第四楽章12節
リュパン、彼を知らぬものは、白妙には居ない。
彼は、尊大に満ちていた。
価値なきものさえも、彼が触れれば価値が生まれる錬金術師であると。
彼は、傲慢に満ちていた。
須く、彼の持つ財力に媚び、彼の持つ権力に平伏すべきであると。
彼は、不遜に満ちていた。
白妙を動かしているのは、国王ではなく、彼であると。
彼は、慈愛を持たなかった。
彼にとって、凡ゆるものは、彼の所有物に過ぎない。
全てを奪い、侵し、貪り尽くす。
彼が与えたものは、苦痛であり、屈辱であり、絶望であった。
故に、虚脱が生まれ、悲痛が生まれ、怨恨が生まれた。
それを織り成す一つ一つは、数えきれぬ灯火へと紡がれてきた。
その旅路の先に、彼は、一つの悦楽へと辿り着く。
それは、苛虐。
それを見つけたのは、光の当たらぬアンティークショップ。
そこに並べられた人形が、彼の瞳に触れた刹那、恋に落ちた。
その人形の名は、ステラ。
星を夢見た少女の、麗しく、無垢なる色彩に、鼓動が空へと反響した。
全てを奪い、全てを私のものに。
そして、全てを壊したい。
その不協和音が、彼を満たし、全てをステラへと刻み込んだ。
尊厳さえも奪われ、自らを傀儡と奏で始めた彼女にさえ、彼は歪つな愛を振り翳す。
それを愛と呼ぶ者は、彼だけであるとも知らずに。
だが、彼が、一つで満たされることなどない。
ステラとは、違う嗜虐を、彩りたい。
やがて、自らの奏でる旋律に魅了された彼は、次を欲した。
それは、既に、次を得ている事に等しい。
それは、漆黒の国にあった。
荒野に惑う純白の少女に触れたのは、売れぬものなどないと自負する商人であった。
彼の瞳は、それを壮麗なる天使と彩った。
高く売れる。
その穢れなき旋律は、彼に触れられた刹那、深淵へと堕ちていく。
白妙へと戻る馬車は、彼の館へと向かうより先に、リュパンの元へと参じた。
新しい人形を、手に入れた。
その名は、ルナ。
宵闇に揺れる儚き光の如く、静寂を奏でる少女。
それを穢さんとする、悦なる微笑みが、無垢な天使へと翳される。
だが、その人形の最たる意義は、他にあった。
悦楽のために与えた苦痛に、ルナの瞳から零れた雫が、宝珠を成した。
リュパンは、その価値を、刹那に見出す。
彼は、宝珠に取り憑き、そして、宝珠に呑み込まれた。
砂塵へと散りゆく白妙で、リュパンは、二つの宝珠を貪った。
奇跡を齎す宝珠は、彼の中で混ざり合い、溶けていく。
ただ、その宝珠は、白妙を崩壊させた禁呪に触れていた。
故に、唯一の色彩を奏でることとなった。
彼の中へと沈んだ宝珠が、彼を宝珠の中へと喰らう。
そこは、終わり無き夢。
彼が奪ってきた凡ゆるもの。
彼が与えてきた凡ゆるもの。
彼が生んできた凡ゆるもの。
数えきれぬ、その全てが、彼へと還っていく。
その先に、彼が崩壊しようとも、全てを癒す。
それは、永遠に終わらぬ悪夢を、紡ぎ続けることとなる。
彼が貪った、二つの宝珠。
純白の宝珠は、何も増やさず、何も減らさず、全てを還す。
そして、金色の宝珠は、ただ癒しを与える。
ただ、何を選ぶ事もなく、その色彩を奏で続ける。
そこに遺ったものは、リュパンの奏でる音色が漏れ出す色彩。
それは、混ざり合い、禁呪に触れた、唯一無二の宝珠。
その宝珠に触れたリュパンの器は、砂塵に足跡を紡ぐ。
漏れ出す宝珠の誘惑が、数多の魔獣へと侵食する。
その蠢きが、一つの欲望へと収束していく。
それは、意思無きリュパンの意志。
ゆっくりと、だが、違うことなく。
静寂の中に、蠢いている。
それが、齎すもの。
それを知る者は、未だ、一人として居ない。
唯一、無垢なる天使を除いて。
「くしゅん。」
ユニの背に揺られる天使は、可憐な音色を奏でた。
「ルナちゃん、大丈夫。」
コンの背に揺られ、私は、ルナの顔を覗き込む。
「うん。ありがとう。ユニちゃんの鬣が、お鼻をくすぐったの。」
ルナの微笑みが、陽光に揺れた。
「誰かが、噂をしたのではないか。」
空を舞っていたピヨが、ゆっくりと私の肩へと降り立つ。
「この先に、不穏な影がある。気をつけた方がいい。」
ピヨは、その瞳に彩った旋律を、私たちへと奏でた。
「不穏な影…、どういうことなの。」
私は、ピヨの体中を撫で回しながら、不安を奏でる。
「意思疎通ができそうにない魔獣が居た。つまり、襲われる可能性が高いという事だ…。」
「お友達にはなれそうにないのかな…。」
ルナが、悲しそうに音色を紡いだ。
「絶対に、近づいちゃだめよ。」
「いや、それ以前に、道程を変えた方がいい。」
「そ、そんなに危険なのね…。」
私たちは、ピヨの旋律に震え、答えを手繰り寄せる。
その色彩の末に、歩む道を変える事となった。
その先にあるのは、魔獣の聖地と呼ばれた森。
それは、国境が近いことを意味している。
「ルナちゃん、今までは優しい魔獣さんばかりだったけれども、怖い子たちも居るから、迂闊に近づかないでね。」
私は、縋る様にルナを見つめる。
「うん、任せて。優しい子を、ちゃんと見つけるね。」
ルナの誇り高き旋律に、私は、ため息を奏でることしかできずにいた。
ただ、ルナは、これまでも、私たちと魔獣を繋げてきてくれた。
いつも私たちを乗せてくれるユニもコンも、いつもお願いを聞いてくれるぴょんぴょこ隊も、いつも空から見守ってくれているピヨや鳥の仲間たちも、全部、ルナが繋げてくれた。
「みんなと出会えたのは、ルナちゃんのおかげ。ありがとう。」
私は、ルナへと微笑みを奏でる。
「私の方こそ、ありがとう。みんながついてきてくれるのは、ステラちゃんのおかげだもの。」
ルナの柔らかな音色が、私を優しく包みこんだ。
その旋律の意味を、私は、まだ知らない。
「それは、ルナちゃんもでしょう。みんなで一緒に旅したいと、言ってくれているのでしょう。」
ルナは、宝珠を取り込んだ魔獣の心の色彩を見ることができる。
だからこそ、私の知らないことも、知っている。
ルナを通して、この子たちの嬉しいことも、辛いことも、私は知ることができる。
だから、私にできることが、増えていく。
全部、全部、ルナのお陰。
ルナが居てくれるから、私は、この子たちと仲良しになれた。
「みんな、ステラちゃんが一番好きなの。」
ルナの微笑みが、私へと彩れる。
「でも、私が一番、ステラちゃんのことが大好きなの。」
その誇らしげな音色に、私の顔が赤く燃え上がる。
「わ、私だって、一番、ルナちゃんのことが大好きだもん…。」
「ミー。」
ぴょんぴょこ隊の連なりから抜け出したモコが、私の頭へと飛び跳ねた。
その可憐な眼差しが、私の頭から覗き込む。
「モコちゃんも、大好きよ。みんなのことも、大好き。」
私は、モコの頭を撫でながら、柔らかな吐息と共に、微笑みを奏でた。
「いたたたたたた。」
モコが、撫でる私の手を齧りだす。
「ねえ、ルナちゃん、ねえ。本当に、この子たち、好きでいてくれるの。」
私は、零れる雫に、悲痛の問いをルナへと奏でた。
「いたた。モコちゃん、すぐに齧ってくるのだけれども…。」
私の手を齧りながら、ぶら下がるモコ。
「モコちゃん、嬉しいや楽しいが溢れ出すと、齧っちゃうみたい。」
ルナの可憐な色彩に、少し痛みが和らぐ。
「そうなのね…。それなら、我慢するわ…。」
モコを私の前にのせ、思う存分に齧ってもらうことにした。
「でも、いたあい…。」
穏やかな陽光に、私の旋律が響き渡った。




