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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
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第四楽章終節

繋がる空。

見上げる彩りは、何処も同じ。

ただ、そこに紡がれる想いが変わるだけ。

故に、そこへと収束する。

その中心に在るのは、純白に斑らの金色を奏でる宝珠。


「あれは…。」

私は、慌てるようにルナを抱え、草むらへと隠れた。

「もごもご…。」

ルナは、抑えられた口を動かし、吐息を漏らす。

「ルナちゃん、ごめんね。少し、静かにしてほしいな…。」

私は、出来る限りの小さな音色で、ルナの耳へと囁いた。

あれに見つかれば、私たちの全ては、終わる。

ぴょんぴょこ隊も、震えながら、草むらの中を鬩ぎ合っている。

唯一の救いは、ユニもコンも、少し離れた草原で、お腹を満たそうと、その柔らかな音色を奏でている事。

故に、あれに見つかる事なく、去るのを待てば良い。


息をすることさえ、恐怖に震える。

自らの鼓動が、あれに届かないかと、不安が全身を包む。


どうして、こんなところに。


その答えなど、見つかるはずもない。

草むらから顔を覗かせ、その色彩を見ようとするルナを必死に抑えながら、私は願った。

ただ、あれが一刻も早く去る事を。


私たちに、気づいているのか…。

その影が、私たちを包むように、行き来している。

だが、何処に潜んでいるかまでは、気づいていないはず。

もし、気づいているとすれば、既に襲われているはずだ。

瞼を固く締め、ルナの手を握りしめる。


早く去って…。

その祈りだけが、私の中に反響していた。

それを、鼓動が劈く。


この音を、掻き消して…。

そう願う事しか、私にはできない。


「虎さんだ。」

願いは、叶った。

鼓動は、掻き消された。

ルナの、弾む音色によって。

「そうよ、虎さんよ。逃げなきゃ。」

確実に、気づかれた。

もう間に合わない。

何故なら、虎は足が早くて、私は足が遅い。

その上、ルナを抱えている。


私は駆け抜けた。

その後ろを歩く虎。

その大きな影が私を覆う。

それでも、私は諦めない。

故に、全ての力を出し切って、駆け抜ける。

その後を歩く虎。

私を覆う影は、その色彩を変えることさえない。

もう真後ろに迫っている。


いや、ずっと、真後ろに迫ったままだ。

そして、ルナが大人しい。

いつもなら、追う者にクッキーを投げつけたり、追う者の想いを奏でたり、何かと賑やかなはずなのに。


私に過ぎる不安に、全てが凍り付く。

私に背負われたルナは、もう食べられてしまっている。

それでも、まだ間に合うかもしれない。

私を捧げ、食べられている隙に、ルナに逃げてもらう。

それしか、もう選択肢はない。

刹那に、思考を巡らせ、その答えを掴み取る。

それと同時に、私は振り返った。


必死に駆け抜ける私の背で、歩いて着いてくる虎と戯れるルナが、私の瞳に彩られた。

「何してるの…。」

「虎の魔獣さんと、遊んでいるの。」

私の奏でる問いに、無垢な笑顔を彩るルナ。

私は、その場に崩れ落ちた。


「わ、私たちを食べないの…。」

私は恐怖を奏でる問いを、虎の魔獣へと紡いだ。

「食べないよ。虎って言われるけど、僕は草食だから。」

虎のような彩りだが、虎ではない。

獣とは、似て非なるもの。

それが、魔獣。

誰しもが記憶の隅へと手放す真実を、私は思い出した。

「でも、骨も筋肉も、この爪だって硬いから、虎にも負けないよ。」

「そうね…。走るのも早いものね…。」

全速力で駆け抜ける私に、ルナと戯れながら追いつく足の速さ。

その色彩の残響が、私にため息を彩らせた。

「え…、僕は今日は一度も走ってないよ。」

「一緒にお散歩、楽しかったね。」

違うよ、散歩じゃないよ。

私は、走っていたの。

でも、決して、私が遅いわけではないの。

この子が、速すぎるだけ。

「そうよね…。」

そうだと、言ってほしい。

私は、小さな願いを、吐息に奏でていた。

「今度は、三人で並んで歩きたいね。」

ルナの微笑みが、私の心に突き刺さる。

「そうね。私は走っていたけれども…。」

硬い音色に微笑みが混ざり合う私の瞳から、一つの宝珠が零れ落ちた。

「ど、どうしたの、ステラちゃん。」

慌てるように、私を包み込むルナの温かな腕。

「私って、そんなに走るの遅いのかな…。」

その音色と共に溢れ出す雫を、虎の魔獣が、優しく舐めてくれた。

「そんな事ないよ。ステラちゃんは、かけっこの天才だよ。ガオちゃんが、歩くのが早いだけだよ。」

ルナの柔らかな音色が、私の心を撫でる。

「この子の名前、ガオちゃんになったのね…。」

ルナの優しさに、私は、微笑みへと彩られた。

それは、ガオの中に溶け込んだ雫が、宝珠へと煌めきを纏うように。


「ガオちゃんは、どうしてついてきたの。」

私は、ガオ頬を撫でながら問いかけた。

「何だか、楽しそうだったから…。駄目だったかな…。」

顔を伏せ、伺うように見つめる瞳。

「ごめんね、違うの。何か困っていたのかなって。そう思っただけなの。」

私は、ガオの頬を包み込むように、両手を広げる。

「お腹が、空いているのね。」

ルナは、テラの袋からクッキーを取り出し、顔の口へと運んだ。

「ありがとう。美味しいね。お腹は空いていないけど、嬉しいよ。」

ガオは、クッキーを頬張りながら、穏やかに微笑んだ。


「ここには、たくさんの魔獣が居たんだ。」

ガオが、ゆっくりと奏で始める。

それは、私たちが、いつのまにか、魔獣の聖地へと、足を踏み入れていたことを彩る。

「でも、突然、みんなが何かに誘われる様に、何処かに行っちゃった…。」

「ついていかなかったの。」

私は、遠い地へと瞳を彩るガオに、問いを奏でた。

「怖かったんだ。みんな、声をかけても、答えてくれなかった…。元々、話せるのは僕だけだったけど、あの時は、誰も…、振り向いてもくれなかったんだ…。」

顔を伏せ、瞼を閉じる。

そこに彩られた雫を、私はそっと受け止めた。

「みんな、居なくなっちゃった。それに、ここは、誰も通らないから、ずっと寂しくて…。」

「それで、ついてきたのね。」

私は、ガオの頬に身を寄せ、微笑んだ。

ルナも、小さく頷きながら、ガオへと両手を広げた。

「私たちと、一緒に、行こう。」

重なる音色が、ガオの柔らかな毛並みを撫でる。

気づけば、ぴょんぴょこ隊が、ガオに群がっていた。


「我も、その異様な影は、幾つか見た。どの子も、白妙の都へと向いていたよ。」

空を舞っていたピヨが、ゆっくりと降り立つ。

「ステラもルナも、気をつけた方がいい。この先にも、そこへ向かう魔獣が居るかもしれない。」

「ピヨちゃん、おかえり。どこに居たの。」

ルナが、ピヨへと微笑みを奏でる。

「我々は、空で生活している。当然、空に居た。そんな事よりも、わかっているのか。今後も、出会う魔獣が友好とは限らない。」

「うん。これまでが、優しい子たちばかりだったけど、本当は、危険な事だものね。」

私は、強く頷き、瞳にピヨを彩る。

「人族も魔族も、迂闊に近付いていい存在じゃない。本来なら、我々魔獣と、お前たちは、共存はできても、共生はできないものだ。見かければ逃げる、それが、お前たちの取るべき選択だ。」

「一応、逃げてはいるのよ…。」

すぐに追いつかれるけれども…。

「我は、常に、ユニとコンの傍に居ろと言っている。」

「ご、ごめんなさい…。」

「魔獣である我が、何故、魔獣について解かねばならんのだ…。」

ピヨの深いため息が、私たちを包み込んだ。

「まあいい。我々も、空から見ている。何か見えれば、教えてやる。孅いお前たちは、まず、身を守ることを考えろ。」

その壮麗な翼で、私たちを優しく撫でると、ピヨは空へと舞い上がった。


私たちは、砂塵が彩られ始めた大地を踏み締める。

ユニとコンの背に揺られ、その歩は、ゆっくりと蹄を奏で始めた。

幾つもの足跡が織り成す旅路は、気づけば、数え切れない連なりへと奏でられている。

彼らは、いつも私たちを支えてくれる。

私たちの、大切な友達。

だから、必ず守りたい。


振り返り、微笑みを奏でるルナを瞳に彩り、私は小さく頷いた。



遥か遠い白妙の街道。

それが途切れ始める、岩肌の色彩。

そこに刻まれ続ける足跡は、揺らめく旋律に蠢く。

「私の…、もの…。返せ…、私の…。」

繰り返される音色は、宝珠に取り込まれたリュパンの叫び。

それは、未だ、自らが奪い、自らが翳してきた全てが還る色彩の螺旋に、囚われている。

その苦痛と屈辱の絶望が、奥底に犇くリュパンという色彩の核を蹂躙し続ける。

故に、漏れ出す不協和音が、宝珠を呑み込んだ器を傀儡に変えた。


それは、リュパンの意志ではない。

そこに、最早、リュパンと意志は紡がれない。

それが、永遠の中で、宝珠に取り込まれ続けるが故に。


だからこそ、それが滅びる事はない。

それは、ただ欲する。

それは、ただ奪う。

それは、ただ翳す。

それは、リュパンが紡いできた色彩の残響。


宝珠の示すがままに、その根源へと誘われるが如く。

目覚めようと抗う、名を持たぬ無垢なる魔獣を、踏み躙るように。


「ステラ…、ルナ…。私の…返せ…。私のもの…全て…。」

砂塵に溶け込む音色が、空へと澱む。


その音無き旋律は、惑う魔獣へと響き渡る。

それは、知性を持たぬ者から集いゆく。

ゆっくりと、だが、着実に。

その連なりは、せせらぎを穢す汚濁の如く、全てを呑み込もうと蠢きながら。


「取り返せ…、全て…。私のもの…宝珠の…根源。…探せ。」

それは、リュパンを織り成す器へと集う、全ての魔獣へと反響する。

「拒む…者は、蹂躙…しろ…。」

その不協和音は、宝珠に取り込まれたリュパンの渇望を満たそうと蠢き、魔獣に残された心を貪りゆく。

「取り返せ…。取り返せ…。取り返せ…。取り返せ…。」

その揺るがぬ旋律は、魔獣たちの奥深くへと、刻み込まれていく。

故に、その色彩をリュパンへと捧げるが為に、全ての魔獣は疎らへと足跡を奏で始めた。

幾つもの溶岩の触手が、大地を覆い尽くしていくかの様に。


その蜿の行き着く先は、一つ。

ただ、渇望のままに…。

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