、安堵を奏でる。

「それなら、良かった。」

「だからこそ、土産の肉を忘れてはならん。アプフェルは、食には厳しいからな…。」

「それは、間違いない。」

微笑み合う音色が、これまでの色彩を柔らかく包む。

「だからこそ、切り抜けるぞ。」

その為に、鍛え上げてきた。

強く握りしめた柄が、それを雄弁に語る。



馬の魔獣を追い抜くように爪を振り翳すのは、熊の魔獣。

その爪を受けることはない。

受ければ、抗うことはできない。

だが、磨き上げた剣は、それを捌くことができる。

鍛え上げた体躯は、それを躱すことができる。

それは、プロテアだけではない。

ここに居る騎士の全てが、共にそれを紡いできた。


だが、熊の魔獣が纏う強固な毛皮もまた、人族が紡いできた刃を通すことはない。

たった一匹の魔獣に、複数の人族が囲み、翻弄させる。

そして、魔獣は、彼だけではない。

「ここに墓標を立てる覚悟を忘れるな。」

プロテアが叫ぶ。

「だが、ここで終わってもいいほど、我々は安くない。」

張り上げた旋律。

ここに立つ誰しもが、その灯火の終わりを探してきた。

その終わり方を求めてきた。

「魔獣は、倒すべき仇ではない。」

華々しく散ることが、贖罪であり、生きた意味だった。

「逃げることを厭うな。」

だが、もう、彼らには守るものができてしまった。

「紡げ、明日のために。」

剣と爪の共鳴を貫く音色が、空を穿つ。

「生きよ、愛する者のために。」

プロテアの旋律が、騎士へと連なる。

「諦めぬぞ、守るために。」

カノンする、騎士たちの音色。


それは、消えゆく灯火を、その刹那まで離さんとする意思を紡ぐ。

それが、多くの猶予を育んでいく。

全ては、守るべきものが生き延びるために。


咆哮が、ぶつかり合う。

欠けた刃と爪が、大地へと植えられていく。

そこに咲き乱れる赤い花。

それでも、奏でられ始めた旋律は、色彩を失わない。

静寂と喧騒の入り混じる視界に、小さな短音が響く。

「僕一人の命で、たくさんの明日が守れるのなら、騎士として誇り高い…。」

数え切れぬ魔獣を瞳に刻み、捉え続けるプロテア。

その色彩の隅で散りゆく灯火。

それが奏でる、壮麗たる詩。


「我々は、星と月の騎士団。誇り高き剣聖たちよ。永遠に刻め。」

決して、忘れない。

自らの灯火が途絶える、その刹那まで。

プロテアは、愛するすべての家族を握り締め、熊の魔獣の喉を貫く。



赤い花弁が空を舞い、それを切り裂く魔獣の連なりが流れ込む。

それでも、彼らの瞳には、陽光が差し込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。