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夜想曲『花の国』  作者: ことは
第二部『月の詩』
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第四楽章2節

草むらに隠れ、それを見つめる。

「ねえ、ルナちゃん、魔獣って、漆黒の国にしか住んでいないよね。」

私は、小さな音色をルナへと奏でる。

「えっと…、たぶん…。」

ルナは、カノンを紡ぐ様に、小さく頷いた。

「ここは、まだ白妙の国よね。」

間違いなく、ここは白妙。

それでも、目の前に蠢く影に、その事実を手放しそうになる。

「そうなの…。」

ルナは、首を傾げながら問うように呼応した。


それは、茶毛に覆われた巨躯。

楕円の色彩に紡がれた紅い瞳と漆黒の鼻。

そして、研ぎ澄まされた灰色の爪。


「とにかく、気づかれないように、逃げよう…。」

私は、吐息を奏でることにさえ、震えてしまう。

「でも、ちょっと可愛いから、見ていたいな…。」

私は、思わず振り返った。

ルナは、あまり目が良くない。

故に、あの爪が織り成すであろう未来を、見ることができない。

そう想った私は、ルナの手を引いた。

「行こう。」


ゆっくりと遠ざかる巨大な影。

この先の森に入れば、もう気づかれる事はないだろう。

砂塵を纏い、その足跡を静寂へと落とす。


空を劈く咆哮。

突然の旋律に、私は飛び跳ねた。

「ごめんなさい。」

私は、その咆哮に負けない旋律を奏で、ルナを抱き上げ、森と駆け抜けた。


振り返る余裕なんてない。

追う足音は、聞こえない。

それでも、安堵のため息は、奏でる事はできない。


吐き出す息に、吸い込む空気を手繰り寄せ、肩を揺らす。

ようやく辿り着いた森の木々に潜み、あの影を探す。

遠くで、ゆっくりと揺れる影が、私たちに安堵を与えてくた。

「ステラちゃん、ごめんね。」

私の裾を掴み、ルナが見つめてくる。

「平気よ。無事でよかったね。」

私は、ルナの頭を撫で、穏やかに微笑む。

「あのね、魔獣さんが追いかけてきたときにね、お腹すいたって言った気がしたの。」

ルナが、目を伏せて、途切れるように音色を奏でた。

「だから、クッキーをあげちゃった…。ぽいぽいって、……全部…。」

私は、その旋律に、固まった。

「ごめんね、一緒に食べようって、二人で焼いたのに…。」

「それは、いいの。でも、魔獣って、クッキーを食べても、お腹を壊さないのかしら…。」

私の音色に、ルナも固まった。



「どうしよう…、見に行った方がいいかな。」

私は、遠くの影を見つめながら、囁いた。

本当に、お腹を壊していたら、大変だ。

ただ、その心配よりも、恐怖が心を蝕む。

「お薬も、ないものね…。」

私は、自らに言い聞かせるように、奏でる。

「ねえ、お腹が痛いときに使えそうな薬草はあるかしら…。」

私は、ルナを見つめ、森を見渡した。

「ステラちゃんの宝珠なら、何でも治せそうな気がするの。」

ルナは、穏やかな微笑みを彩る。

それは、つまり、瞳に芽吹く雫を彩るということ。

そして、それは、ルナが奏でてきたように、あれをするという事。

「私も、ついに、それをする時が来たのね…。」

私は、自らの手を見つめ、恐る恐る、ゆっくりと、震える指先を感じながら、口の中に入れる。

「おえ…。」

私の瞳から、宝珠がぽろりと零れ落ちる。

私は、自ら、魔獣の元へ行かない理由を手放した。


「ねえ、ステラちゃん。やっぱり宝珠の色が変わっちゃったの。」

ルナが、転がった宝珠を拾い、見つめている。

「私の白と、ステラちゃんの金が混ざっているの。」

鍛冶の村で、彩られた色彩。

秘密の森で、溶け合った想いを奏でた日から、それは、生まれ変わったように彩られている。

「もしかして、ルナちゃんの宝珠も、変わったままなのかな…。」

私も、その宝珠を見つめ、小さく奏でた。

「確かめてみるね。」

ルナは、私の瞳に微笑みを彩る。

そして、躊躇いもなく、口の中に指を入れた。

「おえ…。」

ルナは、その瞳に芽吹く宝珠を零した。

「ルナちゃんの、そういうところ、本当に尊敬するの。」

私は、ただ、その色彩を見つめ、思わず音色を奏でていた。


並べた二つの宝珠は、もう、どちらの瞳から生まれたのかわからない。

「お揃いになったね。」

ルナは、煌めく瞳で微笑む。

「何だか、嬉しいね。」

私は、その輝きを包むように、ルナの背を手で包んだ。

私の体に伝わる温もり。

それだけで、いつも勇気が湧いてくる。

「魔獣に、宝珠をあげに行こう。」

私たちは、ゆっくりと立ち上がり、遠くの影を見つめる。

その影は、揺めきを失い、ただ佇んでいた。


「ねえ、あの子、ずっと動いてない…。ルナちゃん、急ごう。」

私は、ルナを背負い、魔獣の元へと駆け出す。

少しずつ大きくなる影。

再び、私の心に恐怖が芽生える。

それでも、動こうとしない影に、私は心を保った。


茶毛が、穏やかに揺れている。

その巨躯は、ゆっくりと膨れ上がり、ゆっくりと萎んでいく。

「苦しいの…。」

私の背から降りたルナが、その柔らかな毛並みを撫で、問いかける。

私は、震える足を抑えて、魔獣の瞳へと近づいた。

薄く開かれた瞳に、私が彩られている。

「あの、これ…。持っていると、痛いの無くなると思うの…。」

宝珠を両手に掲げ、その瞳の色彩へと紡いだ。

それを刻み込むように見つめる魔獣。

やがて、瞼を閉じた魔獣は、代わりに口を大きく開いた。

「ひっ…。」

私の小さな旋律が空を穿ち、手にしていた宝珠が零れた。

それは、私の体を跳ね、魔獣の口へと転がり落ちる。

そして、それを、魔獣は飲み込んでしまった。

「あ、だめ…。」

その二つの宝珠は、私たちの瞳から零れ落ちたもの。

そして、それは、草むらに落ちた。

私たちは、それを洗わずに持ってきたのだ。

「ぺってして、ねえ、魔獣さん、それ、洗ってないの。お願い、ぺってして。」

私は、慌てて野獣の頬を撫でる。

再び開かれた大きな口に、私は撫でていた手を離し、飛び跳ねた。

「ごめんなさい。」

地平線へと響き渡る音色を奏で始めた私の頬を、魔獣の舌が優しく撫でた。

「モフちゃん、嬉しいみたいなの。」

ルナが、私の顔を覗き込むように微笑む。

「モフちゃん…。」

思いも寄らぬ言葉に、私は問うようにカノンした。

「毛がもふもふしてるから、モフちゃん。」

ルナの微笑みに、三つの影が、優しく揺れた。


「モフちゃんは、ここに住んでるの。」

私は、モフの柔らかな毛を撫でながら問いかけた。

モフが、穏やかな旋律を奏でるように頷く。

「パパやママは、どこかに居るの。」

ルナが、その瞳を揺らすように問う。

モフは、ゆっくりと首を振り、その顔を地へと彩った。

「ひとりぼっちなの。」

ルナは、そう問いかけながら、私とともにモフに抱きついた。

小さく頷く彩りが、私たちの体へと伝う。

「一緒に来る。」

音色を重ねるように、私たちは問いかけた。

モフは、私たちを見つめ、静寂を奏でながら、ゆっくりと首を振った。

「そっか。ここを守ってるのね。」

ルナが、モフの鼻を優しく撫でながら微笑みかける。

それにカノンするように、モフもまた、微笑みを彩った。



ゆっくりと立ち上がるモフ。

その紅い瞳には、私とルナが彩られている。

モフは、顔を下げ、自らの毛を咥えた。

そして、その毛を、噛みちぎる。

その毛が、舞うように、私たちの元へと差し出された。

「くれるの。」

ルナが煌めく瞳で問いかけた。

モフは、穏やかな瞳を穏やかに閉じ、その頬で、私たちを撫でる。

その毛並みの柔らかさに、私は微笑みを奏でた。

「あったかあい。」

その微笑みに呼応するように、ルナの可憐な音色が、空へと舞った。


私たちは、自らの毛をいくつか抜き、それを並べる。

そして、贈ってもらった茶毛と共に、三つのリボンを織り成した。

それを、互いの髪に飾り、肩を寄せ合い微笑む。

「モフちゃん、似合ってるかな。」

二人で奏でる微笑みが、モフの瞳に彩られる。

ゆっくりと頷くモフの柔らかな旋律が、風に舞った。

そして、私たちの手で、モフの耳の横に、私たちと同じリボンを飾った。

「モフちゃん、可愛い。」

私たちの音色が重なり、モフの瞳を優しく揺らす。

「お揃いだね。」

柔らかな旋律が、三つの影を包み込んだ。



「またね。」

手を振る私たちを、いつまでも眺めてくれる。

モフの影が小さくなるのを見つめながら、私たちは、再び、足跡を紡ぎ始めた。


柔らかな陽光が、三つの影を優しく包んでいる。

また、重なり合う日を詩うように。

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