第五楽章3節
白妙の新都。
そこに新たに生まれた二つの師団。
グランドシンフォニーと、グランドコンチェルト。
かつての師団の名を冠した二つの連なりは、その栄光を取り戻しつつある。
そして、それは、袂を分ったグランディオーソを凌ぐ戦力へと手を伸ばしていた。
全ては、人族の繁栄のため。
失われた力を取り戻し、魔族を滅する。
ケーニヒ王の瞳には、砂塵と化する都の白と、原初の魔王が発する禁呪の黒が刻まれている。
そして、何より、人族を裏切り、魔王と手を組んだ男、テラの築いた花の国が、覆っていた。
だが、今は、その時ではない。
白妙が力を蓄え、漆黒と花の国が魔獣と対峙する。
彼らの力が削がれた時、白妙の領地で繰り広げられた魔獣との争いの責務を問う。
ケーニヒの心には、第二次ブランノワール戦争の版図が広がっていた。
だからこそ、ただ静かに待つ。
旧都を発ったグランディオーソを野放しにし、その都を手放したのも、その為。
だがそれは、グロリオサの予想の範囲だった。
それでも、その絵図に乗ったのは、たった一つのため。
この地に生きる者を守る。
そしてそれは、宝珠を産む二人の少女を守ることが要となる。
出来れば、ステラとルナには、自由に生きてほしい。
ただ、それも、気づかれぬように見守らなければならない。
それは、その力を持つ者であるが故に。
そして、それを狙う者が、必ず現れると予見しているが故に。
だからこそ、二人を見失った今、見つけ出すことこそが、最優先事項だった。
「謂わば、二人は聖女に等しい。宝珠そのものが、この世界の理を歪ませるほどの魔具。それを生み出す者など、御伽話でしか聞いたことがない。」
グロリオサは、決起の咆哮を奏でる騎士たちに、静かに語りかける。
「だが、二人は自由を生きなければならない少女。そして、その自由を、欲望によって奪われ続けた少女。我々の物差しで測ってはならない。二人を見つけた刹那でさえ、触れ合い続ける時の流れの中でさえ、それを絶対に忘れるな。」
それは、剣に込めた誓い。
故に、魂に刻んだ契約。
グランディオーソを背負い、それを誇る彼らにとっても、それは、同じ。
故に、勇ましく、力強く、その鉄の連なりの旋律は、花の国へと奏でられた。
だが、その道は、一つの連なりとの衝突により阻まれる。
それは、人族と、宝珠に魅了された魔獣との戦い。
その地は、広がりゆく花の国の領地と、衰退を奏で始めた白妙の領地の狭間。
そこに辿り着いたのは、星と月の家族たち。
路地裏で寄り添い合い、生きて来た、大切な仲間。
ステラとルナを守る為、その灯火を賭してリュパンの館へと刃を向けた猛者。
争いを好まずとも、守る為ならば、その剣を翳す。
「馬の…魔獣……なの?あれは。」
それは、連なりの先に歩む影。
見つけたのは、旅路の殿を務めるアプフェル。
「ま、間違いない。あれは、魔獣だ。リュテは何処だ。プロテアに伝えなくては。」
アプフェルと共に殿を務める騎士が、慌てるように叫ぶ。
「さっき、後列の状況を伝えにいってもらったばかりよ…。戻ってくるまでに、まだ少し時間がかかると思う…。」
アプフェルは、震える手を押さえながら紡ぐ。
逃げても隠れても、前列との連携は取れず、混乱が生じる。
だからこそ、情報が伝わるまでの守りの要として、殿を務めている。
そして、それが叶うのは、人族や魔族を相手にした時だけ。
こちらに迫り来るのは、魔獣。
先に立つのは、馬の魔獣だが、その背後には数え切れない魔獣が連なっている。
蹂躙。
その言葉が、アプフェルの心に重く反響する。
「アプフェル、君がプロテアまで伝えにいってくれ。」
青く彩るアプフェルの心を見抜いたかのように、騎士たちが奏でる。
「…。」
この中で、最も軽装で、最も戦力ににならないことを自覚している。
故に、その務めを果たすべき者を選ぶとするならば、それが自分であることも自覚している。
それでも、彼らを置いてはいけない。
その想いに揺れるアプフェルの背中を押すように、騎士たちが微笑む。
「我々は、戦場に生きてきた。アプフェル、君とは違う。案ずるな。」
刃が、陽光に輝く。
それを掲げ、背中で語る。
「ここに墓標を建てるのも、悪くない。だが、守るとなると、プロテアの力が欲しい。急ぎ、頼んだぞ。」
その音色を背負い、アプフェルは、プロテアの元へと駆け出した。
「さて、可愛いペットでも、探そうではないか。」
騎士たちの揺るがぬ瞳が、迫り来る影の塊に、抗いを奏でた。
その影の瞳を彩るのは、彼らの持つ宝珠。
ステラとルナから与えられた贈り物。
そこに宿す、膨大な力。
それは、ルナの一族が魔力を持たぬ代わりに、育まれ続けた魔力にも禁呪にも属さぬ異能。
それは、魔力を宿す者、そして、禁呪を扱う者を魅了する。
故に、宝珠を喰らおうと、その牙を振り翳した。
駆け出す二つの影の塊が、赤い花火を散らす。
その旋律が空に彩られ、陽光が揺らいだ。
思わず振り返るのは、プロテア。
「何か、おかしい…。」
先ほどのリュテからの報告では、平穏が伝えられた。
だが、歪な音色が、ここまで漂っている。
その答えを持ってきたのは、リュテであった。
「プロテアさん、魔獣が…。」
殿へと駆ける最中、アプフェルと合流したリュテは、全てを聞いた。
故に、リュテは、プロテアの元へと戻り、アプフェルは、殿へと戻った。
それが、最も早く体制を立て直せると判断したため。
「リュテ、お前は、人を導ける。守る力もある。いいか、お前がやるんだ。」
プロテアは、口早に奏でる。
「この先に、花の国がある。その境に、廃村がある。地図で見たのを覚えているな。その地図は持っているな。場所は覚えているな。」
「うん。」
「ならば、家族を守り、そこへ導け。それが、お前の責務だ。」
「でも…。」
「お前は、お前の成すべきことを成せ。それが、導く者の責任だ。」
それだけを奏で、リュテの音色を背中に纏う。
プロテアは、刃を抜きながら、殿へと駆け出した。
「僕が…。」
震える手を見つめ、吐息を奏でる。
だが、時間は無い。
リュテは、ゆっくりと顔を上げ、空を見つめた。
「僕が、守る…。」
強く握られた拳を、その空へと掲げ、リュテは、歩み出した。




