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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
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第四楽章7節

森を進む、連なる影は、向かうべき道を知っている。

それは、一つの交わりに生まれた光。

モフの元から帰ってきたリュテが、預かったお守りと共にプロテアへと紡いだ音色。

「正確には、わからない。でも、こっちの方向だって言ってたよ。」

リュテが指差す先は、白妙と漆黒の国境、その果てにある、花の国。

「ステラちゃんやルナちゃんも、俺たちと同じ考えに至ったのか。」

プロテアの瞳には、ステラもルナも、俗世に疎く彩られていた。

だが、ブランノワール戦争に介入し、その終節を奏でた国を知らぬ方が、違和感を彩る。

「花の国は、戦争に巻き込まれたとはいえ、中立で、穏やかと聞く…。ならば、選ぶ答えも、そうなるか。」

魔族と人族の共存を謳い、それを揺るがぬ色彩へと紡いだ国。

そこならば、この連なる影の、救いを求める手に、触れてくれるかもしれない。

その祈りが、長い旅路を彩り続けた。

「リュテ、お前のお陰だ。ありがとう。」

月と星の家が紡ぐ足跡は、ステラとルナの色彩を辿るように紡がれていく。



そのは遥か先に、二つの影が蹄を奏でている。

「ねえ、疲れていないかな。お休みしてもいいのよ。」

背に揺られ、鬣を撫でながら、ルナは奏でた。

「向こうに草むらが見えるわ。あそこで休みましょう。」

私は、陽光に揺れる緑の色彩を指差し、ルナへと微笑んだ。

「うん。そうしたら、クッキーを焼きたいの。」

ルナの微笑む音色が、風に舞った。


「うさぎさんだ。」

草むらを飛び跳ねる色彩に、私は思わず奏でた。

「可愛いね。でも、少し魔力を感じるの。」

コンから降り、うさぎに触れようとした私は、固まった。

「魔獣かもしれないの。」

うさぎへと差し伸べた手に、痛みが奏でられる。

「痛い…。」

私は、うさぎに噛まれていた。


「ねえ、離して。お願い…、ねえ。」

駆ける三つの影と、追う無数の影。

私は、手を振りながら、齧り付いているうさぎに乞う。

それでも、決して離そうとしないうさぎ。

その色彩は、どこか楽しんでいる様にも奏でられている。

「いたあい…。」

私の奏でる悲痛の音色が、空へと響いた。

「ス、ステラちゃん、コンちゃんに乗って…。」

ユニに揺られながら、ルナが振り向く。

「乗りたいけど、走りながらは、乗れないの。」

元々、体力があるわけではない。

かけっこは自信があるなんて奏でたこともあったけど、本当は、遅い。

もう、音色を紡ぐことさえ、できそうにない。

荒れゆく吐息に、瞳から雫が零れ落ちる。


それは、宝珠を成す色彩。

いつもと変わらぬ彩りが、ぽろぽろと砂を彩る。

それを見つめているのは、うさぎの魔獣。

「あ…。」

手を齧り続けるうさぎが、遂にその口を開いた。

私の前に舞ううさぎ、その色彩を見つめながら、私は蹌踉めいた。

その刹那、私の足が縺れ、眼前へと砂が迫る。

私の影に覆われた、うさぎは不思議そうに見つめてくる。

「危ない。」

私は、うさぎを柔らかく抱きしめながら、砂に塗れた。

「うさぎさんを、潰してしまうところだったわ…。」

腕の中では、手に彩られた齧られた跡を、うさぎが舐めている。

「怪我は無いみたいね…。よかった…。」

私は、腕を開き、ため息を奏でた。

「ステラちゃん、平気…。」

慌てて馬から降りたルナが、蹌踉めきながら私へと駆け寄り問いかける。

うさぎは、私の腕から飛び跳ね、転がる宝珠へと駆けていった。

「うん、ありがとう。」

私は、少し痺れたままの手を隠し、差し伸べられたルナの手を掴んだ。

「今の間に、逃げちゃおう。」

私たちは、再びユニとコンに跨り、静かに逃げ出した。


遠くの方に彩られる影は、宝珠に群がるうさぎたち。

「ぴょんぴょこ隊は、もう追ってこないね。」

ルナが私へと、微笑みを彩る。

「あの子たちにも、名前をつけるのね。」

私は、その穏やかな音色に、吐息を奏でた。

「だって、みんな楽しそうだったから…。」

首を傾げるルナに、柔らかな陽光が降り注ぐ。

「私は、恐ろしかったわ…。」

私のため息は、頬を撫でる風へと揺れていった。



月が空を彩る頃、私たちは木陰に吐息を紡ぐ。

星々が、私たちへと詩っている。

ゆっくりと見上げる空に、雲は微笑み、安らぎの音色が降り注いだ。

「木の実が、いっぱい集まったね。」

私は、ルナの持つテラの袋の中を覗き込んだ。

「ここの木たちは、木の実をいっぱい分けてくれたものね。」

ルナの微笑みが、私の頬を撫でる。

「明日の朝に、クッキーを焼こうね。」

絡み合う指が、風に揺れる音色に溶けた。

その優しい風は、柔らかく私たちを撫でる。

その心地よさは、私たちを夢へと誘った。



微睡みの色彩が、私の瞼を抱く。

月は、ただ大地を見守る。

星々は、二人に近づく幾つもの影を見つめている。

甘い香りを纏う、小さな音色。

いくつものそれが、不協和音となって、私の耳を撫でた。


私の心に刻まれた悍ましい色彩が、混濁する意識を現へと戻す。

「リュパン…。」

私は、体を起こし、辺りを見渡した。

小さな音色が、一斉に止まる。

だが、甘い香りが私たちを包み続けている。


私は裾を捲り、鍛冶屋の村で贈ってもらった小剣の柄を握りしめた。

「ルナちゃん、起きて…。」

気づかれぬ様に、ルナを起こそうと試みるも、ルナは微笑みの中で、夢に身を委ねている。

私は、ルナを草葉の中へと隠した。

そして、ゆっくりと立ち上がる。

その幾つもの影を誘う様に、その場を離れることにした。

「必ず、戻るから。」

せめて、ルナだけでも守る。

その意思と、その囁きだけを、静寂に残して。


リュパンが、ここに来るとは思えない。

でも、リュパンの私営騎士団が追ってくることは、ずっと考えていた。

いつも心に彩られた、その不安が、今、ここに形となって降りかかる。

ルナは、ちゃんと隠れているだろうか。

ユニやコン達は、無事なのだろうか。

少なくとも、幾つもの影は、私を追ってきている。

それは、甘い香りと、私を囲む幾つもの小さな音色が教えてくれた。


ここまで来れば、ルナにも、ユニやコンにも、何も及ばないはず。

「わ、わかってるよ。着いてきているの…。」

私は、覚悟を心へと描き、小さく奏でた。

小剣を持つ手が震え、上手く持ち上がらない。

右手を支える補助具が、小さな旋律を奏でている。

私は、深く吐息を彩り、前を見据えた。

揺れる草木、そこから飛び出す影。

その色彩に、私は小剣を落としてしまった。


影が私の顔を覆う。

勢いに負けた私は、その場へと崩れ落ち、手をつく。

その刹那、広がる痛み。

それは、うさぎに追われた際に転んだ時にぶつけた跡。

「痛い…。」

思わず呟いた口の中に、何かが入り込む。

「………あまあい。」

ほんの僅かに弾ける酸味の中から彩られるのは、爽やかな甘美。

その酸味があってこその、至福の甘美である事は、言うまでもない。

だが、その酸味にさえ、魅力が溢れている。

それは、体に残る疲れを除き、意識の澱みを洗い流す。

そして、後に来る甘美が、あらゆる痛みを癒してくれる。

鼻を擽るのは、ずっと感じていた甘い香り。

瞳を彩るのは、両手に収まる白い毛玉。

「あなたは、さっきの…。」

その毛玉から覗く赤い瞳が、私を彩っていた。

「ミー…。」

間違いなく、私を齧っていたうさぎの魔獣。

「果実を届けてくれたの。」

私は、うさぎの魔獣を両手に抱き、問う様に微笑んだ。

「ミーミー。」

何度も頷きながら、私の手の齧られた跡を見つめるうさぎ。

そのふわふわした毛並みから彩られる小さな舌が、私の傷跡を舐める。

「あはは、擽ったいよ。」

私は、腕に抱くうさぎを撫でながら、音色を零した。

「本当に、可愛いねえ。きっとルナちゃんなら、素敵な名前をつけてくれるよ。」

私の微笑みが、うさぎの瞳を彩る。

「そうね、例えば…。粉雪を纏う天使とか、慈愛の純白に彩られし者とか、他には、赤眼の白い小悪魔とか…。後は…、ん…。」

うさぎが、手のひらの上で、激しく首を振っていた。

気づけば、辺り一面に、うさぎの魔獣が溢れている。

ただ、その幾つもの瞳を彩るのは、私ではない。

そして、どこか怯えている様に、そのもこもこした毛並みを奏でている。


私は、背中に感じる尋常ではない視線に、振り向く。

「ずるいの…。」

そこには、頬を膨らませたルナが立っていた。

「ご、ごめんね…。」

安堵と罪悪感に、私は吐息を奏でる。

「私も、モコちゃんと遊びたいの。」

私の手を齧っていたうさぎの名前は、モコちゃんになっていた。


ユニとコンの元へと戻ると、一つの違和感に気づく。

恐怖に彩られていた為か、先ほどは気づかなかった変化。

それは、今も尚、甘い香りに包まれた色彩。

それは、辺り一面に転がる果実。

その全てが、モコが、私にくれた物と同じ。

「みんなで、集めてくれたのね…。」

零れ落ちる雫が、いくつもの宝珠を織り成す。

「ありがとう…。」

モコを柔らかく抱きしめ、囁きの中で、私は、その柔らかな毛並みを何度も撫でていた。


ルナと共に、ぴょんぴょこ隊と戯れる中、少しずつ微睡みへと溶けていく。

やがて暁に蹄が奏でられる頃、馬に揺られる二つの影と共に、幾つもの小さな影が、その旅路を彩っていた。

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