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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
149/238

第四楽章13節

水の丘。

それは、花の国の近く、海の見える丘として、旅人に知られていた。

そこは、国境に触れず、人の往来も無い。

穏やかな潮風だけが、そこを彩っていた。


そこを目指す灯火の連なり。

クリビアは、急いでいた。

彼に集う民に纏う、長旅の疲弊。

その先にある、グロリオサとの約束。

「まずは、私の友たちを、安息地へと届けなくては。」

白妙の都跡地で借り受けた馬車は、それまでの数を倍に増やした。

故に、足を止めることなく、休息を奏でることができる。

それは、陽光の煌めきも、月星の彩りも、足跡を奏でる舞台に変えた。

故に、ユズリハは、一つの問いを奏でる。

「なぜ、そこまで急ぐのです。」

その答えこそが、ステラとルナにあった。

それは、ユズリハもわかっている。

だが、これでは、彼らの帰着点へと辿り着くのが先か、この色彩が綻ぶのが先かを争うこととなる。

「すまない。ユズリハ君。君の言いたいことは、わかる。だが…。」

クリビアの音色に、ユズリハは、一つの決断を奏でた。

「僕とプラム、そしてパシフロールは、ここで離脱します。」

揺るがぬ意志が、その瞳を彩る。

「皆さんに施した器具の調整は、もう終わりました。今後、すべき事も、伝えてあります。」

ユズリハの誇らしげな微笑みが、静かな旋律に強く彩られた。

「水の丘への道は、覚えました。僕たちは、先に、ステラさんとルナさんの捜索に加わります。」

グロリオサ率いるグランディオーソは、既に二人の捜索を始めている。

そして、彼らが向かう先が、花の国である事も、知っている。

「とても危険な事だ。それを承知で、言っているのか。」

クリビアの音色。

その意味も、分かっている。

だが、ユズリハには、自信があった。

「僕には、自称剣聖が居ます。」

その音色に、プラムが赤い熱を帯びた顔を振り向かせた。

「それに、僕たちには、パシフロールがついています。」

ユズリハは、その音色と共に、パシフロールに跨る。

「本当に、行くのだな…。」

クリビアの音色に頷き、プラムへと手を差し伸べるユズリハ。

「また必ず会えますよ。なので、さようならではありません。」

その手を取り、パシフロールへと跨る自称剣聖プラム。

「だから、行ってきます。」

小さい影の大きな背を見つめ、クリビアは、微笑みを奏でた。

「いってらっしゃい。直ぐに、会おう。」

彼らへ贈る希望と、行かせてしまったという揺るがぬ旋律への想いに、その手を握りしめながら。

「ねえ、プラム。」

「どうしたの、ユズリハ。」

「ごめんね、巻き込んで。」

「何を言ってるの。置いて行ったら、私の剣が赤く染まるところだったわよ。」

「ありがとう。」

「私は、自称、剣聖だからね。」

「ご、ごめん…。」

ただ、全ての意志に煌めく、クリビアの瞳は、その影が消えるまで、他に触れる事なく、彼らを彩り続けた。



ユズリハの施しにより、その足跡は、綻ばぬ流れを奏で、水の丘へと繋ぐ。

「父さん、僕も行きたいです。」

馬車の隣を歩くクリビアに、ナファルは握る拳の中で強く奏でた。

「ナファル、厳しい事を言うぞ。」

クリビアは、静かに奏で始める。

「お前は、戦えない。何か起きた時、一人で解決することもできない。」

穏やかに、だが、力強く、それは奏でられる。

「お前はまだ、守る側ではない。守られる側だ。それを、見誤るな。」

ナファルは、ただ俯き、その音色を噛み締める。

「でも、ナファル、お前の気高い心を、私は誇りに思っている。」

クリビアの柔らかな温もりが、ナファルの頭を撫でる。

「だから今は、自らを育てることを考えるんだ。」

ゆっくりと、顔を上げるナファル。

「いつか、私が、お前を頼る日が来るのだから。」

クリビアの揺るがぬ瞳に、ナファルは力強く頷いた。

「うん。僕のやるべき事を、頑張るよ。」


ここに至る足跡が、遥か先へと紡がれていく。

そこには、多くの音色が織り成す営みが、確かにある。

そのひとつに、ナファルの決意が深く刻まれた。

それが、いつか、一つの国の拠り所となる。

それを疑う者など居ない。

この空に、陽光が煌めき、月が見守るように。


間も無く空が茜色に染まる頃、地平線の果てに、水の丘が彩られ始めた。



「明日には、水の丘にたどり着く。今日は、ゆっくり休もう。」

クリビアが、穏やかに奏でる。

「最後の一歩こそ、最も危険。父さんの口癖だものね。」

小さな火を囲み、幾つもの影が、晩餐に揺れる。

誰もが、クリビアの音色に耳を傾ける中、ナファルは小さく囁いた。

「そうだな、ナファル。これは、旅路に限ったことではない。しっかりと覚えていて、偉いぞ。」

クリビアの大きな手が、ナファルの背を包む。

「うん。…何度も失敗したからね。」

ナファルの照れ笑いが、柔らかな火に煌めいた。


やがて、大地を見守る色彩が陽光に眠りゆく。

その光を背に、ひとつひとつと、足跡が紡がれ始めた。

そこは、もう近い。


連なる馬車が、柔らかな砂を舞わせていく。

それは、少しずつ水を纏い始め、緑が芽生え始める。

鼻を擽る香りが、帰着点を奏でてくれる。


煌めく蒼が、その瞳を彩る頃、広大な丘に、足跡が刻まれた。

それを彩る旋律が、その先へと駆け出す。

馬車に揺られた色彩が、その地に触れて、歩み出す。

広がるのは、茜色を掴みかけた青と蒼。


「着いたんだね、父さん…。」

弾む音色が、真っ直ぐな地平線へと響き渡る。

「水の丘。ここを、私たちの家にする。」

それは、クリビアの小さな宣言。


それは、後に語られる、建国宣言。

この限りない空に、今、確かに、刻まれた。

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