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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
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第五楽章序節

雲が空を覆い始める。

陽光は息を潜め、冷たい囁きが頬を拭う。

「雨が降りそうだね。」

どこを見ても、荒野が広がっている。

「隠れる場所がないね…。」

ルナが、小さく奏でた。

「雲から、逃げよう。」

私たちは、向かう先を変え、雲を避けるように駆け出した。


ユニとコンに揺られ、カノンする魔獣へと振り返る。

みんな、楽しそうに走っている。

「追いかけっこみたい。」

ルナの微笑みに、少しだけ、心が軽くなった。

「ねえ、あそこに小屋があるよ。そこで雨を凌ごう。」

見えてきたのは、小さな集落。

ただ、人の気配は無い。

きっと、遠い昔に引っ越していったのだろう。

私たちは、そこを借りることにした。


「みんな、雨が降る前に、小屋に入ってね。」

これだけ小屋があれば、みんな隠れることができるはず。

私は、何とか間に合ったことに、胸を撫で下ろした。

ぽつぽつと肌を弾く水滴が、空を彩り始める。

「隠れよう。」

私は、ルナの手を握り、小屋へと入った。


屋根を弾く雨音、少し漏れる水滴。

小さな窓からは、空を切り取る幾つもの斜線が煌めいている。

それが、何だか気になって、私は窓を覗いた。


「な、何してるの…。」

魔獣達が、雨に打たれながら、駆け回っている。

「楽しそうな香りがするの。」

頬を擦り寄せながら、ルナも覗き込んだ。

「そっか、私たちは雨が苦手だけれども、みんながそうとは、限らないわよね。」

私は、危うく、私の辛いを、みんなに押し付けるところだった。

「…。」

でも、みんなの楽しいは、私も知りたい…。


私たちは、雨の中で戯れた。



少しずつ、陽光が顔を見せ始める。

虹がかかる地平線に、小さな森が彩られている。

「ねえ、あそこに行ってみない?」

私は、ルナへと微笑みかけた。

「木の実を取りに行くの?」

ルナが瞳を輝かせている。

「よくわかったね。」

「だって、お腹が空いたもの。」

弾む音色と共に、私たちは、ユニとコンに跨った。

「ねえ、ステラちゃん。」

「なぁに?ルナちゃん。」

「私ね、あそこでのんびり暮らしてもいいなって、思ったの。」

小さな廃村。

目立つものといえば、綺麗な廃教会。

「花の国は、もういいの?」

あの日、二人で描いた、まだ見ぬ地。

「ステラちゃんは、行きたい?」

ルナが、穏やかに微笑む。

「いつかは、行ってみたいな。でも、やっぱり、リュパンのことが気になる…。」

砂塵に消えていった白妙の都。

あの後、リュパンがどうなったのかも、どこにいるのかも、今も私たちを探しているのかもわからない。

でも、もし、すぐそこにまでリュパンの手が及んでいるのなら、私たちは、人里へは行けない。

きっと、誰かを巻き込んでしまうから。

「あそこで、のんびり暮らそうか。」

ずっと、リュパンから逃げることだけを考えて、歩いてきた。

でも、たくさんの人と出会い、魔獣達と共に旅路を紡いできて、もういいのかもしれないと思った。


だから、私は、ルナの想いに、微笑んだ。


私たちの帰着点。

名も無き廃村は、ようやく手にした楽園へと彩られる。

私たちは、ただただ、それだけを夢見て、森へと揺られていった。



雨の香りが漂う森は、小さな音色を彩っている。

赤く揺れる木の実が、私たちを包み込んでいた。

「不思議な木の実だね。」

「食べれるのかな?」

「どうだろう…。香りは、美味しそうよ。」

「食べてみてもいい?」

「ルナちゃん、生はちょっと…。」

「こっちの果実は?」

「…食べてみる?」

「うん。」

奏でるように囁き合い、一つの果実を手に取る。

「ごめんね、ひとつ分けてね。」

ふわりと香る甘酸っぱさが、私たちを癒してくれる。

「どきどきするね…。」

「初めてのものは、ちょっと怖いものね。」

「でも、美味しそう…。」


私たちは、分け合った果実に齧り付く。

「すっぱぁい。」

ぽろぽろと零れ落ちる、宝珠へと彩られた雫。

何となく予想していた旋律が、虹を駆け抜けた。


「と、とりあえず、蜜をいっぱい集めて、クッキーにしよう。きっと美味しくなるから、きっと。」

「うん。クッキー大好きだから、嬉しい。」

「木の実は、ぴょんぴょこ隊も食べてくれるし、ピヨちゃんは、いつの間にかご飯食べてきてるし、村には草むらもあるから、ユニちゃんとコンちゃんとガオちゃんのご飯も大丈夫そうだね。」

「ねえねえ、お花の種が、いっぱいあるよ。」

「本当だ。誰かが集めたのかな?」

「人が居るのかもしれないね。」

私たちは、顔を見合わせた。

「探してみよう。」

弾む音色が、溶け合った。


ただ、どれだけ探しても、手がかりさえ見つからない。

少しずつ、空が茜色へと移ろいでいく。

「ねえ、諦めようか…。」

「うん…。もうへとへとなの…。」

私たちは、小さなため息と共に、草むらに座った。

「寝ちゃいそう…。」

「私も…。」

森の外では、ユニとコンが待っている。

やがて、月が彩り始める頃、それを思い出した私は、慌てて目を開いた。


ただ、私は、動けない。

動くわけにはいかない。

それをしてしまうと、崩れてしまう。


私の体中によじ登っている、たくさんのリスの山が…。


「ルナちゃん…、ルナちゃん、起きて。助けてほしいの…。」

すやすやと吐息を奏でるルナを、ゆっくりと揺らす。

リス達が零れ落ちないように…。

「た、助けて…。」

その音色が、ようやく届き、ルナが、私の膝から起き上がる。

「わ…、ステラちゃん、可愛いね。」

「うん、リスは可愛いね。でも、助けてほしいの…。」

ルナの手のひらを伝って、降りていくリスたち。

彼らが、頬を膨らませている。

「お、怒らせちゃったかな…。」

私は、不安の中に音色を零した。

「違うみたいなの。ほら、種をお口いっぱいに入れてるよ。」

あの集められた種は、リスの宝物だったみたいだ。

「人じゃなかったのね。」

「そうみたい。」

私たちの笑い声が、星に揺れていた。



空に揺れる星と、ユニとコンに揺れる私たち。

そして、なぜか私の上で揺れるリスたち。

「どこまで、ついてくるのかな?」

私は、肩に乗るリスを撫でながら囁いた。

「もしかして、宝珠を食べさせちゃったりしたの?」

「食べさせてないよ。」

ただ、酸っぱい果実を食べて、宝珠は溢れちゃったけど…。

「そうなの?なら、どうしてついてくるのかな?不思議ね…。」

ルナが不思議そうに、リスを見つめている。

「ねえ、この子たち、魔獣だよ。」

ルナが、何かを見つけたように微笑んだ。

「どうして、わかったの?」

私は、ルナへと振り向く。

「ほんの少し魔力が漏れているのと、あと、牙があるの。この子たち、肉食なんだね。」

「え…、わ、私のこと、食べないでね…。」

ルナの一言に、私は、少しだけ震えた。



ようやく村に戻ると、ぴょんぴょこ隊が、積み重なり、大きな塔を紡いでいた。

そこに込められた想いは、ルナに通訳してもらわなくても、何となくわかる。

「ご、ごめんね、遅くなって…。怒ってるわよね…?」

私の音色と共に、その塔が崩れ落ち、私へと傾れ込む。

「え、何で…。」

正確にいうなら、それは、リスへと体当たりしていた。

「ちょっと、ケンカはダメよ。」

私は、思わず止めに入る。

その刹那、ぴたりと止まる両者、行き場を失った私の勢いに、私は派手に転んだ。

集まるぴょんぴょこ隊とリスたち。

少し擦りむいたところを、代わる代わる舐めてくる。

「あはは、くすぐったいよ。」

笑い転げる私。

「やっぱり、ステラちゃんの言うことを、ちゃんと聞いてるの…。不思議…。」

それを見つめながら、ルナは探偵のように囁いた。



月が、ふわりと村を照らしている。

私たちは、小屋の中で安息の吐息に身を委ねている。


外を走り回るのは、リスたち。

そこは、村の畑。

小さな穴をたくさん掘り、頬張った種を蒔いていく。

その忙しない色彩に、ぴょんぴょこ隊は目を覚ました。

彼らは、知っている。

リスたちがしていることを。

そして、何をすれば、素敵な夢が咲くかを。

それは、本能なのか、宝珠の力なのかは、わからない。

ぴょんぴょこ隊は、近くの川へと連なり、口に含んだ水を、畑へと噴射する。


その奇妙な色彩は、月が眠るまで奏でられ続けた。



「おはよう…。」

ルナと共に、小屋を出る。

「あらあら、リスさんたちは、がじがじするのが好きなのね。」

その光景に、ルナは微笑んだ。

それは、小屋という小屋を、リスたちが齧っているところだった。

「噛まれなくて、良かった…。」

私は、その色彩に昨日の夜を思い出す。

それは、私に安堵のため息を奏でさせた。


「この子たちは、がじがじ隊に決定ね。」

ルナの声が弾む。

「ルナちゃんの命名の感性は、いつも最先端の先をいくね。」

私は、その素敵なルナの旋律に、胸がときめいた。

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