第四楽章6節
広大な森の近く。
長い体毛に覆われた巨躯。
遠くからでもわかる、研ぎ澄まされた爪。
ゆっくりと揺れる影に気づいたのは、プロテア。
彼は、連なる灯火、月と星の家へと告げる。
「一度、止まってくれ。迂回する。」
この距離ならば、気づかれる事はないだろう。
それでも、気掛かりな事がある。
それは、白妙の領地であるにも関わらず、魔獣が居るという事。
その色彩が、此処に及んでいる。
つまり、国境に近づくほど、それが増えていく可能性が高いという事。
森を抜けるのは、そこに潜むかもしれない魔獣との邂逅の危険が伴う。
ただ、荒野を抜けるには、身を隠すものが何もない砂塵の中で、何度も宵に身を委ねる事となる。
プロテアは、アプフェルとリュテを呼んだ。
それは、一つの選択を彩るという事。
「俺とリュテは、一度、先を行き、安全を確認する。」
その言葉に、弓を握るリュテの腕が小さく震えた。
「心配するな。お前は、ただついてくればいい。」
「あの魔獣と戦うの…。」
リュテが、震える音色で、小さく問いかける。
「それをしたところで、何も得られない。俺たちのすべき事は、戦えぬ者の身を守る事。」
穏やかに微笑むプロテア。
彼は、アプフェルへと瞳を彩り、その旋律を続けた。
「俺たちが居ない間にも、魔獣が来ないとは限らない。」
その音色に、アプフェルの瞳が鋭く彩られる。
「アプフェル、剣に慣れた仲間と共に、みんなを守ってくれ。」
「わかっているわ。安心して、行ってらっしゃい。」
繋がる瞳の色彩が、想いを交わし、微笑みへと奏でられる。
プロテアは、リュテと共に、森へと入っていった。
「プロテアさん…。」
草木の影へと身を潜ませ、そこに隠れた牙と爪を探す。
その背を撫でるように、リュテは囁いた。
「どうした。」
プロテアは、周囲への色彩へと、その瞳を鋭く奏でたまま、応える。
「一体、何を探しているの…。」
恐れる様な音色。
それが、一つの問いを奏でる。
「魔獣に決まっているだろう。」
「そうではなくて…、ずっと…。僕には、プロテアさんが何かを探し続けている様に、感じるんだ…。」
「ステラちゃんや、ルナちゃんのことか。」
「いえ、もっと、根の部分というか…、心の中というか…。すいません。僕の気のせいかもしれない…。」
少しずつ辿々しくなっていくリュテの音色。
「リュテは、鋭いな。だが、何も心配するな。それに、お前には、俺の全てを与えるつもりだ。」
僅かに瞳にリュテを彩り、プロテアは微笑んだ。
「さあ、ここまでは安全が確認できた。リュテ、アプフェル達を連れてきてくれ。道程はわかるな。」
その瞳を、再び鋭く彩り、リュテへと振り返る。
その眼光が、リュテを捉え、ひとつを奏でた。
「はい、プロテアさん。」
リュテは、プロテアの眼光を、その瞳に彩り、力強く頷いた。
そして、その色彩を心に刻み、アプフェルの元へと駆け出した。
「リュテ、お前には全てを教える。俺が、どうにかなる前に、俺の立つ場所にまで連れてくる。」
独り、プロテアは詩う。
「だが、俺と同じには、させない。…決して。」
その手に握られているのは、少年の未来。
その明暗をわけるのもまた、その手の中に委ねられている。
それを自らの心に刻み、賭け行くリュテの背を、穏やかに見つめた。
プロテアが抱え続けている、ひとつの色彩を、見つからぬように閉じ込めるながら。
「アプフェルさん、安全の確認ができたよ。あの魔獣との距離を保ちながら、森へと進もう。」
アプフェルの元まで駆け抜けたリュテは、息も切らさずに微笑む。
「ありがとう。では、それよりも少し迂回して進もう。この数だから、見つかりやすいからね。」
アプフェルは、リュテの頭を撫でながら、月と星の家の民へと振り向く。
進むべき道が、剣を持つ元達へと伝わり、その連なりが歩み始めた。
遠くに見える魔獣は、穏やかに揺れている。
その場を離れようとさえしていない。
だが、それは襲われないという保証にはならない。
故に、連なる影に恐怖が無いわけではなかった。
それでも、彼らは信じている。
彼らは、月と星の家を守る剣が、リュパンの館での戦いを生き抜いた者達であることを知っている。
その剣が、ステラとルナを守らんと、恐怖を打ち破ったことを知っている。
故に、その旅路を歩むことに、迷いなどなかった。
「ねえ、アプフェルさん。魔獣と人が交わる事はあるのかな。」
荒野を歩み、その魔獣の色彩を眺めるリュテ。
彼は、アプフェルへと振り向き、囁いた。
「滅多に無いわね。そもそも、知性のある魔獣が少ないもの。」
アプフェルは首を傾げて、奏でる。
「そうなんだ。…あの魔獣、知性があるかもしれないね。」
再び魔獣を見つめるリュテの瞳はは、毛に覆われた巨躯を彩る。
「どうして。」
アプフェルは、その瞳に、リュテと魔獣を交互に彩り問いかけた。
「耳の横に、リボンが配われている。」
「あの粒みたいな影の、そんなところまで見えているの…。」
アプフェルは、隠せぬ驚愕を、溢すように奏でる。
「うん。目は良いんだ。父さんに似たみたい。」
振り向くリュテの微笑みが、陽光に彩られた。
森に彩られた小さな広場。
そこへと月と星の家の民が集う。
プロテアは、次の拠点へと向かうべく、リュテと共に歩を進めるかはずだった。
だが、リュテは、ひとつの願いを囁く。
「あの魔獣に会いに行きたい。」
「駄目に決まっているだろう。それに、あまりに危険すぎる。仲間まで巻き込むことになりかねない。」
プロテアは、リュテの音色を覆うように、強く奏でた。
「わかってる。だから、危ないと思ったら、すぐに逃げるよ。」
「お前の足が速い事は知っている。それに、あの魔獣の肢体を見る限り、お前には追いつかないだろう。だが、どうして、そこまでして…。」
「あの魔獣には、リボンが配われていたんだ。人との交流があったということじゃないかな。」
「そうだとして、お前と魔獣が関わる理由にはならない。」
「気になるんだ。あの結び方、少し独特で…。」
リュテが差し出したのは、小さなリボンの飾り。
それは、路地裏でステラが贈った、かけっこで勝った証。
「もしかしたら、ステラさんやルナさんと繋がっているかもしれない。」
「…。俺は、お前ほど足は早くない。行くなら、お前一人になる。その意味はわかるな。」
プロテアは、揺るがぬ瞳で、リュテを包み込む。
「はい。覚悟の上だよ。」
プロテアは、深いため息を奏で、その首に下げられた無骨な装飾を外した。
「これは、戦場で俺を守ってくれたお守りだ。貸してやる。今日中に返せ。」
それは、リュテの手のひらを彩り、繊細な鎖がゆっくりと流れ落ちる。
「俺たちは、ここで待機している。まずは、逃げる事。それを忘れるな。」
「ありがとう。わかったよ。」
首飾りを彩り、弓を握りしめる。
その瞳を強く刻み、リュテは、駆け出した。
近づくほどに、その巨躯は空を覆う。
リュテは、弓を背に背負い矢を隠した。
「あの。」
その爪の届かぬ草の上で、リュテが空へと届く旋律を放つ。
その影がゆっくりと振り向き、首を傾げた。
リュテは、その彩りに、微笑みを奏でる。
「近づいてもいいかな。」
ゆっくりと頷く巨躯。
その耳の傍には、リボンが配われている。
それはその毛並みの色彩に加え、漆黒と純白が織り成されていた。
「それは、毛で作ったリボンかな。」
リュテの音色に、その巨躯の瞳が耳へと向けられる。
その穏やかな香りに、リュテは、友好の光を見出した。
「君には、名前があるのかな。僕は、リュテっていうんだ。」
リュテは、ゆっくりと近づきながら、微笑みの中に問いかける。
「モ…ウ…タン…。」
少し籠った幼い鳴き声が、リュテの耳へと響く。
その毛並みから、ルナに与えられた名前、モフちゃん。
それを奏でたくとも、言葉を紡ぐことができない。
それでも、その喜びと誇りを伝えようと、モフは奏でた。
「もうたん…。」
リュテは、問い返すように囁いた。
巨躯の影がゆっくりと首を振り、再び奏でる。
「モウ…タン…。」
「もうたんにしか聞こえない…。」
モフは、少し寂しそうな色彩の瞳を奏で、ゆっくりと地へと伏せた。
「そういえば、そのリボンの毛…。純白と漆黒…。」
瞼に浮かび上がるのは、ステラとルナ。
「うん、有り得るね…。」
二人は、モフと交流を持った。
ステラとルナなら、十分に可能性はある。
そして、その期待を胸に彩り、リュテはここへ来た。
「もしかして、モウタンは、ステラさんとルナさんに会ったのかな。」
リュテは、穏やかに問いかけた。
モフは、上げた顔を、微笑みの音色へと描き、ゆっくりと頷いた。
「スエ…ア…、ウア、スキ…。」
モフは、穏やかな微笑み奏でながら、リュテを見つめる。
「やっぱり、会ったんだね。モウタンは、話すこともできるんだね。」
リュテが、柔らかな毛並みを梳かす様に撫で、微笑む。
モフは、ゆっくりと首を振りながら、寂しそうに瞳を伏せる。
大好きな人と話す。
それは、ステラとルナと出会った時に芽生えた、モフの願い。
どうしても伝えたい、たった一つの言葉。
ありがとう。
モフは、その五つの音色が織り成す旋律を、ステラとルナへ還したかった。
その願いは、祈りとなり、呑み込んだ宝珠へと溶けていく。
それは、モフ自身さえも気づかぬ、小さな色彩となって、花開こうとしていた。
「でも、モウタンの伝えたいこと、何となくだけど、分かるよ。」
首を傾げるリュテは、微笑みに奏でる。
「話せる様になるといいね。」
柔らかな音色が、リュテとモフの瞳へと彩られた。
「そろそろ、戻らないと…。」
リュテとモフの想いの紡ぎ合いは、時の流れを手放すほどに彩られていった。
陽光の揺らぎに、影が変わる頃、リュテは、空を見つめる。
「そうだ。これを、あげる。」
それは、リュテが作った矢。
鋭く彩られた石を外し、鏃を失った色彩が、リボンの傍へと結びつけられた。
「お友達になれた記念だよ。」
リュテの微笑みに、モフは頬を擦り寄せた。
そして、モフもまた、自らの毛を噛み千切り、それをリュテへと贈る。
「くれるの。」
リュテの笑顔が、その問いに咲く。
モフは頷き、微笑みで応えた。
「ありがとう。」
その毛で輪を紡ぎ、花無き小さな花冠を彩った。
腕に飾られた花冠は、リュテの腕で、茶色に煌めいている。
「また、会えるといいな…。」
頬を寄せ合い、囁くリュテに、モフはゆっくりと頷いた。
その柔らかな温もりを忘れない様に、リュテは、森へと駆けていく。
小さくなりゆく影へと、何度も振り返りながら。
今日は、お誕生日…|ㅎ.ㅎ)




