第四楽章11節
グロリオサが、ブランノワール戦争の決戦の地に立っていたのは、グランディオーソ騎士団長であるが故。
彼は、この白妙の都の崩壊を目の当たりにしていた。
ケーニヒが奏でた、偽りの勇者グラヨル。
彼が齎した禁呪に触れ、原初の魔王レーヌが蘇った。
世界を守るべく、傷ついても尚、立ち上がる勇者テラと魔王メル。
その末に、ただ身を寄せ合う事だけが抗いの旋律となった二人を嘲笑うかの様に、それは放たれた。
砂塵の詩。
レーヌが持つ凡ゆる禁呪の一つ。
全てを砂へと還す呪い。
その崩壊は、世界に及ぶ。
それを確信したとき、テラとメルによって、それは防がれた。
自らの禁呪によって、消えゆくレーヌ。
だが、その灯火は、未だ潜んでいる。
故に、この世界を滅するのは、偽りの勇者を紡ぐことが可能なケーニヒか、原初の魔王であるレーヌか。
唯一の救いは、レーヌと魔族に繋がりがあるとは思えなかった事だ。
それは、ブランノワール戦争が幕を下ろし、新たな火種へと彩りを変えたという事。
それが、グロリオサが捉えた答え。
御伽話の時代より、繰り返された歴史の終焉。
その、一つの色彩であった。
「そして、もう一つ気がかりなのが、リュパンの存在だ…。」
再会したクリビアを執務室へと招き、グロリオサは静かに紡ぐ。
その音色は、二つの影のみを包み込む、静寂の部屋に反響する。
「彼は、消息不明と聞いています。」
クリビアは、彼をよく知っている。
故に、それが齎すものも理解できる。
だが、彼は、崩壊と共に全てを失ったことも知っていた。
それが、何故、今更。
その答えは、グロリオサの紡ぐ旋律が彩った。
「彼は、何かしらの魔法を手にした。」
人族が、魔法を持つことなど考えられない。
「グランディオーソの騎士が何人か、消息を絶った。そして、その全ての騎士が直前に接触していたのは、リュパンだ。」
だが、彼は、その財力を以てして、凡ゆるものを手に入れてきた。
「これは、あくまでも噂だが…、彼に触れられた騎士が、溶け落ちたと…。馬鹿げているのは、わかっている。しかし、鎧だけが残されていた事実を考えると…。」
彼の魔法の根源。
それには、ひとつ、心当たりがある。
それは、ステラとルナの生み出す宝珠。
そこに込められた魔力が齎す奇跡。
息子であるナファルは、ステラの宝珠によって、怪我が癒えた。
それを、クリビアは目の当たりにしている。
そして、彼が紡いできた冒険の色彩の中で、見つけた御伽話。
それが、導くもの。
リュパンがもし、何かしらの方法で宝珠を取り込んでいたとしたら、その魔力は、その身から奏でられる事となる。
そして、リュパンは、それに満足する事はない。
多くの時間を要さずとも、更に欲するようになるだろう。
その繋がりが、クリビアの懸念する彩りを織り成すものであるならば、ステラとルナが危ない。
「リュパンは、もう此処には居ないと考えて良いのですか。」
クリビアは、その揺るがぬ眼差しで、グロリオサを握りしめた。
「そう考えて間違いない。そうでなければ、未だ誰かが消えているか、我々が捕らえている。」
「捜索しましょう。私も、私についてきてくれた騎士達も、動くことができます。」
「いや、クリビア殿。貴方は、向かうべき場所があるのでしょう。それに、守るべき者たちも。」
グロリオサは、クリビアの肩を包み、穏やかに首を振った。
「…リュパンの行方、その心当たりがあります。ただ、本当に、そこに繋がるかは、わかりません。」
クリビアの心に彩られる、無垢なる二つの色彩。
「ステラとルナ。二人の少女が、リュパンに狙われているかもしれません。」
「クリビア殿、彼女たちの行方は分かるのか。」
グロリオサは、その強い眼差しに、縋る想いを僅かに溢した。
「私には…。ただ、路地裏で彼女たちと関わりが深かったユズリハ君であれば、もしかしたら…。」
ステラとルナは、鍛冶屋の村に滞在していた。
そして、ユズリハとプラムが旅立つ前に、そこを発ったと聞いている。
クリビアとグロリオサは、ユズリハの元へと足音を紡いだ。
クリビアに付き従う騎士たちは、みな傷痍軍人である。
故に、ユズリハの培った才覚が、此処に花開く。
「これで、みなさんの補助具は揃いましたね。どうですか。不便があれば教えてください。」
それは、ユズリハの生き甲斐でもある。
彼は、剣を持たず、剣に魅力を抱くこともなかった。
だが、父は名を馳せた鍛冶屋。
その狭間で揺れ続け、見出した色彩こそが、ここに彩られている。
「無いようでしたら、この器具の素晴らしい点を解説していきたいと思います。まずは…。」
「ユズリハ君、素晴らしい御高説を奏でているところ、申し訳ない。少し聞きたいことがある。」
「今から奏でようとしていたんだよ…。」
ユズリハは、有無を言う間も無く、執務室へと連れて行かれた。
「ステラさんとルナさんに、何かあったのですか。」
問いに答えるより先に、ユズリハが不安の音色を奏でた。
「何も起きていないよ。ただ、グロリオサが、彼女たちに会いたいそうなんだ。」
クリビアが、穏やかに微笑んだ。
「クリビア殿から、素晴らしい人だと聞いてな。ぜひお話を伺いたく思ったのだ。どうだ、行方を知っているか。」
グロリオサは、ユズリハへと視線を合わせ、穏やかな色彩を繕う。
「花の国の方へ向かうと言っていました。ただ、花の国に行くかは、わかりません。」
グランディオーソの旅路が、ここに定められた。
「グロリオサ殿、やはり、私たちも…。」
クリビアは、再びグロリオサへと紡いだ。
「私の家族たちに此処で待機してもらえば、私たちも安心して同行できます。」
揺るがぬ眼差しに、グロリオサは、微笑みを奏でながら目を伏せる。
「クリビア殿。そのお気持ちは、本当にありがたい。貴族でありながら、自らが奏でようとする、その御心も、尊敬します。」
グロリオサは、クリビアを巻き込みたくはなかった。
彼は、必ず名君となる。
彼の輝く場所は、戦場ではなく、玉座にある。
故に、傷つくことも、傷をつけることも、あってはならない。
「これは、軍人としての助言です。指揮する者を失えば、軍は容易く綻ぶ。故に、貴方が動かすべきは、手足ではなく、此処です。」
それは、知識であり、知恵であり、心である。
「ですので、貴方たちが、水の丘に辿り着いた暁には、貴方の騎士団の力を、お借りしたい。」
これ以上は、譲れない。
そして、これ以上の望みもない。
傷を負っているとはいえ、クリビアの騎士団は、名を馳せた者が多い。
その手を借りれるのであれば、グランディオーソとしても心強い。
「…わかりました。水の丘に辿り着くことができれば、強い守りに固める必要もありません。喜んで、友を送りましょう。」
クリビアも、それを理解している。
此処で想いを奏でても、それが良き色彩へと紡がれる事はない。
故に、クリビアとグロリオサの音色は、ここに共鳴した。
「僕たちも、クリビアさんに同行します。騎士団の皆さんに施した器具の調整もしなければならないので…。」
この旅路の始まりは、想定より早かった。
故に、これから行うはずだった調整ができずにいた。
だからこそ、その答えが揺らぐ事はない。
それは、補助具を紡ぐ鍛冶屋としての誇り。
「では、明日の暁とともに、ここを発とう。ユズリハ君、本当に感謝するよ。」
クリビアは、ユズリハの背を撫で、穏やかに微笑みを奏でた。
「え、もう旅立つの。」
この日、プラムは、グランディオーソと共に剣の鍛錬に励んでいた。
故に、何も知らない。
星々の彩る空の下に佇む、小さな小屋。
そこで奏でられる音色は、明日、ここを発つことと、それに至るまでの、ユズリハの知る全て。
「うん、それで、つまり、どういうこと…。」
それが伝わるまでに、ユズリハは、七度、同じ音色を奏でた。
一度目の音色で、全てを理解したパシフロールと共に、凡ゆる旋律へと紡ぎ直しながら。
「つまり、みんなと水の丘に行ってから、ステラちゃんとルナちゃんに会いに行くのね。」
それだけで納得してくれるのなら、この時間は何だったのかと、ユズリハとパシフロールは深いため息を奏でた。
空は陽光を掴む。
そこには、雲が覆い、焼き付けるような熱が、そこに包み込まれる。
その音色は、幾つもの雫へと奏でられた。
それは、ここに集う灯火に弾かれ続ける。
襲いかかる運命に抗う色彩のように、その意志を奏でる咆哮のように。
その一歩が踏み出された刹那、目指すべき道の先に、陽光が雲を貫いた。




