第四楽章10節
白妙の国グランディオーソ領。
かつては、そう呼ばれていた。
だが、白妙の都の崩壊と共に、ケーニヒ王が移り住み、此処が都と成った。
第一師団が治めていた地であるが故に、白妙を冠するに相応しく、元より絢爛を纏っていた。
ただ、それは既に過去の色彩となっている。
ブランノワール戦争により疲弊しているはずの白妙が紡いだもの、それは、かつての都を凌ぐ壮麗。
多くの騎士を失い、戦力こそは落ちたものの、未だ追従を許さぬ大国を奏で続けている。
それでも、戦争の齎したものは大きかった。
初めに辿り着いたのは、都を牛耳っていた多くの貴族。
そして、生き延びた騎士達。
その後に押し寄せたのが、数え切れぬ難民であった。
その難民は、失った戦力の補強のために受け入れられた。
だが、それは、脆い剣。
故に、それを鍛え直さなければならない。
ケーニヒは、知っていた。
全てを受け入れ、鍛え直していけば、綻びが生じることを。
大きな財力を成した者は、再び財力を成すことができる。
そこに至らずとも、多くのものを築いてきた者は、その手足となる。
それにすら至らぬ者は、更なる篩に掛けられた。
白妙の盾となれるか、否か。
剣は、そこから這い上がる者を掬い取ればいい。
その蜜が、彼らに彩られる過酷な旋律の糧となる。
故に、路地裏に生きた灯火は、不要であった。
ケーニヒにとって、それは、街を蔓延る穢れに過ぎない。
白妙の都が抱え続けた不協和音を、此処で手放すこととなった。
「後ろの者達は、通す事は許されません。」
絢爛の門を守る騎士。
「彼らも、白妙の都に生きた者たちだ。」
クリビアは、こうなる事を予想していた。
それでも、小さな希望を捨てる事はできなかった。
故に、逃げることさえ知らずにいた路地裏の者たちを引き連れて、ここまで来た。
そして、自らが、リュパンに次ぐ貴族である自負もあった。
だが、ケーニヒの篩に慈悲は無い。
それを、白妙を守る壁の前で思い知らされた。
「クリビア殿、貴方ほどの方なら、わかるでしょう…。通す事はできません。」
この騎士を説いたところで、意味がないことも、クリビアはわかっている。
「そうか。ならば、私だけが入ろう。」
クリビアは、後に続く多くの友に、ここに待つ様に伝え、都へと足を踏み入れた。
目的は、一つ。
既に避難していた妻と子を連れて、白妙を出る。
それは、長い旅路となるだろう。
過酷な足跡を辿ることになるだろう。
しかし、帰着点は、定まっている。
彼は既に、この大陸に夢を見てはいない。
それは、世界を覆う海の向こうにある。
「目指すべき地が決まった。」
妻子を連れて、門を出たクリビアは、そこに待つ友に宣言した。
「この大地の果て、海の丘に、我々の故郷を築く。」
クリビアの描いた街、それは、この世界を広げる地図。
いつか、水の国と呼ばれる静かな丘は、その足跡を彩り始めた。
連なる馬車には、生きる為の多くの色彩が詰め込まれている。
そして、動けぬ者が、残る椅子に触れていた。
「父さんは、乗らないの。」
ナファルが、心配の音色を奏で、クリビアへと問いかけた。
「私は、歩ける。これでも、多くの冒険をしてきた事を知っているだろう。」
クリビアは、微笑みの中に、揺るがぬ瞳を奏でた。
「なら、僕も歩くよ。」
ナファルが、馬車から降りようと、クリビアへ手を伸ばす。
「ナファル、お前は母さんの傍に居てやってくれ。白妙の崩壊の傷が、まだ癒えていない。」
それは、心に刻まれた深い傷。
クリビアの妻、アルメリアは、元より体が弱く、幼い頃から遊びまわることさえしてこなかった。
故に、共に過ごしたのは、彼女の部屋であった。
それでも、その優しさに溢れた音色に触れ続けたクリビアは、想いを紡いでいった。
だが、クリビアは、彼女を何度も待たせていた。
想いを伝えるまでも、伝えてからも、そして、彼が歩んだ冒険の日々も。
だからこそ、ナファルが生まれてからは、傍に居続けた。
それが揺らぐ事は、もう無い。
「ナファル、少し白妙の都に寄ろう。どちらにせよ、通る道だ。」
彼の描いた水の丘は、その冒険の足跡に刻まれた麗しき色彩だった。
いつか、アルメリアとナファルに見せたかった彩り、その夢を叶えることができる。
その旅路を奏でる前に、ここに連なる友と共に、白妙への別れを告げたかった。
そして、その想いは、ここに集う全ての灯火が抱く音色でもあった。
それは、思わぬ再会を紡ぐこととなる。
崩壊した白妙の都。
そこに足跡を刻んだのは、ユズリハとプラム、そして、パシフロール。
「人族の都というのは、随分とさっぱりしているね…。」
最早、何処からか都といえるのかさえも、わからぬ地に、パシフロールは想いのままを奏でた。
「元々は、豪華絢爛だったよ…。路地裏は静かだったけど…。」
ユズリハは、深いため息と共に、穏やかに囁いた。
「私は、これくらいが好きよ。」
腰に手を当て、プラムが微笑みを奏でる。
「そうだね。これなら、僕たちを隔てる壁もない。」
ユズリハの瞳が、プラムを彩り、カノンする様に微笑みを彩った。
「でも、私たちが役に立てそうには、ないわね…。」
白妙と袂を分ったグランディオーソの騎士が、幾つもの影を彩っている。
それらは、新たな街としての旋律を奏で始めていた。
「そうだね。でも、少しだけ見て回ろう。助けが必要な人がいるかもしれない。」
「そうね。騎士は、剣を振るえても、金槌は振るえないものね。」
微笑み合う二人に、パシフロールは、静かに奏でる。
「私は、ここで待とう。魔獣が中に入れば、混乱を生むかもしれない。」
その音色と共に、パシフロールは側の森林へと足跡を刻んだ。
「確かに、見た目は熊だものね…。」
その巨躯を見送りながら、プラムは小さく囁いた。
ユズリハとプラムは、陽光を彩る白妙の都跡地と、月の微笑む森を行き来した。
ユズリハの奏でる槌の音色は、街の再建を目指す騎士達を鼓舞する。
そして、プラムもまた、自らにできる事を奏でていった。
街中を駆け回るプラムの姿は、瞬く間に騎士達の憩いの色彩となっていた。
気づけば、プラムの為すべきことは、騎士達に混ざり、剣を振るうこととなった。
ただ、それは、戦うためではない。
共に汗を彩ることが、彼らのひと時の楽しみとなっていたのだ。
そして、それは、隠れた才覚を開花させる糧となった。
プラムは、お転婆な旋律と共に、その灯火を彩ってきた。
屋根に登り、街を見渡し、瓦礫と絢爛を駆け巡る。
誰も着いてこれぬほどに、その色彩は煌めいていた。
故に、その才覚さえも、然るべきものであった。
プラムは、騎士から貰った剣を腰に彩り、木の上に立っている。
「私が、剣聖だ。」
一度は言ってみたかった言葉。
幼き頃からの夢を、誰にも聞かれぬ小さな色彩の中で、大きく奏でた。
「いつから、剣聖になったの…。」
そしてそれは、翌日には、白妙の都跡地の全ての灯火に響き渡っていた。
遠くで槌の音を奏でていたユズリハの音色に、プラムは、その事実を思い知らされる。
それは、プラムの顔を赤く爆発させるには、充分であった。
今日も、プラムは、焼きたてのパンを配りに駆け回っている。
その色彩に、騎士達は、微笑みを奏でていた。
「世界一の料理人だと思っていたけど、本当は剣聖だったんだね。」
飛び交う賛辞の音色に、プラムの顔は赤く燃え上がる。
「そ、そうよ。剣聖になるんだから、特訓の仕方を教えてよね。」
ついに、プラムは、開き直った。
そして、思わず紡いだ音色は、現実となって贈られてしまった。
秘密の特訓。
それは、白妙の誇る第一師団グランディオーソの剣豪たちによる手解き。
そしてそれは、単独で行える訓練も含まれている。
プラムは、望まずして、本物の剣の舞いを身に刻むこととなってしまった。
それは、森で眠るパシフロールが見た色彩。
連なる灯火と、幾つもの馬車。
疲弊した者が馬車に乗り込み、癒えた者が再び歩く。
クリビアの指揮により、その旅路は想定より早く刻まれていた。
その長い影の最後尾を守るのは、路地裏に生きた元騎士たち。
彼らは、それぞれ失ったものを背負い、消えゆく灯火を紡いでいた。
故に、クリビアから与えられた、守るという使命は、彼らの糧となっている。
襲う者が居らずとも、意味を持つ剣が、穏やかな微笑みを奏でていた。
その音色に、パシフロールは目を覚ました。
草むらから瞳を覗かせ、その色彩を眺める。
その僅かな揺らぎは、戦地を潜り抜けた騎士にとっては、不協和音となる。
故に、草木に隠れきれぬ巨大な影に気づくには、時間は要さなかった。
「熊の魔獣だ。」
空を貫く旋律は、長い連なりを乱す。
だが、彼らの持つ剣は、守る為に研ぎ澄まされてきた。
最後尾に固まる騎士が散らばり、列を整える。
そして、幾つもの抜かれた刃が、陽光を彩った。
退きながらも、鋒を森へと向け、少しずつ離れていく。
パシフロールは、ため息を奏でながら、小さくなりゆく影を見送った。
やがて、その連なりは、白妙の都跡地へと足跡を奏でる。
再び瞳に刻まれる、砂塵と化した生まれ育った地。
その色彩に、あの日々にも失うものがあったのだと、気付かされた。
風に舞う砂が、幾つもの雫を帯びる。
その旋律の中で、アルメリアは馬車を降りた。
一人一人の背を撫で、共に祈る。
彼女には、愛する者と気づいてきた安息の地を、その瞳に刻む猶予さえない。
その時の流れの全てを、共に歩む灯火へと注ぎ続けた。
「新しい家を、みんなでつくりましょう。」
ただ静かに、アルメリアの音色が風に舞う。
それは、そこに集う者たちの耳を、優しく撫でた。
「…クリビアさん。クリビアさんだ。」
その静寂の色彩を粉砕したのは、自称剣聖。
プラムは、その日の黄昏を見る頃には、知る事となる。
今、ここに来たばかりの者たちにも、剣聖ちゃんと呼ばれる事を。
「久しぶりだね。ナファルくん。」
飛びつくプラムに、ナファルは頬を染める。
「みんなも見たことがあるわ。私たちの路地裏とは違うところの人たちよね。よろしくね。」
先ほどまでの静寂が夢であったかの様に、瞬く間に喧騒が彩られた。
そこに集まりゆくグランディオーソの騎士たち。
その幾つもの音色に、クリビアは伝えるべき事を紡いだ。
「近くに、熊の魔獣が潜んでいます。どうか、警戒を…。」
その旋律に、騎士達に緊張が彩られる。
「あ、その子、私たちの友達よ。パシフロールっていうのよ。」
またしても、それを粉砕したのは、自称剣聖だった。
そして、パシフロールが紡いだ想いさえも、ここに崩壊した。
ただ、その危惧は、現実の色彩に描かれる事はなかった。
プラムの人懐こさならば、充分に起こり得る。
そして、危険か否かの判断は、ユズリハが必ずしてくれる。
誰もが抱く二人への想いに、パシフロールは白妙の都跡地へと、迎え入れられた。
「いや、本当に、私が入ってもいいのか…。騎士は見慣れているかもしれないけど、私は魔獣でなくとも、熊だよ。みんな、怯えると思うのだけど…。」
駄々を捏ねる幼子の様に、引き摺られる熊。
そして、それを奏でる少年少女のユズリハとプラム。
それだけで、白妙の都跡地に灯火を紡ぐ者たちの安堵は奏でられた。
「今までだって、そうだったんだよ。みんな怖がって、逃げていった。何もしなくても、私の存在そのものが、脅威なんだよ…。」
パシフロールの必死の説得は、何処にも響かず、遂に、その地へと足を踏み入れる事となった。
「本当に、もう…。知らないよ…。」
諦めた様に、パシフロールは、顔を上げる。
そこに広がっていたのは、木の実を抱えた、白妙の都跡地の民たちの色彩。
「こんな景色を見たのは、初めてだよ…。」
パシフロールは、溢れる雫と共に、想いが零れ落ちた。




